第5話 最短距離で強くなりたい
その日からミサの魔術への熱意はさらに加速した。
何が何でも魔術を覚えてやる。そして、いつの日かは城を脱出して自由を手に入れてやる。
そう心に誓った彼女は、ルリが書庫から運んできてくれる魔導書を読んで読んで読みあさることにした。
が、そんなミサに邪魔者が入る。
それは家庭教師の存在である。ミサが『マ~マ~』という言葉を発していい気になった父ザルバ4世は彼女に幼児教育を施す決心をしたようだ。
毎日毎日寝室には家庭教師が入れ替わり立ち替わりやってきて、ミサに教育をしてくるのだが、これがミサにとっては苦痛以外の何者でもない。
朝から興味もない積み木遊びをさせられたり、既に習得した五十音をパズルのような玩具で強引に覚えさせられたりと日中は無駄な時間を過ごさせられた。
が、そんな家庭教師たちに『あ、自分、そういうのは卒業していますので』と言えるわけもなく家庭教師たちに違和感を持たれぬように、必死に幼児を演じることにした。
そんな彼女にとって唯一の癒やしの時間がみんなが寝静まった夜の時間である。
布団の中に照明石と魔導書を持ち込んだミサはそれらを読みあさっていった。
その甲斐あってか、彼女は一週間ほどで魔法の原理を理解することに成功した。
この世界には基本魔法と属性魔法の二種類の魔法が存在する。
まずは基本魔法。これは属性を持たない魔法のことである。
例えば、物を手に触れずに動かしたり、どこかに転移したり、さらには速く走ったり大きく跳躍するなどの筋力をサポートするような魔法もこの基本魔法に属する。
次に属性魔法。これは光、闇、水、氷、土、雷、風、火の八種類の魔法の総称で、基本魔法とは違いこの世界を形成している(と考えられている)八つの基本要素を利用して魔術を使う物がこれに属する。
例えば火出して何かを燃やすことや、風を起こしたりして何かを吹き飛ばすような魔法は属性魔法に属する。
これらの他にも魔力体力と呼ばれる、より多くの魔力を放出することのできる魔力総量や、より高レベルな魔術を操ることのできる魔力濃度というような魔術師の能力を測る指標のような概念も存在する。
これらの魔力体力は先天的なものもあるが、基本的には魔術を継続的に使用することによって強化されていく。
またミサが読んだ魔術指導要領によれば、一般的に3歳ごろから基本魔術を学び、その技術と魔力体力を鍛え、魔術師としての基礎体力が身についてきた7歳頃からその児童の得意とする属性魔法を徐々に鍛えていくのだという。
ミサは兄ルークが最近になって魔術や武術の鍛錬を始めたことを思い出し、彼の教育が魔術指導要領に則って進められているのだと納得した。
さて、ミサはまだ0歳児である。
どうやらこの年齢から魔術を鍛え始めることは想定されていないようで、どの魔術解説書を読んでも0歳児の指導要領は見つからなかった。
が、ミサは今すぐにでも魔術を学びたい。
彼女のそのパッションを抑えることは国王をもってしても不可能なのだ。
だから、実際にやることにした。
一通り初級の魔導書と魔術解説書を読み終えたミサは、皆が寝静まった夜を待ち行動を開始する。
ゆりかごの中で仰向けになりながら、右手を天に向けて瞳を閉じた。
まずは魔神経と呼ばれる器官を呼び起こすことから始める。
この魔神経はこの世界の人間が持っている固有の器官で、末梢神経のように全身に張り巡らされた神経らしい。この神経を通じて体の内側から外側に魔力を伝えることができるのだという。
この神経を呼び起こして魔力を感じるようになることが魔術師としての第一歩らしい。
初級魔導書に書かれていたように瞳を閉じると、全身に張り巡らされた魔神経を意識する。
全身を流れる魔力を意識する。
その夜、3時間近く鍛錬を続けた彼女が魔力を体内に感じることはできなかった。
