第21話 グラスの生まれた村

 ミサ改め月下の紅夜叉は考える。


――さすがに暴れすぎているか……。


 貴族の子供たちの噂話を耳にしたミサは今更ながら自分の行いを反省せずにはいられなかった。


 これからはできるだけ隠密に、物音を立てないように冒険者生活を続けなければならない。


 といってもミサには魔物討伐を止めるつもりはさらさらないのだが……。


 グラスの話によると月下の紅夜叉の噂は国王の耳には入っていないようで、噂を知っている貴族たちも紅夜叉=ミサだとは夢にも思っていないそうである。


 が「くれぐれもミサさまだとバレぬようお気をつけください」とグラスからは釘を刺されてしまった。


 結局、ミサは次の街でもその次の街でも山や渓谷で暴れ回ったのだが、幸いなことに紅夜叉の姿を目撃した者はおらず、噂に新たなエピソードが追加されたりはしていないそうである。


 そうこうしているうちに国王一行の巡幸は王都からもっとも離れた国境沿いにして港のある街、キルタグラードへと到着した。


 ミサが訪れた全ての街で購入した魔導具や魔導書のせいで、超過積載となっている馬車に揺られながらキルタグラードの目抜き通りを進んでいく。


 なんだか馬が時折足を止めて恨めしそうにミサを見つめてくるが、そんな馬の視線を見て見ぬ振りをしながら町並みを眺めるミサ。


 さすがは国境沿いの街である。大通り沿いにはいくつもの宿屋が並んでおり、行商人や船乗りらしき人々が楽しそうに昼間から飲んだくれている様子が鎧戸の隙間から見えた。


 大勢の人々で賑わうキルタグラードだが、ミサにとってこの街は特別な街である。というかミサはこの街を訪れるために父の巡幸への付き添いを申し出たと言っても過言ではないのだ。


 なにせこのキルタグラードに隣接する村にヒーラークラウスが住んでいるのだから。


「ねえねえグラス、クラウスの住む村はここからどれぐらいかかるの?」


 逸る気持ちを抑えられないミサは目を輝かせながら正面に座るグラスに尋ねた。


 父ザルバは愛娘のために近衛騎士団の中でも最も優秀なグラスをミサの護衛につけているため、今回の旅でグラスは基本的にミサの馬車に同乗しているのだ。


 ミサの熱いまなざしにグラスは「そう遠くはありません。歩いて一時間ほどでしょうか」と冷静に答える。


「今日は丸一日フリーみたいだから、さっそくクラウスに会いに行きましょ?」


 そんなミサにグラスは呆れたようにため息を吐くのだった。


※ ※ ※


 ということで城にたどり着いたミサは城を守る伯爵と簡単に挨拶を交わすと、そのまま馬車に乗り込んで城を出た。


 それから40分ほど馬車を走らせたところで馬車は牧歌的な景色の広がる田舎の村へと到着する。


「なんか主人公が生まれた村みたい……」


 その村はまるでゲームで物語が開始する主人公の生まれた村とよく似ていた。


 村の中心には山から流れる清らかな川が流れており、川では女性が洗濯している。


 川の水は灌漑農業に使用されているようで、用水路を使って水が畑へと引き込まれているのが見えた。


 きっとこの川の水は彼ら村民のアイデンティティとなっているのであろう。


「主人公……とはなんの話ですか?」


 そんなミサの言葉にグラスは不思議そうに首を傾げるので、ミサは慌てて「え? あ、いや、なんでもない」と誤魔化す。


 馬車はその後も村を進んでいき、とある建物の前で止まった。


 どうやら到着したようである。グラスにドアを開けて貰い馬車から降りると、建物には『クラウス診療所』と書かれた看板が取り付けられているのが見えた。


「じゃあさっそくクラウスに会いに行きましょ」


 そう言って診療所へと足を運ぼうとしたのだが。


「グラスっ!! もしかしてあんたグラスなのかい?」


 そんなミサたち一行に声をかける初老の女性の姿があった。女性へと顔を向けると彼女は何やら驚いた様子でグラスをじっと眺めている。


 次にグラスへと顔を向ける。グラスは今までの冷静沈着なキャラクターが全て崩壊するほどに驚いた顔で目を丸くしていた。


「お、お袋っ!?」

「やっぱりグラスなんだねっ!!」


 女性はそう叫ぶとグラスの元へと駆け寄り、グラスの腕を力一杯パンパンと叩き始める。


――へぇ……なるほど……。


 そんな光景を目の当たりにしたミサは全てを察した。


「あんたどこで何してるかと思ったら、こんな高貴そうなお方の元で働いていたのねっ!!」


 そんなグラスの母親らしき女性にグラスは額に冷や汗を浮かべながらミサを見やる。


「さあミサさま、クラウスが待っております。診療所に入りましょう」

「それよりもお母様との再会の時間を大切にしたほうがいいんじゃない?」

「なっ……み、ミサさま……」


 ということでミサは女性へと顔を向けた。


「もしかしてあなたはグラスのお母様?」

「え? あ、そ、そうですが……あなた様は?」


 ということでミサはしばらくグラスの母親と世間話をすることにした。


 なんでもグラスはこの村の農家の長男だったらしい。が、グラス本人は農家ではなく物語に出てくるような勇者になるのが夢だったようで、度々両親と喧嘩をしていたようだ。


 農家を継がせたい両親と、村を出て冒険がしたいグラス。そんな両者の意見は平行線を続け、結局グラスはある日、家出をしてその日から村には戻っていなかったのだという。


 その会話をしている間のグラスの慌てぶりをミサは一生忘れないであろう。


 が、ミサが他言無用でという前置きをした上で、自身が王女であること、さらには農家になるはずだった息子が今はギート近衛騎士団の団長を務めていることを話してやった。


 そんなミサの言葉に母親は「ミサさまに何かご迷惑をおかけしているのでは?」と心配そうに尋ねてきたが「いえ、彼は王国一の兵隊です」と答えてやるとほっと胸をなで下ろしているようだった。


 そんな母親の話を聞いたミサは、グラスが危険を承知の上でミサに魔術の鍛錬を受けさせてくれた理由がなんとなく理解できた。


 グラスという男はミサが思っていた以上に意外と人間味溢れる男だったようだ。


 ミサはグラスに今晩は村に残って家族団らんの時間を過ごすように命じて、母親と別れを告げる。


 ということでミサたち一行は診療所に入ることにした。

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