第14話 レビア
ということで急遽、ミサは巡幸に同行することとなった。
出発当日。城の前には二台の馬車の巡幸に同行する数百人の近衛騎士団の面々が終結していた。
どうやら父は娘の初巡幸に舞い上がってしまい、わざわざミサのために新車の馬車をあらたに購入したのだという。
そして、娘の初巡幸のために朝早くからルークと母ナーシャもお見送りに来てくれた。
ナーシャは何やら涙を流しながら10歳のミサをぎゅっとハグする。
「ミサっ!! 必ず生きて城に戻ってきてね。夜はお腹を温かくして眠るのよ」
「え? あ、はい……生きて帰ってきます」
ただ王国内を巡幸するだけだというのに、母は今生の別れのような言いようである。
が、まあミサがここまで遠出をするのは今回が初めてだし、これまで城の外に出るときは必ずナーシャも同行していた。
ミサはまだ子どもを持ったことがないのでわからないが、親という生き物はどこまでも子どものことが心配なのだろう。
ミサは母親の愛を感じながらも、いつまで経っても自分から体を離そうとしない彼女をやんわりと押しのけるとルークを見やる。
「お姉様……必ずや生きてお帰りくださいっ!!」
ナーシャの隣に立つルークはさらに顔をぐしゃぐしゃにして涙を零していた。彼もまたミサにハグをしようと近寄ってきたが、そんなルークの腹を足で押して強引に遠ざける。
「では行って参ります。お母様とお兄様もくれぐれもお体にお気を付けください」
ということで彼女は馬車に乗り込んだ。
それぞれ国王とミサを乗せた馬車は大所帯の近衛騎士団を引き連れて西方へと向かう。
前世とは違い、当然ながらこの世界には飛行機も電車も車もないのだ。いくら王族とはいえ地道に馬車で街から街へと移動するしかない。
結局、一行は途中宿を借り上げて休養をとりつつ丸二日かけて西方の地方都市レビアへとやってきた。
数多くのレビア市民で埋め尽くされた目抜き通りを通ってレビア城に入ると、ミサの縁戚にあたるらしいプルードス伯爵という男が出迎えてくれた。
どうやらこの男はこのレビアの政務を父親に任せられている前の世界で言うところの知事のような存在らしい。
この日は予定は特になく、一日旅の疲れをとり明日以降、貴族たちとの食事会や、民衆の前での演説、さらには最近工事が始まった教会の視察をするという予定らしい。
レビアには一週間ほど滞在する予定で、父の話によると予定のない日は3日ほどらしい。
なかなかにハードなスケジュールである。ミサとしてはなんとしてもこの3日間を有効活用して活動しなければ勿体ない。
ということで。
「お父様」
レビア城の食堂でお茶とお菓子を頂きながら父と伯爵とミサの三人で談笑をしていたところで、父に直談判をすることにした。
「お父様、できればレビアの街の観光をしたいのですが……。レビアの街をまわりここで生活する方々がどのような経済活動を行っているのかこの目で見てみたいです」
もちろん深夜はこっそり城を抜け出す算段だが、昼間に魔導具ショップや魔導書ショップを訪れて自分の魔術に役立つ物を購入したいという魂胆もある。
そんなミサの頼みに父ではなく伯爵が感心したように彼女を見やった。
「ほぉ……レビア市民の生活ですか。10歳で王国民の生活に興味をもたれるとはご立派ですな」
お世辞なのか本心からなのかはわからないが伯爵の反応は悪くない。
が、ミサにとって重要なのは父親の了承である。
予想はしていたがミサのそんな提案に父は渋い表情を浮かべる。
「お前のその心がけは素晴らしい。が、お前が街をまわるとなるとそれ相応の警備が必要になる。そうなると伯爵の手を煩わせることにもなる」
やはり父は難色を示した。当然の反応だ。なにせミサは王女である。そんな彼女が単身で街を歩き回るのはあまりにもリスクが高すぎる。
が、父は彼女のそんな気持ちをくみとってくれてはいるようである。
手応えは悪くない。
そんな父の反応を見たミサはさりげなく側に控えていたグラスへと視線を向けた。彼もまた騎士団長として今回の巡幸に同行しているのだ。
ミサの視線に気がついたグラスは「恐れながらザルバさま」と父に声をかける。
「ミサさまの警護は私が賜りましょう。ミサさまには市民の姿に扮して貰い、私と部下数名でミサさまを警護し、なにかあればすぐに脅威を取り除き殿下をお守りいたします」
「う~む……」
父のグラスへの信頼は厚い。彼は常に冷静沈着でこれまでも不測の事態が起きても何度も適切に対処してきた。
そんなグラスが警護に当たるのであれば、万が一にもミサが危険な目に遭うことはないだろう。
「…………」
それでも父はしばらく厳しい表情を浮かべていた。が、不意にグラスに厳しい視線を向けて口を開く。
「グラス。ミサの身に何かがあればお前の首を刎ねる……だけでは済まされないのはわかっているな?」
「承知の上にございます。ですがミサさまが見識をお広げになられるという意味ではリスクに見合った成果が得られると私は考えております」
結局、しばらく父は厳しい表情を浮かべていたが「お父様、お願い」とミサが何度もおねだりをするとようやく首を縦に振った。
かくしてミサは街を自由に歩き回る許可を得た。
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