第4話 教育方針

 ギート王国の王都キルメニアにそびえ立つウィレグ城。


 ここがミサ・クリント・ギートの自宅である。前世の彼女も七々荘と呼ばれる高級住宅街の巨大な邸宅に住んでいたが、このウィレグ城はそんな前世の邸宅を遥かに凌ぐ大きさの城壁に囲まれた古城である。


 ミサが生まれて4ヶ月が経ったある日の夜。


 食卓では国王ザルバ4世の姿と王妃ナーシャ、さらにはミサの3歳年上の兄でありギート王国第一王子のルークが夕食を取っていた。


 ちなみにミサはナーシャに抱きかかえられて離乳食を食べている。


 先ほども言ったがミサが生まれて4ヶ月が経った。そろそろ普通の赤ん坊であれば簡単な単語を話し始める時期である。


 ということでミサは両親を安心させるためのアピールをしておくことにした。


 ナーシャから薄味のマズい離乳食を貰いながら、タイミングを見計らっていたミサは行動に出る。


「マ~マ~」


 たった二文字のその簡単な言葉を、いかにもな感じで発するとスプーンを持つナーシャの動きがピタリと止まった。


 彼女は驚いたように目を丸くするとミサの顔をじっと見つめる。


 そんな彼女に再び「マ~マ~」と発すると、彼女の表情はみるみる明るくなり、慌てた様子で国王ザルバ4世を見やった。


「あ、あなたっ!! 今の聞いた? 今ママってっ!!」

「聞いたぞっ!! 確かに言ったっ!! 今ママってっ!!」


 これがミサが初めて両親に披露した言葉である。


 そんなミサの言葉に両親は手を取り合って「やったぞっ!!」「やったわねっ!!」とミサの発した言葉に歓喜の声を上げた。


 たった二文字の言葉で喜べるとは本当にコスパの良い人間である。


 この程度の言葉でここまで喜べるのであれば、ここで今後の自分の教育方針についての熱弁を披露したら、両親は喜びすぎて死んでしまいそうだ。


 が、両親に不気味がられるのはミサの本望ではないので、黙っておくことにする。


 ふと側に控えるルリへと視線を送ると、彼女はなんとも気まずそうな表情で両親を眺めていた。


 と、そこへ同じく側に控えていた執事の男が国王の側へと歩み寄る。


「陛下、ミサさまの家庭教師の件ですが、すでにふさわしい者を選定し面接を終えております。陛下の許可さえいただければ、すぐにでもミサさまのご教育が可能でございます」


 どうやらミサが言葉を発したのを見て、そろそろ教育が必要なのではと執事は提案したようである。


 が、まだミサは0歳児である。魔導書を読み始めているミサが言うのも変だがいささか早すぎるのではと思わないでもない。


 と、そこでフォークでステーキを頬張っていたミサの兄ルークが身を乗り出してナーシャを見やった。


「ねえママ、ミサも僕みたいに魔術や武術のお勉強をするのっ!?」


 そんなルークの言葉にミサは心を躍らせる。


――ま、魔術のお勉強っ!! 明日からでもやりたいっ!!


 目を輝かせながら母親に熱視線を送るミサだが、彼女はクスクスと笑うと首を横に振る。


「ミサは女の子なのよ。ミサはルークみたいに魔術や武術のお勉強はしないの。その代わりにお姫様としてのお勉強をするのよ」

「はあっ!?」


 そんなナーシャの言葉に思わずそんな声が漏れてしまった。そんなミサの声にナーシャが慌てて彼女を見やる。


「え?」


――ま、マズい……。


「あぅ……あぅ……マ~マ……」


 とりあえずそうやって誤魔化すと、ナーシャは今の声をなかったことにしてくれたようでミサの頭を優しく撫でた。


 が、ミサの高揚感は一気に絶望へと突き落とされる。


 女の子は魔術や武術の鍛錬はしない。ナーシャのその何気ない言葉はミサから生きる希望を失わせるレベルの絶望的な言葉だった。


 ミサはナーシャへと短い手を伸ばす。


「マ~マ~まじゅつ……ぶじゅつ……まじゅつ……ぶじゅつ……」


 必死にそう訴えるとナーシャは「まぁっ!?」と驚いたように目を見開いたがすぐに笑顔に戻ると「ミサはもっと楽しいお勉強をしましょうね~」と彼女をあやした。


 と、そこでルークが何やら不満げにナーシャを見やる。


「えぇ~ミサには魔術や武術は教えないの? つまんないの……」


 ルークが不満に思う理由はミサにはわからないが、ミサは心の中で『良いぞっ!! もっと言ってやれっ!!』と加勢することにした。


 そんなルークにナーシャではなくザルバ4世が口を開く。


「ルーク、王子と王女では役割が違うのだ。お前が立派になるためには魔術や武術が必要だが、ミサにはどこに出ても恥ずかしくない淑女になるお勉強が必要なんだ。それに、王族や貴族の女が魔術や武術を使うなんて野蛮だ」


――や、野蛮……。


 ミサの願いは実の父によって完全否定された。


 どうやらこの世界の貴族の女が魔術や武術を学ぶことははしたないと思われるような価値観が存在するようだ。


 思わず悲しい目をルリに送ると、彼女はなにやらばつの悪そうな顔でミサから目を逸らした。


――嘘でしょ……。そんなんじゃこの世界に生まれた意味がない……。


 あくまでミサの生きがいは、この剣と魔法の世界で自由に生きることである。そんな彼女にとって国王の何気ない言葉は一種の死刑宣告と言っても過言ではない。


 ならば、彼女は剣や魔法を諦めるのだろうか?


 いや、そうではない。せっかく手に入れたまたとないチャンス。こう易々と諦めてたまるものか。


 それが彼女の本心だった。


 が、作戦変更は必要だ。


 彼女は離乳食を頬張りながら、いかに自分の夢を叶えようかと頭を働かせるのであった。

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