第20話 月下の紅夜叉

 ゴブリン討伐の副産物としてミサはシーファーを殲滅することに成功した。


 ミサとしてはあまり目立つことはしたくないのだが、レビアの平和と保身を天秤にかけてしまうとシーファー殲滅を取らざるを得なかった。


――ってか、私って結構王国想いの素晴らしい王女なのでは?


 なんて思わなくもなかったが、翌日グラスから「今後はあまり目立つようなことはお止めください。火消しをするのも大変なので」と苦言を呈された。


 ということでミサはその後も父ザルバとともに巡幸を続けることになった。


 ザルバの演説の席でにこやかに国民に手を振ったり、公共事業の現場では作業員の手を取って「あなた方のおかげで平和なギート王国がなりたっているのです。頭があがりません」と激励をして王国民を感涙させていく。


 が、それはあくまでミサの表向きの顔である。


 次の街でもその次の街でもミサは時には山へ、時には渓谷へと向かい、ゴブリンやオーク、さらにはワイバーンなんかを倒していった。


 できる限り市民が被害を受けている魔物を優先的に駆除しているのだから、これもまたミサの王女としての仕事である。


 そう自身を正当化して、魔物を絶滅させる勢いで狩って狩って狩りまくった。


 そんなこんなで充実した隠れ冒険者生活を送っていたミサだったが、とある街のとある城にやってきたとき、ミサは自身の誕生日を迎えたことをルリに寄って聞かされた。


――誕生日? そういえばそんなシステムもあったわね……。


 正直なところミサにとって誕生日などなんの意味も持たないただの平日でしかないのだが、ギート王国第一王女ともなると周りとしても何もしないわけにはいかないようだ。


 いつやってきたのだろうか、宿舎にしている城には王国中から貴族たちが集まっており大広間でミサの誕生会が開かれることになった。


「ミサさま、今日のミサさまは冒険者ではなくプリンセスですからね。お姫様らしい可愛い格好をしましょうね」


 なんて誕生会を前にルリが張り切ってミサにあーでもないこーでもないとドレスやティアラを乗せては外してをくり返している。


 完全に着せ替え人形にされている。


 正直なところ誕生会をやるぐらいなら魔物を殺りたいというのがミサの本音だが、今宵ばかりはグラスも外出を許してくれなさそうだ。


「か、かわいいです~。ミサさまお人形さまみたいですよ~」


 などとミサを絶賛するルリのお人形遊びが終わったところでミサは会場へと向かった。


 綺麗にブラッシングされた髪にレビアでルリが購入した花のブローチを付けたミサは、下ろしたての赤い真っ赤なドレスを身に纏って会場入りする。


――はぁ……やるしかないか……。


 ということで王女様モードスマイルを浮かべたミサが大広間へと足を踏み入れると、彼女は貴族たちの割れんばかりの拍手に包まれた。


 そこからはひたすら貴族との挨拶である。


 名前もあまり覚えていないような貴族たちやその夫人たちからの「おめでとうございます」の言葉に「ありがとうございます」と高貴で、それでいてわずかにあどけなさも残した笑みを返していく。


 そんな作業が一時間ほど続き、一通り挨拶が終わったところでミサは貴族のご子息たちがあつまるテーブルへと案内され、同い年ぐらいの男の子や女の子と一緒に食事を取ることになった。


 テーブルの上に盛り付けられたローストワイバーンの肉を皿に分けていく。周りをみやるとどうやらすでに子どもたちは仲の良いいくつかのグループに分かれて談笑を楽しんでいるようだった。


――なんだか割って入りづらい空気……。


「化け物だなんて、本当に怖いですわね……」

「私もお父様から不用意に城から出ないように言いつけられていますわ……」


 どのグループに入ろうか迷っていると、ふとそんな謎の会話が聞こえてきたので、ミサは皿を持って近くにいた男女数名の貴族の子息たちのグループへと歩み寄る。


「お話にまぜていただいてもよろしいですか?」


 そう尋ねると、彼ら彼女たちはようやくミサの存在に気づいたようで、慌てて皿やコップをテーブルに置くと女子はスカートの裾を摘まみ、男子は膝に腕を置くようにその場に跪く。


――あ~やりづらい……。


 が、これが貴族たちの王族に対するスタンダードな挨拶である。


「「「「「ミサさま、この度はご生誕おめでとうございます」」」」」


 まるでタイミングを合わせたかのように一斉にミサに祝辞を述べる彼ら。そんな彼らに引きつった笑みで「あ、ありがとうございます」と答えて立ち上がるように伝える。


「自分で言うのも変ですが、今日は祝いの席です。どうぞ、肩の力を抜いて友人として気さくに話しかけて頂けるとうれしいですわ」


 そうミサが述べると彼らは少し困ったように顔を見合わせていたが「そ、それではそのようにいたします」と一人の貴族令嬢がそう言ったのを皮切りに周りの貴族たちも表情を緩めた。


