第6話 やるべきことを粛々と
やることが決まれば、あとはひたすらそれを実行するだけだ。
その日からミサは魔導書を片手に、体内に貯めた魔力を体外に放出する訓練を行うことにした。
ゆりかごに寝そべりながら右手を床に置かれた小石へを向ける。
やるべきこは全て頭に入っている。後はそれを体に覚えさせるだけ。
魔神経を巡る魔力を右手に集中させて、手のひらからそれを小石へと放出する。
魔導書に書かれたとおりに実践してみるミサだったが。
「はあ? 全然上手くいかないじゃん……」
小石はびくともしない。
いやいや、初めは誰だってそんなものだ。そう自分に言い聞かせて何度も何度も手を変え品を変え体外に魔力を放出していく。
そんな試行錯誤が一時間ほど続いたとき、ミサの体に異変が起きた。
魔力を集中させて熱くなった右手から不意に熱がなくなった……気がした。
床に鎮座していた小石がわずかではあるがコトリとわずかに揺れる。
直後、ミサは例のごとく意識を失った。
これがミサが魔術を初めて使用した瞬間だった。といってもルリの手のひらサイズの小石をわずかに揺らしただけなのだけど、この小さな一歩は彼女にとっては大きな一歩である。
これを続ければ魔力総量が増えるはず。
そう確信したミサは次の日も、さらにはその次の日も小石に魔力を送り込んで気絶するという作業を続けた。
初めはほんの少し石を揺らしただけで意識を失ったミサだったが、徐々に小石を揺らしても意識を失うことはなくなり、小石をわずかに浮かせてみたり、そのまま左右に10センチほど移動させることもできるようになっていく。
次は石をさらに重くしてみよう。
石を二つに増やしても移動させることはできるだろうか?
二つの石を左右逆方向に移動させることはできるのか?
ミサの探究心はとどまることを知らない。
次はあれをやろう。その次はこれをこうやってこうしよう。などなど試行錯誤を続けて、できるだけ多くの魔力を消費して生成することを続けているうちに4年の月日が経っていた。
「ミサさま、さすがにこれ以上大きい石は用意できません。それにこれ以上重い石を寝室に置くと床が抜けてしまうそうです……」
そんなミサの試行錯誤に先に音を上げたのはルリだった。
もっと重い石をさらにもっと重い石をとルリにおねだりを続けていたミサだったが、彼女の満足できる重さの石はとっくの昔にルリには運べない重さになっていた。
それでもルリが庭師に相談をして、庭師総出で河原からミサよりも大きな石を寝室に運ばせていたが、さすがにドアの大きさ的にも石が大きすぎて部屋に搬入は困難だったし、寝室の床も石の重みでお椀型に凹み始めているのは誰の目にも明らかだった。
さらには最近ではミサの母ナーシャが石を収集する娘に不信感を持ち始めている。
そんな母にミサは『ママ、わたし大きな石だ~い好きっ!! 石って硬いし冷たくて気持ちいいし最高だよね』と物好きな少女を演じていたが、さすがにそれもそろそろ限界が近づいてきている気がする。
両親はミサに魔術の鍛錬を許していない。
おそらく見つかれば止められるだろうし、監視の目も厳しくなるだろう。
そんな状況である以上、鍛錬は誰にもバレないようにひっそりと行わなければならないのだ。
そういう意味では皆の静まりかえった深夜の寝室ほどうってつけの場所はないのだけれども、そろそろ他の場所での鍛錬も考えなければならない。
どうしたものか。
窓の外をぼーっと眺めながら裏山を眺める。
見えるのは木、木、そして木だけだ。春の風に緑色の葉を靡かせる木々を眺めていたミサだったが、ふと彼女は思いつく。
――木……か……。
その日の夜、ミサの新たな挑戦が始まった。
彼女は石の代わりに、窓から見える裏山の木を使用することにした。
窓から手を伸ばして裏山の木へと魔力を送ると、木をまるごと一本根っこから引っこ抜く。
木はあっさりと抜けた。が、上から引っ張ったせいで根っこがぶちぶちと切断されてしまい、この木はもうだめそうだ。
だからミサは考える。木、だけではなく底から地面に伸びる根っこ全体に魔力を送り引き抜いてみよう。
次に同じようにやってみると、今度は上手く根っこごと木を引き抜くことに成功した。
空中に浮遊した木を上空10メートルほど浮かせてから、今度は土に押し込んで元の場所に戻す。
――よし、これならいける。
その日からミサの新たな挑戦が始まった。
初めは一本ずつ木を引き抜いていたミサだったが、慣れてくると次は二本の木を同時に引き抜いて二つの場所を入れ替える。
それにも慣れてきたら、三本四本と引っこ抜く木の数を増やしていき、植え替えを続けて行く。
そして、一年ほど経った頃には、寝室から見える裏山の木はほぼ全てシャッフルされた状態となった。
そんな新たな鍛錬法を粛々と遂行していたミサだったが、彼女の秘密のトレーニングにある日突然、ピンチが訪れた。
その日もミサはいつものように木の植え替えを続けていた。視界に見える全ての木を引っこ抜いて、左右の木々をまるごと植え替える。
庭師も真っ青な強制植え替えを遂行し終えて一息ついていたミサの寝室を誰かがノックした。
――え? こんな時間に訪問者?
時刻は深夜三時をとおに過ぎている。普通に考えればこんな深夜にまだ5歳のミサに訪問者なんてありえない。
ルリが時折『ナーシャさまがミサさまの寝顔を見に、部屋に近づいていますっ!!』と報告に来てくれることはあったが、その時はドアを4回ノックして合図を出してくれていたが、今回は3回である。
ということはルリではない。もしもナーシャが部屋を訪れるときはノックなどせずに鍵を開けて部屋に入ってくる。
ミサには訪問者の正体がわからなかった。
だから、彼女はやりすごすことにした。
じっと息を殺して訪問者が部屋の前を立ち去るのを待っていたが、訪問者は再びドアをノックして立ち去ろうとしない。
そして、三度目のノックを無視してじっとしていたころにドアの外から男の声がした。
「ミサさま、グラスにございます。扉をお開けください」
男はグラスと言った。
グラスはギート王国の王国近衛騎士団を率いる20代の若く優秀な騎士団長である。彼は騎士団長の他、兄ルークの武術の鍛錬も行っているギート家とは縁の深い人物で、ミサとも場内で何度も会話を交わしたことがある。
が、なぜグラスがミサの部屋に? それもこんな夜遅くに……。
その理由が全く理解できなかったミサはそれでも無視を続けたが、そこで再びグラスがドアの向こうから声をかけてくる。
「ミサさまがこの時間に起きておられるのは知っています。扉をお開けください」
そんな騎士団長の言葉にミサの心臓が凍る。
どうしてそんなことを騎士団長が知っているのか?
いや、知っているのだとしたら理由は一つしかない。
それはミサがこの時間に魔術の鍛錬をしていることがバレていることだった。
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