第22話 クラウス
グラスの唐突な家族との再会が済んだところで、ミサたち一行は診療所へと入ることにした。
診療所のドアを開けると、そこには待合室のような空間が広がっており、ひと気はない。
もしかしてふざいなのか? だとしたら鍵を開けっぱなしなのはなかなかに不用心だ。
それともこの村は施錠の必要がないほどに平和な村なのだろうか?
なんてミサが考えていると、唐突に「診療時間はもう終わっとる」と少ししゃがれた男の声が聞こえてきた。
直後、診察室と書かれたドアが開き、中から車椅子に座った老人が姿を現す。
クラウスだ。
ミサは直後に確信した。
ゲームでプレイしていたときのクラウスは二十歳前後の若者で、今目の前で車椅子をおしているのは老人だ。
確かクラウスは60を過ぎているとグラスは言っていた。
前の世界で60歳は老人と呼ぶにはまだまだ働き盛りの元気な世代だが、この世界の60代はとっくに引退をして隠居をする世代である。
が、それでもその男が間違いなくクラウスだとミサには確信できる。
面影があるのだ。確かにゲームでプレイしたときのクラウスと比べれば皺も多いし髪も白髪になっている。それでも、基本的な顔の構造は年齢では変わらず、何100時間も『レビオンクエスト』をプレイしたミサにはこの男がクラウスだとわかる。
「お前はトマスのせがれだな」
クラウスはまずグラスを見やってそう言った。そんなクラウスの言葉にグラスはやや動揺したように「よくわかりましたね」と返す。
「当然じゃ。お前は幼い頃から体が弱くて何度もうちに来たからな。それに治療が痛くてすぐに泣いておったからよく覚えている」
と、クラウスは驚きの証言をする。
どうやら今でこそ騎士団長を務めているグラスは幼い頃は虚弱体質で泣き虫だったようだ。
突然そんな暴露をされたグラスは焦ったようにハンカチで額の汗を拭う。
「ところで今日は何の用じゃ? まさかまた私に治療をしてもらいにきたのか?」
「い、いえ、今日は治療ではありません」
「ならなんじゃ?」
クラウスの質問にグラスはミサへと視線を向けた。
「王女殿下があなたに用があるのです」
グラスがそう説明するとクラウスは少々驚いたようにミサを見やった。
「王女殿下? ということはこのお方はザルバ陛下のご息女なのか?」
「ええ、ミサ・クラント・ギート殿下にございます」
「おお、これはこれは王女殿下。私、この小さな診療所で医者をやっておりますクラウスと申します。以後お見知りおきを」
そう言ってクラウスはミサに頭を下げた。
「あなたのことはよく知っているわ。事前に連絡もせずに訪れて悪かったわね」
「いえいえこのような老いぼれの元を訪れるのに連絡など必要ございません。狭い診療所ですがどうぞゆっくりとお寛ぎください。すぐにコーヒーをお入れいたします」
そう言ってクラウスは「おいっ!! 王女殿下がいらした。家で一番高いカップにコーヒーを淹れて持ってこい」とどこかへと声をかける。
それからしばらくしたところで、クラウスの妻なのだろうか初老の女性がティーカップの載ったお盆を持って現れ、どこからか慌てて持ってきたテーブルにクラウスとミサ、さらにはグラスの分のコーヒーを置いた。
コーヒーを置き終えると女性は「さすがはお姫様ですね。とても可愛らしい」と微笑ましそうにミサをしばらく眺めてからはけていく。
「ところでこのような田舎の診療所に何のご用ですかな?」
「転移魔法についてあなたから聞きたいの? どんな些細なことでも構わない。あなたの知っていることを私に教えて欲しいの」
ということで単刀直入に要件を伝える。
が、当然ながらクラウスは不思議そうに首を傾げる。まさか老人も王女からそんなことについて尋ねられるとは思っていなかったようだ。
そんなクラウスにグラスは包み隠さず全て説明をし始めた。
ミサが秘密裏に魔術の鍛錬を受けていること、王女という立場であるため移動が容易ではないこと。さらにはミサが類い希なる魔術の才能の持ち主で、グラスとしても彼女の才能をもっともっと伸ばしたいと考えていることなどなど。
グラスがここまで包み隠さず話すということは、おそらくクラウスという男は相当信頼ができる人間なのだろう。
ミサはそう思った。が、そんなグラスの言葉にクラウスは眉間に皺を寄せる。