 ということでミサを含めて改めて談笑を始める。


 それはそうと……。


「そういえば先ほど化け物がどうとかお話になっていませんでした?」


 ミサはローストワイバーンを一口頬張ると、近くに立っていた同い年ぐらいの貴族令嬢へと尋ねる。


「え、えぇ……実は最近ギート王国に化け物が出るという噂を耳にいたしましたの」


 と、やや恐縮しながらもそう語る令嬢。


――化け物? なんじゃそりゃ……。


「ミサさまはお聞きになったことはございませんか?」

「聞いたとことがありませんね。それはいったいどのような化け物なのですか?」


 そう尋ねると令嬢の側にいたもう一人の令嬢と顔を見合わせてぶるぶると怯えるように体を震わせた。


「月下の紅夜叉と呼ばれる化け物だそうです」

「げ、月下の紅夜叉? それは変わった名前の化け物ですわね」

「巷でそうよばれているそうですわ……。なんでも炎のように燃え上がる髪を振り乱しながら殺戮をくり返すとんでもない化け物とか……」

「そ、それは怖いですわね……」


 まあ、幼い子どもが考えそうな噂だとミサは思った。ミサも前世で小学校に通っていた頃にはトイレにお化けが出るとか、三階の奥の鏡にウィンクをすると魔界に引き込まれるだとか噂話をして夜眠れなくなった記憶がある。


 おそらくこれもその手の噂話なのだろう。


 ミサはなんだか昔が懐かしくなり微笑ましい気持ちになる。


「わ、私、他にも聞きましたわ」


 と、そこで別の令嬢が話に入ってくる。


「なんでも月下の紅夜叉が、この間レビアの山に現れて盗賊団を全員食べ殺したらしいですわ」

「あ、それは私も聞きましたわっ!! シーファーとかなんとかいう盗賊団を一口で食べたそうですわ」

「…………」


――あ、これはマズい展開かも知れない……。


 怯えながら会話を交わす貴族令嬢たちを横目にミサは急に額に冷や汗が浮かんでくるのを感じた。


「月下の紅夜叉は子どもを食べるのが大好きだそうですわ」

「私が聞いた話では、人間の血を吸って紅夜叉に襲われた人はみんな白い顔をしているとか」


――あぁ……マズいマズい……。


「最近、貴族たちの中ではこの話題で持ちっきりです。ミサさまは本当に聞いたことありませんの?」

「わ、私は知らないですわね……」


 とてもじゃないがその噂の出所が自分だなんて言えそうになかった。


 その月下の紅夜叉とは完全に自分のことである。


 しかも、噂に尾ひれが付いてその月下の紅夜叉とは極悪非道なとんでもないモンスターだということになっていた。


「ミサさまもどうかお気をつけください。紅夜叉は美しい子どもが好きとのことですので、ミサさまが心配ですわ」


 ミサは別の意味で心配だ。


 皿を片手にぶるぶると震えるミサだったが。


「紅夜叉なんて怖くないねっ!!」


 そんな彼女たちの会話に割って入るようにそんな声が聞こえた。


 声のした方へと顔を向けると、そこには貴族の子息らしき少年が立っている。


「お前たちは本当に怖がりだな。何が紅夜叉だよ。そんなの俺なら簡単に倒してやるさっ!!」


 などと威勢のいいことを言う少年に令嬢たちは「なによ。突然話に入ってきてっ!!」と不機嫌そうに頬を膨らませる。


「言っておきますが、紅夜叉は長い爪で何でも切り裂くそうですわ」

「私が聞いた話ではとても不潔でとても耐えられない匂いがするとか」

「私も他にも聞きましてよ。なんでも紅夜叉は魔王と同じ闇魔法を使うですわ」


 ホント酷い言われようである。しかもところどころ事実が混ざっているのが質が悪い。


――わ、私ってそんなに醜い化け物だったのかしら……。


 一応は王女として品のある立ち振る舞いをしているつもりのミサだが、ここまで言われると自信を失いそうだ。


 そんな令嬢たちの言葉に少年は胸をポンと叩いて「そんなの怖くないね」と強がってみせる。


「俺はこの間先生に剣術を褒められたんだっ!! 紅夜叉なんて俺の剣で頭を叩き割ってやるっ!!」


 そう言って少年はミサの前までやってきた。


「ミサさま、もしも、その醜くて不潔で残虐な紅夜叉がミサさまに襲いかかってきたら、俺がミサさまをお守りいたしますっ!!」


――ほぉ……凄い自信じゃないか。なんならここでその紅夜叉とやらの頭を叩き割ってもらおうじゃないの‼︎ こっちはいつでも準備万端だから。


 が、当たり前だが本当のことは言えないので「そ、それは頼もしいですわね」と大人の対応をするミサだった。


 その後も彼女たちは月下の紅夜叉の話題で持ちきりで、最終的には尾ひれがつきまくり、デザートとして子どもの脳にストーローを刺してチューチューする化け物ということになっていた。

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