第13話 巡幸
世界は思っていたよりも狭い。
ミサにとってゲームの情報など、今更なんの役にも立たないと思っていたが、まさかこんなところで繋がるとは思ってもみなかった。
よくよく考えてみればミサがこの世界をゲームの中だと思うようになったきっかけもこのクラウスがギート王国出身だったからなのだ。
これは何かの運命に違いない。
そう思ったミサは早速クラウスを城に呼び寄せて話を聞こうとしたのだが。
「クラウスは今は足が不自由になっており、とてもじゃありませんが城まで足を運ぶのは不可能かと」
グラスのそんな言葉によってミサの運命の糸はあっさりと切れた。
「な、なんとか城に来て貰うことはできないの?」
「クラウスはすでに60歳を過ぎています。仮に馬車で登城させるにしても体力的に辛いものがあるでしょう」
ということらしい。もちろんクラウス自身が転移魔法を使用していたわけではないが、彼ならどのように主人公が転移魔法を習得したのか知っているかもしれないのだ。
移動の自由のないミサにとって転移魔法は必要不可欠な存在だ。
何が何でも情報を手に入れなければ……。
が、クラウスが城に来られない以上、ミサが直接赴くしかないのだが、彼女は王女である。
ちょっとおじいさんに会ってくると行って遠出が許可されるような身分ではないのだ。
さて、どうしようか……。
なんて考えながら食卓で夕食を取っていたミサ。
「あ、お姉様、グラスの水が空です。使用人、お姉様に水を入れて差し上げろ」
そう言って隣に座るルークが使用人に命じると『お姉様、僕はお姉様の水の減りにすぐに気がつきました』みたいなしたり顔をミサに向けてくる。
ちなみにミサはルークの妹である。
例のルークとの兄妹喧嘩によって、ミサとルークの兄妹関係は完全に逆転した。今のルークはミサの従順な僕であり、ミサの言うことならばなんでも聞く。
正直なところミサとしては気持ち悪くて仕方がないのだが、なぜか両親はそんなルークを咎める様子もないし、家庭内にはミサがルークの姉であるという既成事実ができていた。
しかし、今のミサにとってそんなことはクソほどもどうでもいい。
――どうやってクラウスに会おうかしら……。
その答えの出そうにない難題について頭を働かせていると、ふと国王でありミサの父親であるザルバ4世がフォークを置いて口を開いた。
「そういえば来週の地方巡幸についてだが、私が城を空けている間、ルークには国王代理として政務の一部を任せようと思っている」
そう言ってザルバはルークへと顔を向ける。
そんな父の言葉にルークは始めぽかんと口を開けていたが、すぐに何を言われたのか理解したようで嬉しそうに笑みを浮かべた。
「お、お父様、それは本当ですかっ!!」
「ああ、もちろん任せるのは一部だが、お前にはそろそろ政治のイロハについて学んで貰う必要があるからな」
「は、はいっ!! 頑張りますっ!!」
ということらしい。
確かにルークはもう13歳である。ミサが前にいた日本ではまだまだ子どもだが、この世界の成人は15歳なのだ。
あと2年で成人を迎えることを考えれば、少しずつ政務をルークに任せていくのは悪くない考えだ。
ザルバはまだ40代で、今のところ健康上の問題もないが、急にコロッと逝く可能性もなくはない。不測の事態が起きたときに速やかに権力を移譲することはギート王国の国民を不安にさせないためにも必要不可欠だ。
ルークはミサとは違い、自分の運命を肯定的に捉えている。
そんな彼にとって父の言葉はこの上なく喜ばしいことだった。
ルークは興奮で頬を赤らめながら、ミサを見やる。
「これもひとえにお姉様のおかげです」
「いや、私はなにも関係ないでしょ……」
「お姉様が僕の目を覚ましてくれたおかげで、僕はここまで頑張ることができました。お父様からの信頼を勝ち取ることができたのは全てお姉様のおかげです」
「そ、そう……おめでとう……」
下手に否定するのも面倒なので素直に祝いの言葉を述べておく。
――ん? ちょっと待てよ……。
ルークの国王代理デビューを喜んでいたミサだったが、ふと思う。
今まで特に意識はしていなかったが、そういえば父ザルバ4世は来週から巡幸で城を空けるのだ。
この巡幸は父ザルバが毎年必ず行っているもので、2ヶ月ほどかけてギート王国の各地をまわり、王国民たちに激励を送る行事である。
こうすることによって王国民や地方役人たちを自分の目で見ることができ、さらには王国民たちに国王が身近な存在であることを印象づけることができる大事な行事なのだ。
「お父様、一つ良いですか?」
「ん? どうした?」
「私もその巡幸に同行してもいいですか?」
これは大きなチャンスかもしれないとミサは考えた。
ミサにとって今や裏庭は手狭である。巡幸についていけばギート王国各地を合法的に回ることができ、まだ見ぬ魔物の討伐だってできるかもしれない。
自分の実力を試す意味でもミサには山やダンジョン等々訪れたい場所は山ほどあるのだ。
それに全国をまわるのだ。その道中でクラウスの元を訪れることだって可能かも知れない。
ミサは目を輝かせながら父を見やった。
が、そんなミサに父は首を傾げる。
「ついてきてどうするのだ?」
これまで巡幸はザルバ4世一人で行っていた。そんな巡幸に娘がついてくる理由が彼には理解できないようだった。
「私は自分の目で見て学びたいのです」
「学ぶ?」
「ええ、私には王女としての義務があります。王国民がどのような生活をして、何を求めているのかを。これはこのギート家に生まれた人間の果たさなければならぬ義務なのです。これからルークは政務で忙しくなるでしょう。そんな兄の代わりに私が王国民の生の声を聞き、その声を兄に届けたいのです」
我ながらよくもまあ適当な言い訳をでっちあげられたと思う。
そんなミサが並べたてた綺麗事を聞いた父は、しばらくじっとミサを見つめた。
が、不意に瞳に涙を浮かべると「おおおおおっ!!」と声を上げた。
「お、お父様?」
「ミサ、私は嬉しいぞっ!! お前はまだ10歳だというのに、ここまでも王国民のことを
どうやらミサの綺麗事は想像以上に父の心に響いたようである。
「わかった。そういうことであればお前を巡幸に連れて行こう。そして耳を傾けるのだっ!! 王国民たちが何を思い何を求めているのかをっ!!」
そんなザルバの言葉にルークもまた「さすがはお姉様です」と声を漏らしてうんうんと頷いた。
かくしてミサは巡幸への同行を許された。
ミサは興奮に胸を抑える。
ついに裏山以外で自分の実力を発揮するときが来たのだ。頭の中で魔物やドラゴン相手に剣や魔法杖を振るう自分の姿を想像したミサは思わず頬を緩ませずにはいられなかった。
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