第12話 転移魔法

 それからのことはミサもはっきりとは覚えていない。


「ぶち殺すぞっ!! クソ坊主っ!!」

「てめえ、国王になってもそうやって世界が悪いっていいわけするのかっ!? ああっ!?」

「国民はいちいちお前を褒めたりなんてしてくれねえんだぞっ!! そのくせ少しでも失敗したら裏でボロクソに言われんだぞ? そんなチキンメンタルで堪えれんのか? てめえ」

「お父様みたいな立派な国王になりたけりゃ、一度その曲がった根性を叩き直せっ!! わかったかっ!! さもないと私が女王になっててめえを国から追い出すぞっ!!」


 などなどルークに吐き捨てたセリフの一部と、その間、ルークの頬をぶん殴り続け、翌日彼の顔がパンパンになっていたことだけがミサの心に残っている。


 後になって考えれば少々やり過ぎた感は否めないが、結果だけを伝えるとミサの言葉によってルークは少しだけ大人になった。


 それがミサへの恐怖心からなのか、それとも次期国王である自覚なのかはわからないが、その日からルークが不平不満を口にすることはなくなった。


 ミサがナーシャから聞いた話によると、あれからルークは授業も今まで以上に真面目に受けるようになり、魔術、武術の鍛錬もグラスに頼み込んで夜中まで続けるようになったようだ。


 その結果、ミサの秘密の鍛錬に割かれる時間が短くなってしまったが、彼女は次期国王が強くなることを優先して我慢することにした。


 あと、なぜかルークがミサに敬語を使うようになった。


 そんなこんなでギート王国には平和な日常が続いていた。


 ミサもグラスとの鍛錬の時間は減ったとはいえ、自主練は欠かさなかったし年々、自信の魔術や武術の上達を時間している。


 が、上がっていく能力と反比例するようにミサの不安は増大していた。


 狭すぎる……。


 それが10歳を迎えたミサの今の不安である。


 単刀直入に言えば、今のミサにとって裏山は狭くなってきていた。


 毎日のように山に入って鍛錬を積んでいるミサは、ほぼほぼ山の地形は把握しきってしまっているし、この山には魔物はほとんど出ない。


 なにせウィレグ城の裏山なのだ。そんな獰猛な魔物が出るような危険な山の側に城を建てるなんてありえない。


 手つかずの自然が多く残っているという意味では十分に価値はあるし、ミサ自身この自然に大変お世話になった。


 が、ミサの求めるものはこの裏山だけでは満たせない。


 できれば他の山や飛龍が出るような渓谷、さらには砂漠地帯などにも足を運んでみたい。


 が、今のままではそれを実現することは不可能といっても過言ではない。


 なにせミサが自由に動けるのは深夜だけなのだ。皆が寝静まった深夜から日が昇り始めるまでのわずかな時間がミサが冒険者でいられる時間だ。


 そうなると必然的に行動範囲は限られてくる。往復1時間も2時間もかかるような場所に行くことは不可能だし、朝の時点で寝室に戻っていなければ城は大パニックになってしまう。


 ウィレグ城の近くには裏山を除いて鍛錬ができそうな山もなければ魔物が出てくる山もない。


 移動時間はミサにとってネックとなっていた。


 そんな不満を抱えながらも山中でグラスに貰った子どもサイズの魔法杖まほうじょうを振り回すミサ。


 彼女は三年程前から属性魔法の鍛錬を始めた。グラスがそろそろ基本魔法の基礎ができたと判断して貰えたからだ。


 グラスからその話を聞いたミサはすぐに『私、闇魔法を鍛えたいっ!!』と彼に懇願した。


 ミサが闇魔法を習得したい理由。


 それは……なんかかっこいいからという単純な理由である。


 前世のミサの中二病魂が闇魔法を覚えなさいと警鐘を鳴らした。


 闇という言葉には言い表しようない男のロマンがある。


 まあミサは女なのだけれど。


 そんなこんなで闇魔法を教えるようにグラスに懇願したミサだったが、彼の反応は微妙だった。


「闇魔法は魔王の操る魔法です。そのせいで良い印象を持つ者はあまり多くありません」


 ということらしい。ミサはゲームでしか魔王と戦ったことがないが、この世界の人間にとって魔王はトラウマ級の存在らしく、闇魔法というだけで嫌悪する者も多くあまり習得したがる人間は多くないそうだ。


