大陸進出編

第25話 乗船

 ミサはグラスに連れられて徒歩でキルタグラードの埠頭へとやってきた。


 埠頭には豪華客船らしき真っ白に塗られた巨大な帆船と、貨物船なのだろうか黒くて地味な色の船が数隻停泊しており、ギャングらしき男がせっせと積み荷を船に運んでいる姿が見えた。


「すでに乗船料は支払っております。船は一ヶ月ほどかけて隣のグスタフ大陸のネデバ共和国に到着する予定です」

「なるほど……聞いたことない国だわ」

「ネデバ共和国はとても治安の良い国です。そのうえ山に入ればギート王国よりもレベルの高い魔物も出没するそうですし、腕試しという意味ではこの上ない場所かと」


 グラスはミサの能力と世間知らずさを考慮して、このネデバ共和国が初めての渡航としてふさわしいと判断したようである。


 そんなグラスの気遣いに感謝しつつも、彼女はグラスから乗船券と日用品を入れたリュック、さらには魔法杖を受け取る。


「じゃあ、行ってくるね」

「しつこいようですが、くれぐれも正体がバレぬようお願いいたします。それと死なないでください」


 真剣な目でミサを見つめるグラスを見つめ返してミサは頷いた。


 ということで彼女はおそらく自分が乗船するであろう豪華客船の方へと歩き出したのだが。


「ミサさま、どこに向かわれるのですか?」

「え? そ、そりゃ海外に行くのだから船に乗るのは当然でしょ?」

「それは当然ですが、ミサさまの乗船される船はあちらです」


 そう言ってグラスはギャングたちがせっせと荷物を運ぶ貨物船を指さす。


「え? い、いや……だってあれは貨物船でしょ」

「はい、ですがお金を支払えば乗船することも可能です」

「い、いやでもどうせならば豪華客船で――」

「ミサさまはまだ覚悟ができていないようですね」


 そう言ってグラスは呆れたようにミサの元へと歩み寄る。


「あのような客船には貴族の者も多く乗船いたします。もしかしたらミサさまの顔を知っている者もいるやも知れません」

「た、確かに……」

「それにミサさまはレビアの商人の娘です。そのような平民の娘があのような船に乗れば目立ちます」


 確かにそうだ。


「ミサさま、覚悟です」

「ごめんなさい……私の考えが甘かったわ」


 身分を隠して旅に出るということはこういうことである。


 そのことを再認識したミサは自分の甘い考えを改め、グラスの案内の元貨物船へと向かって歩き出すのだった。


※ ※ ※


 それからミサはグラス付き添いの元乗船手続きを終えると、彼に別れを告げて貨物船へと乗り込んだ。


 船に乗り込むと、船長のラッドという無精ひげを蓄えた中年の男がミサを迎えてくれる。


「子どもが一人で乗ると聞いていたが嬢ちゃんのことか」


 などと言いながら船長は物珍しそうにミサの顔を覗き込んだ。予想はしていたが11歳の子どもが一人で船旅をするのはかなり珍しいようだ。


 ミサが「よろしくお願いします」と頭を下げると、ラッドはそんなミサの頭をわしわしと撫でた。


「おう、よろしくな嬢ちゃんっ!! そうだ。嬢ちゃんの部屋の場所を教えておかないとな」


 そう言ってラッドはミサの背中をぽんぽんと叩くと彼女を客室へと案内してくれた……のだが。


「こ、この部屋は……」

「おう、ここは嬢ちゃんの特等席だよ。本当は俺の部屋なんだけどな。嬢ちゃんの父ちゃんが嬢ちゃんのために用意した特別な部屋だ」


 ミサの目の前に広がっていたのは、豪華客船顔負けの広い寝室だった。床には赤絨毯が敷かれており、絨毯の上にはふかふかのベッドと執務机が置かれている。


 ミサは覚悟していた。客室が与えられればまだ幸運な方で、下手したら乗組員と雑魚寝をする可能性だってあると思っていたのだ。


「こんなに良い部屋を私が使ってもいいんですか?」


 なんだか申し訳ない気持ちになってラッドにそう尋ねるが、彼はニコニコと笑みを浮かべたまま「問題ない」と答える。


「お前の父ちゃんから部屋の使用料とサービス料はたんまり貰ってる。自分の家だと思って自由に使ってくれ」


――グラス……。


 おそらくラッドの言う父ちゃんというのはグラスのことだろう。厳しい言葉でミサを送り出したグラスだったが、なんだかんだでミサが不自由をしないように色々と手を回していてくれたようだ。


「事情は色々とあるだろうが深入りはしないぜ? とにかく船が到着するまでは俺たちは家族だ。何か困ったことがあればなんでも言ってくれ。可愛い嬢ちゃんのためなら、ここにいる奴らは下僕のようになんだってしてくれるさ」


 そう言ってラッドはミサに部屋の鍵を手渡すと「じゃあ俺はまだ搬入が残ってるからっ!!」とどこかへと歩いて行った。


 それから一時間ほど経ったところで積み荷が終わったようで、乗務員たちがぞろぞろと乗船してくる。


 どうやら出港の時間が近づいてきたようだ。


「嬢ちゃん、そろそろ船が出るから父ちゃんに挨拶をしな」


 そう言ってミサはラッドに案内されて、デッキへと歩いて行く。


 海風に髪を靡かせながらデッキに立つと、埠頭ではグラスがじっと船を見つめているのが見えた。


 いよいよ出港の時である。


 これからミサの冒険が始まるのだ。当然ながらミサがギート王国を離れるのは初めてである。


 ミサはまだ見ぬ獰猛な魔物を討伐する自分の姿を想像して興奮を覚えるとともに、王国を離れる寂しさも覚える。


 まあ、今後も一日の大半はギート王国で過ごすのだけれど……。


 そうこうしているうちに船はゆっくりと動き出した。デッキの手すりを掴みながらミサは表情を変えずに立つグラスをじっと見つめた。


 きっと誰よりも強い冒険者になろう。


 そう小さな心に誓ってグラスに手を振ると彼に別れを告げるのだった。


――グラスっ!! 必ず強くなってあんたにまた会いに行くからねっ!!


 ちなみに次にミサがグラスと再会したのは翌朝のことだった。

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