第24話 覚悟
クラウスを紹介した時点でグラスは彼女が何がなんでも転移魔法を習得しようとするであろうことは予測していた。
が、まさかこうもあっさりとは……。
ミサは凄まじい速度で魔力の腕を上げている。もちろんそのことをグラスが理解していないわけではなかったが、まさかここまでの速度で上達すると思ってもみなかった。
はっきり言ってグラスが彼女に教えられることはもうない。
それがグラスの本音である。
もしかしたら自分はとんでもない化け物を育ててしまったかもしれない。
あっさりと転移魔法を習得して見せたミサを眺めながらグラスは密かにそう思うのであった。
「ねえねえグラス。私、転移魔法が使えるみたいっ!!」
なんて無邪気に喜びを語るミサ。
そんな彼女を眺めながらグラスは思う。
きっと彼女の魔術への好奇心を捨てさせることは不可能だ。もしもそれをグラスが抑制しようとすれば、彼女は暴走するかも知れない。
グラスにはミサをそうさせない責任があるのだ。彼女に稽古をつけてしまった以上、彼女が暴走してしまわぬようにしっかりと手綱を握っておく必要がある。
彼女を押さえつけるのではなく、ある程度彼女に自由を与えた上で、彼の手を離れないように手綱をしっかりと握っておかなければならない。
だからそのために彼は動くことにした。
きっとそろそろ彼女はこう言い出すに違いない。
※ ※ ※
「グラス、私、海を渡りたい……」
クラウスと出会いあっさりと転移魔法を手に入れてから数日、ミサは自身の野望をグラスに伝えることにした。
「海を渡りたい? いったい何の話をされているのかさっぱりですな」
どうやらミサの唐突過ぎるそんな願いはグラスには通じていないようである。
だから、ミサは説明する。
「この転移魔法があれば城にいながら世界中を旅ができると思わない? 王国を出ればもっともっと獰猛な魔物だっているはずだし、私はそんな魔物を討伐したいの」
この転移魔法はミサにとって魔法以上に魔法のアイテムである。
クラウスの話によると転移魔法は少なくともこの星の中であればどれだけ離れていても使用できるらしいのだ。
この転移魔法さえあればミサは土地に縛られることはない。この星の裏側にいたとしても朝になれば城に戻ってこられるし、公務にも支障をきたさない。
この魔法によってミサの行動範囲は無限に広がったのだ。
目を輝かせながらグラスにそのことを訴えるミサだが、興奮するミサとは裏腹にグラスは冷静沈着である。
「ミサさまはまだご存じではないかもしれませんが、ギート王国は他国と比べても非常に安全な王国にございます。ミサさまがこれまで安全に過ごしていられるのも、ひとえにこの王国に住んでおられるからにございます」
確かにグラスの言うとおりこのギート王国は一部盗賊はいるものの基本的には治安は悪くない上に、他国との小競り合いのようなものもなければ内乱もない。
秘密裏にとはいえこうやって魔物討伐を続けられているのも、このギート王国が平和であるからだろう。
が、それでもミサは衝動を抑えられない。
ミサにとって魔術が全てである。それを抑圧されてまでこの世界で生きている意味はないと彼女は本気で考えている。
「それに最近では、月下の紅夜叉って化け物の噂も流れているみたいじゃない? 私を討伐しようとする冒険者だって出てくるかも知れないし、そういう人が増えたら正体がバレちゃうかも知れないし……」
少なくとも王国を出ればミサのことを知っている人間は極端に減るだろう。そういう意味でもあまり王国内で暴れ回るのは得策ではないと彼女は考える。
そんなミサの説得をグラスは黙って聞いていた。
が、不意にミサに顔を近づけると真面目な顔で彼女を見つめる。
「ミサさまには覚悟ができていますか?」
「覚悟?」
「ミサさまはギート王国の第一王女にございます。そのようなお方がもしも他国に潜伏していることがバレてしまったらザルバ陛下に叱られる程度では済まないということです」
「わ、わかっているわよ……」
「わかっていません。国際問題に発展する可能性もあります。それに国によっては捕まってスパイ容疑で捕まったり人質として利用されてしまう可能性もあるのですよ?」
「…………」
ミサは一般市民ではないのだ。どこの馬の骨ともつかない人間であれば入国したところで、せいぜい不法入国で強制送還されるのが関の山だが、ミサの場合はそうではない。
当然ながらミサのような要人が他国に密入国するとなれば、バレてしまった場合にギート王国がなにかよからぬことを考えていると疑われる可能性もあるし、捕まって身代金や領土を要求される可能性もあるかもしれない。
ミサの行動のせいで王国にとんでもない迷惑をかけてしまう可能性もあるのだ。
今まで以上に用心して行動しなければならない。
その覚悟があるのかとグラスは問うているのだ。
それでもやはりミサは世界を知りたいと思った。前世を含め抑圧されて生きてきた彼女にとってこの素晴らしい剣と魔法の世界で第二の人生を送る以上、この欲望だけは抑えきれない。
「ミサさま、グラスと約束をしてください。必ず正体をバレずに、それでいて死なないでください」
「…………わかったわ。約束する」
グラスはそんなミサをじっと見つめていたが、不意にため息を漏らすと懐から封筒を取り出した。
「ミサさまならば、そう私に要求してくるだろうと思っていました」
そう言ってグラスは封筒をミサに手渡す。
「これは?」
「ミサさまの偽造身分証です。中をお開けください」
封筒を開けるとそこには一枚のカードが入っていた。カードには『ミサ』とクラント・ギートを省いた名前が書かれており、その下にギート王国籍でレビアの商人の娘だということが書かれている。
そこでグラスは再び懐から何かを取り出す。
それは魔法石だった。グラスが魔法石をカードにかざすとまるでホログラムのようにカードの上にギート王国の紋章が浮かび上がった。
「これを携帯している限り、ミサさまを王女だと思う人間はいないでしょう」
どうやらグラスはミサの野望を事前に察知して裏で手を回してくれていたようだ。
「これで私も共犯です。ギート王国のためにも、ついでに私のためにもくれぐれも王女だとバレないようよろしくお願いいたします。たとえ捕らえられ拷問を受けてもです」
「わかったわ」
その日の夜、ミサはグラスに連れられてキルタグラードの埠頭へと向かうこととなった。
――――
次話から大陸進出編です
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