第23話 あっさり

 クラウスが持ってきた二枚の羊皮紙にはそれぞれ同じ形らしき魔法陣が書かれていた。


 彼はその羊皮紙をテーブルに置くと「すっかり忘れておった」と頭を搔く。


「クラウス、これは?」

「魔法陣ですな。転移魔法に使う物です」

「おぉ……」


 ミサは瞳を輝かせながら二枚の羊皮紙を眺めた。魔法陣を眺めながら、今日わざわざここに足を運んだ甲斐があったと思う。


「昔、とある勇者と長い旅をしておりました。その勇者は自在に転移魔法を使用し、それに憧れた私が勇者から譲って貰った魔法陣です」

「ってことはあんたも転移魔法が使用できるの?」


 だとしたら是非ともご教授願いたい。


 が、そんなミサの質問にクラウスは苦笑いを浮かべて首を横に振る。


「とんでもない。私には到底到達できぬ魔術です」


 そう言ってクラウスはこの魔法陣を譲って貰ったいきさつについて話し始めた。


 クラウスの話はこうである。


 ミサがゲームでプレイしたとおり、クラウスは主人公や他の仲間たちとともに冒険をして魔王を打ち倒し、王女の奪還にも成功した。


 その後、彼らパーティメンバーが魔王城を物色していた際に見つけ出したのが転移魔法陣の書かれた魔導書だった。


 基本的に魔王の私物は全て王国が没収する取り決めになっていたそうだが、彼らはこの魔導書だけは持ち帰ったのだという。


――いや、ネコババじゃんっ!!


 と、思わないでもなかったが、そのおかげでミサは転移魔法の存在を知ることができたのだから、クラウスを批判するつもりはない。


 この転移魔法陣は二カ所に同じ魔法陣を記し、その一方に触れて魔力を送り込むことで起動し、もう一方の魔法陣へと移動することができる仕組みのようである。


 クラウスが同じ魔法陣の書かれた羊皮紙を持っているのはそのためである。


 その後、彼らはレビオン王国の各地に魔法陣を描き、自由に王国内を移動できるようになったのだという。


 これが『レビオンクエスト』を全クリした者が自由に王国を移動できるようになるカラクリである。


 が、クラウスの話を聞いてミサは思う。


「魔法陣はここにあるじゃない。どうしてクラウスには転移魔法が使えないの?」


 魔法陣は簡単に言えば複雑な魔力操作を簡略化させて、脳筋でも起動させるための便利アイテムである。確かにクラウスはヒーラーではあるが、魔力さえあればクラウスにだって起動が可能なはずである。


 そんなミサの質問にクラウスは再び首を横に振る。


「私ごときの魔力でこの魔法陣を起動させることなど到底……」


 クラウスは主人公の操る転移魔法に憧れて魔法陣の描き方を学んだそうだが、到底魔法陣を起動させるほどの魔力を放出することができなかったのだという。


 パーティを離れてからも彼は鍛錬を続けたそうだが、結局、転移魔法を起動するには至らず、そうこうしているうちに診療所が忙しくなりすっかり忘れていたらしい。


 ミサは羊皮紙を手に取ると、それをまじまじと眺める。そして、ふと疑問に思う。


「ねえ、この魔法陣は何種類あるの?」

「何種類……とは?」

「だってこれと同じ魔法陣がいくつも存在したら、転移魔法を使用したときにどの魔法陣に飛ばされるかわからなくなるじゃない?」


 今、手元には同じ模様の描かれた魔法陣が二つある。これが二つだけの場合は、片方の魔法陣に魔力を送り込めばもう一方に移動できるのは理解できる。


 が、この魔法陣の書かれた羊皮紙が三つあったとしよう。その場合は一つの魔法陣に魔力を送り込んだ場合に、残り二つのどちらの魔法陣に転移するのだろう。


「さすがは王女殿下ですね。そこにお気づきになられるとは」


 クラウスは11歳の少女がそのことに気がついたことに驚いたようで、感心したようにミサを眺めた。


「それにはフックと呼ばれる記号を使います」


 そう言ってクラウスは魔法陣を手に取ると、模様の一部を指さす。


「基本的に転移魔法に使われる魔法陣は同じですが、ここに100桁の数字が古代文字で記されています。この数字が一致した魔法陣のみがつがいになることができるのです。さらにその下に魔法陣の番号を振って、数字と矢印を記すことで転移する順番を指定することができます。例えばこの魔法陣だと1→2と、そして、そちらの魔法陣には2→1と記されています。全く同じ魔法陣が描かれた物やこの指定がないと魔法陣は起動しませんな」

「なるほど……」


――というか、結構詳しいじゃん……。


 どうやらこの変な模様にしか見えない魔法陣にも複雑な情報が書き込まれているようだ。


「ちなみにこの魔法陣に書かれている数字は54983940389――」

「あ、それは大丈夫だから」


 突然100桁の数字を唱え始めるクラウスを止めて再び魔法陣へと目を向ける。


 だいたいの仕組みは理解できた。が、問題はこの魔法陣を起動させるためにいったいどれほどの魔力が必要になるかだ。


「これを起動させるためにはどれぐらいの魔力が必要なの?」

「私の知る限り、この魔法陣を起動できるのは勇者と魔王の二人だけかと」

「なるほどね……」


 そう返事をして魔法陣を眺める。


 そして、試しに魔法陣に魔力を送ってみる。


「もちろんミサさまはお子様ですので、これからの成長は未知数です。私には到底むりでしたが、ミサさまであれば、いずれは魔王や勇者を越える魔力を手に入れてこの転移魔法を――」


 と、クラウスがそこまで話したところで、ミサの体はテーブルの上へと瞬間移動した。


 テーブルの上にしゃがみ込んだミサの足の下にはつがいの魔法陣が踏みつけられており、さっきまでミサが持っていたはずの魔法陣はひらひらと床に落下する。


 突然のミサの登場にクラウスは「なっ!?」と声にならない声を漏らす。


「嘘じゃろ……」

「マジっぽいわね……」

「…………」


 なんだかよくわからないが、どうやらミサの魔力総量は転移魔法を使用するのに十分だったようだ。


 再び魔力を送ると今度は床に落下した羊皮紙へと移動し、さらにまた魔力を送り込むと再びテーブルの上に戻ってきた。


 そんなミサをクラウスは信じられない物でも見るような目で眺めていたが、新しいおもちゃを手に入れたミサは嬉しくなって何度も転移を繰り返した。


 かくしてミサは転移魔法をあっさりと習得することに成功するのだった。

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