が、彼女は諦めない。翌日も、その翌日も毎晩皆が寝静まったところで右手を天に掲げると魔神経を意識する。
そんな生活を一週間ほど続けたとき、彼女の身に異変が起きた。
「あ、熱い……」
気がした……。それが魔力によるものなのかはミサにはわからなかったが、確かに体が熱くなった気がした。
この感覚を忘れてはいけない。そのことを本能的に察した彼女は再び魔神経を意識して右手を天に掲げる。
体はどんどん熱くなっていき、全身に力が漲ってくるような感覚。
その感覚を理解した瞬間に、彼女の意識は急激に遠のいた。
翌朝目を覚ました彼女は、すぐにノートをルリに用意させ、魔神経を意識する感覚をできるかぎりわかりやすくノートにしたためた。
確かに昨晩、彼女の体に魔力は宿った……が、すぐに気を失った。
これはおそらく魔力体力のせいだろうと彼女は推測する。
ゲーム内では魔力を何度も使用するとMPゲージがゼロになりその場で意識を失って近くの診療所に運ばれるという仕様だった。
おそらく彼女はわずかに魔神経に魔力を溜めるだけで魔力を使い果たしてしまったのだ。
確信はできないが、確認する価値はある。
ということでその日の夜もまた彼女は昨晩の感覚を頼りに魔神経に魔力を溜めた。
……そしてまた意識を失った。
魔力をためてはそれを魔神経に流しては意識を失う。そんな睡眠薬いらずの強制睡眠をくり返していくうちに彼女は、体に熱を感じ始めて意識を失うまでの時間が徐々に長くなっている事に気がついた。
これはミサの推測ではあるが、彼女を始めとしてこの世界の人間に体の中には魔力を生成し備蓄する器官が存在する。
その生成された魔力が魔神経にながれ魔力は熱エネルギー? か何かに変わり消費される。
その結果、その器官の魔力が底を尽きれば意識を失ってしまう。
意識を失うまでの時間が長くなるのはもしかしたら、その謎の器官が魔力の生成をすればするほど生成量が増えるからなのではないか?
ミサが魔力を使用したのはつい最近のことで、それまでは一切使われずに体内に魔力が備蓄されていたため生成が行われなかった。
もしそうだとすれば、ミサがやるべきことは魔力の生成をその器官に促すことだ。
「なるほどねぇ……」
などと頭の中で実験結果と推測を書き連ねながらミサは深夜のゆりかごの中で薄ら笑いを浮かべた。
※ ※ ※
これは布団の中でゲームをやりこんでいたときからのミサの性分なのだが、彼女は目的までの最短距離を考えることが好きである。
そして、今の彼女の目的は魔法を使うこと。
もっと具体的に言えば魔力を自在に扱うことである。魔力を自在に扱うためには魔力消費の多い魔術を使用しても気絶しないほどの魔力総量を手に入れること。
彼女はそんな体を手に入れるための最短ルートを自分なりに考えた。
魔力を生成すればするほどに、器官はより多くの魔力を生成するようになる。魔力を生成するためにはより多くの魔力を消費する必要がある。
だから、彼女は魔導書を読みあさった。
家族や周りの人間に魔法の鍛錬がバレないように、こっそり大きな魔力を消費する方法はなんだろうか?
その結果、彼女がたどり着いたのは物を動かす魔法である。
毎晩恒例の魔神経に魔力を流す鍛錬を使用しても意識を失わなくなったある日、ミサはルリに頼んで庭の石を一つ持ってきて貰うことにした。
「これぐらいの大きさで良いですか?」
そう言って彼女が持ってきた手のひらサイズの石を見てミサはコクリと頷く。
それを床に置いて貰い、ミサは魔導書を開いた。
――私の推測が正しければ、これが一番効率がいいはず。
そう自分に言い聞かせて彼女は手のひらを床の小さな石へと向けた。
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