 が、それでもミサは闇魔法が学びたい。


 むしろ人々から嫌悪されているという言葉を聞いてさらにその気持ちが強くなった。


 ということでミサはグラスにごり押しをして、闇魔法の鍛錬をつけてもらうことになった。


 最近ではすっかり闇魔法が板についてきて、生み出される漆黒を自在に操れるようになってきている。


 ちなみに現状のミサは水、氷、土、炎魔法もついでに学びある程度は扱えるようになっている。


 が、あくまでミサにとって意中の魔法は闇魔法だった。


 魔法杖から無数の漆黒の粒子を放出すると、それを変幻自在に操り漆黒の剣を作ってみせる。


――か、かっこいい……。


 魔法杖を放り投げるとお手製の漆黒の剣を握り、その出来映えに惚れ惚れする。


 刀身からは漆黒の煙が漂っており、それもまたミサの中二心をくすぐった。


 ということで魔法杖そっちのけで漆黒の剣を振り回しながら、手狭になった裏山を駆け抜ける。


――はぁ……転移魔法でもあれば、いつでもどこでも好きな場所で暴れられるのに……。


 なんて無い物ねだりをしていた彼女だったが、ふと「あああああっ!!」と大声で叫んで足を止めた。


「て、転移魔法よっ!!」


 ミサは思い出した。


――そうじゃんっ!! ここってゲームの中の世界だよねっ!!


 最近ミサはすっかりそのことを忘れていた。なにせここはゲームでも名前しか登場しないモブ国家である。当然ながらゲームの登場人物に出会うこともなければ名前を聞くことすらない。


 地図には確かにレビオン王国という名はあるが、それだけのことだ。


 レビオン王国とミサには何の関係もないのである。


 が、ミサは不意に『転移魔法』という単語とともにここがゲームの中だということを思い出した。


 さてこの転移魔法とはなんだろうか?


 これはミサが前世で『レビオンクエスト』をやりこんでいたころに使用していた魔法である。


 簡単に言えばこの魔法があれば、全15ステージのどこにでもすぐに移動できてしまうというまるで魔法のような魔法。


 ミサは前世でこの転移魔法に大変お世話になった。


 どのステージにも移動できる便利すぎる転移魔法だが、そこまで便利だとゲーム性が失われるのではと思われるかも知れない。


 が、この転移魔法の習得には条件があるのだ。


 それはゲームを全クリすること。


 この魔法はゲームを全てクリアしたプレイヤーへのご褒美のような魔法で、エンドロールを最後まで見ると自動的に主人公が習得するのだ。


 強制的に習得する魔法であるため、街のショップなどをいくら巡ってもどこにも魔導書は売っていない。


 いったいミサにはどうすればこの転移魔法が習得できるのかはわからなかったが、少なくともこの魔法を習得することができれば、彼女は深夜に城から世界中のどこにでも瞬時に移動できるようになる。


 今のミサにとっては喉から手が出るほどに習得したい魔法だった。


 心を躍らせながらミサはグラスに転移魔法について問うてみた……のだが。


「転移魔法ですか……。そのような魔法が存在することは聞いたことがありますが、私は使用できる人間に会ったこともなければ、そのようなことが書かれた魔導書も読んだことがありません」


 グラスから返ってきたのはそんな言葉だった。


「どんな些細な情報でもいいの。その転移魔法の話は誰から聞いたの?」

「クラウスというヒーラーの男性からです。私の生まれ育った街で医者をやっている男です」

「へぇ……でも、その人は転移魔法は使えないのよね?」

「えぇ……ですが、かつて彼は彼の仲間の使う転移魔法によって転移をしたことはあるそうです」

「それホントっ!?」


 それはなかなかに有力な情報である。


 情報に飢えている彼女にとって些細なことでも大切なのだ。


「ミサさまはかつてレビオン王国が魔王に支配されそうになったというお話は知っていますか?」

「もちろん知ってる。40年前の話だったっけ? 魔王に王女が攫われてそれを勇者パーティが奪還しして魔王も倒したっていう」


 当然ながらミサは知っている。


 なにせ、その話こそが彼女が前世でプレイした『レビオンクエスト』のストーリーなのだから。


 が、あまりにも自分の生活と関係のない話だったので、ある程度調べただけで深くは調べなかった。


 が、今のグラスの話で何かが繋がった。


「ちょ、ちょっと待って……もしかしてそのクラウスって男……」

「ええ、かつてその勇者パーティに参加していた男です」


 ミサはクラウスという男を知っていた。


 なにせ、彼女をパーティのメンバーに加入させたのは他ならぬ前世の彼女がゲーム内で操っていた主人公なのだから……。

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