「なるほど、あなた方が私の元を訪れた理由はわかった。グラスも幼い頃は農家の手伝いばかりさせられて魔術は禁止されていたからな。お前が殿下に肩入れをする気持ちもわかる」
そう前置きをした上でクラウスはミサを見やった。
「生憎だが、私は転移魔法を使用することはできない。それに、転移魔法は魔導書を読んだからと言ってそう易々と身につけられる魔術ではない」
なんとなく予想はしていたがクラウスも詳しいことは知らないようだ。が、ミサとしては『ああそうですか』とすぐに諦めて帰るわけにはいかない。
「どんな些細なことでもいいの。あなたが知っていることを教えて欲しい」
「うむ……困りましたなぁ……」
そう言って眉間に手を当てるクラウス。
そんなクラウスを見てミサはふと思う。
なんだか思っていた以上にクラウスは真面目な男だ。
ミサの知っているゲームでのクラウスはおちゃらけキャラである。基本的には常にボケキャラで主人公や他の仲間たちを茶化して突っ込まれるというお調子者だったとミサは記憶している。
まあ、年を重ねて落ち着いたと言われればそれまでだが、ゲームでのクラウスを知っているミサにとっては少々違和感がある。
それとも王女を目の前にしてかしこまっているのか。
なんて考えていると、クラウスはティーカップを手に取ってコーヒーを飲んだ……のだが、ティーカップを持つ手が滑り彼は太腿に熱いコーヒーをぶちまけた。
「熱っ!! あちちちちちっ!!」
コーヒーを零したクラウスは車椅子から飛び降りると、その場でぴょんぴょんと跳ねて慌ててかかったコーヒーを手で払おうとする。
――…………おい、歩けないんじゃなかったのかよ……。
その場にいた全ての人間が車椅子生活とは思えないクラウスの動きに冷めた視線を送る。そして、そのことに気がついたクラウスは苦笑いを浮かべて頭を搔いた。
「わ、悪いな。足が悪いのは演技じゃ」
「はあ?」
思わずミサの口からそんな言葉が漏れる。
舐めたことしてんじゃねえよじじいというミサの冷めた目にクラウスは慌てた様子で事情を説明しはじめる。
どうやら最近ではクラウスは老いたこともあり診療所を手じまいにして隠居生活を送りたいようだ。が、患者としてはいつまでもクラウスに診療所を続けて欲しい。そのため足の悪いふりをして彼らが引き留めづらい空気を作り出している最中なのだという。
「正直なところ、まだまだ足は現役ですぞ」
そう言ってその場で軽快なステップを踏むクラウス。
そんなクラウスを見てミサは何とも懐かしい気持ちになる。どうやら人の性格はそう簡単に変わらないようだ。
老人のステップを眺めていたミサだったが、不意にボキッとなにやら鈍い音が診療所に鳴り響いた。
そして、直後、クラウス老人はその場に倒れ込んで足首を掴む。
「う、うぅぅぅ……」
「それも演技なの?」
そう尋ねるとクラウスは慌てて首を横に振った。
「ガチのやつです……」
老人は慌てて懐から小さな杖を取り出すと自分の足首に治癒魔法を使用した。
そう言えばこの老いぼれはヒーラーだった。そんなことを思い出しながらも冷めた目で眺めていると彼は「これは失敬……」とゆっくり立ち上がって再び車椅子に腰を下ろした。
「で、転移魔法について何か知っていることはないの?」
冷めた視線を送ったままクラウスに再度尋ねる。
「申し訳ないが私はヒーラーですゆえ、転移魔法についてはそこまでは……」
このままでは老人のステップと骨折を見ただけで帰ることになる。
わざわざ遠い村まで足を運んだのに、このまま帰るのはあまりにも期待外れである。
頭を抱えるミサだったが、そこでクラウスは「そういえば……」と唐突に口を開いた。
「何か思い出した?」
「そう言えば、旧友の勇者からある物を預かっています。少々お待ちください」
そう言って老人は車椅子を器用に方向転換させると、待合室の奥へと向かおうとする。
「おいじじい、歩けよ」
思わず口にしてしまったミサの言葉に老人は「え? あ、そうでした……」と車椅子から立ち上がって、軽快なステップで部屋に入っていくと、5分ほど物音を立ててその後待合室へと戻ってきた。
「これが勇者からもらった物です」
そう言って再び現れた老人の手には二枚の羊皮紙のような物が握られていた。
そして、そこにはそれぞれ魔方陣のような物が描かれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます