第15話 チンピラ

 父&プルートス伯爵とのお茶会を終えたミサは早速街に出ることにした。


 使用人ルリから庶民風の麻の衣服へと着替えさせられたミサは、同じく庶民風の衣服に着替えたルリとともに城を出る。


 ちなみに後ろを振り返ると10メートルほど後ろに、同じく庶民風衣服を身に纏ったグラスが歩いているのが見えるが、ただ者ではない感は隠せていない。


 城を出たミサとルリは地図を頼りに城の建つ丘を10分ほどで市街地の目抜き通りへと到着した。


「おぉっ!! おおおおおおっ!!」


 目の前に広がる街の景色にミサは思わずそんな声を漏らす。


 目の前に広がっていたのはいかにも異世界というような中世ヨーロッパ風? の町並みだった。


 石造り煉瓦造りの建物に、大通りの両脇にはいくつもの露天商。野菜や果物、さらには氷魔法で作ったかき氷のような物を作る店もあり、数多くの市民がそこで経済活動を行っている。


 そんなこの世界ではありふれた光景は、この10年間ほとんどの時間を城と裏山で過ごしてきたミサにとって新鮮に映る。


――ゲームと一緒だっ!! ゲームで見た光景と一緒だっ!!


 もちろんゲームにはギート王国は登場しないが、それでもゲームで散々見てきたレビオン王国を彷彿とさせるその光景に興奮を抑えきれない。


「ねえねえルリっ!! 魔導具はどこに売ってるの? 本屋に行けば魔導書も置いてあるかしら?」


 ローブをフードまで被ったミサは目を輝かせながら、同じくローブを深く被ったルリの袖をぐいぐいと引っ張る。


 が、そんなミサを無視してルリは何やら近くにある露店を目を輝かせながら眺めていた。


「る、ルリ、私の話聞いてる?」

「ミサさま……」


――ん? どうした?


 そんなルリのおかしな反応に首を傾げた瞬間、ミサは凄まじい力でルリに腕を引っ張られた。


「ちょ、ちょっとルリっ!?」

「ミサさま、私、もう我慢できませんっ!!」


 そう言ってルリはミサの腕を引っ張ったまま近くの露店へと駆け寄っていく。


 ミサは足を踏ん張ろうとするがルリの圧倒的な力によって、為す術もなく強制的に露店へとやってきた。


「ミサさま、見てくださいっ!! 可愛いと思いませんか?」


 露店までやってきたルリは露店に並べられたアクセサリーを指さすと、目をキラキラさせながら品物とミサの顔を交互に見やった。


「ルリってこういうアクセサリーとか小物が好きなの?」

「まあ人並みですよ」

「だったらどうしてそんなに興奮しているの……」

「私、幼いころから着せ替え人形が大好きなんですっ!!」

「いや、それとこのアクセサリーと何の関係が?」


 そんなミサの質問にルリはニヤリと笑った。そして、そんなルリを見てミサは何かを察した。


※ ※ ※


 それから一時間ほど、ミサはルリの着せ替え人形として弄ばれることとなった。


 ルリに引っ張られたミサはアクセサリーショップから洋服店、さらには靴屋を強制的に巡らされてはゆく店ゆく店で強制的に試着をさせられる。


 そして気がつくとルリの持つバスケットはミサのお着替えセットでパンパンになっていた。


「ミサさまのドレス姿も美しいですが、こういうカジュアルな洋服や小物もお似合いだと思うんです。はい、ミサさま、フードを外してください」


 そう言って不用心にもミサはためらいなくミサのフードを外すと、彼女の紅の髪にさっき露店で買った花柄の髪飾りを付ける。


「わぁ……かわいい……」

「そ、そう?」

「可愛いですよ。さすがはギート家の血筋ですね。というかミサさまはせっかく可愛いんですから、もっともっとおしゃれをしてもいいと思うんですっ!!」


 そう言ってミサに熱視線を送るルリ。


――いや、あんたが着せ替え人形にしたいだけでしょ……。


「わ、私は別に魔術ができればそれでいいし……」


 そう、ミサにとっては魔術が全てである。身なりやその他のことにかまけている暇など彼女に存在しない。


 なんて考えている間にもルリは、ミサにペンダントやイヤリング、さらにはいつの間に買ったのか猫耳まで取り付けて恍惚としながらミサを眺めていた。


「か、可愛い……」

「べ、別に可愛くないわよ……」

「そんなことないですよ。今のミサさま、すっごく可愛くて素敵です」


 目をキラキラさせながらそう訴えるルリ。そんなに間近で可愛い可愛いと連呼されるとさすがにミサも恥ずかしくなってきて思わずルリから目を逸らす。


「と、とにかくあんたの欲はこれで満たせたでしょ。わ、私は魔導書とか魔導具が見たいの……」


 と、頬が火照るのをわずかに感じながら、彼女はミサを置いて歩き出そうとしたのだが、直後、ミサは何かに顔をぶつけてその場に尻餅を付いた。


「い、いててて……」


 強打した鼻を押さえながらぶつかった物を見上げると、そこには頭にケープを巻いて、腰に短剣をさげたいかにも盗賊みたいな格好をした男が数人立っているのが見えた。


 どうやらぶつかったのは人間らしい。鼻を押さえながら彼らを眺めていたミサだったが、そばに立っていたルリは慌てた様子で男たちにペコペコと頭を下げている。


「し、失礼しましたっ!!」


 と平謝りのルリだが、男たちは「ああ?」と不機嫌そうにルリの顔を覗き込んだ。


 どうやら面倒くさそうな連中に絡まれてしまったようだ。


 絵に描いたようなチンピラたちは「失礼しましたじゃねえだろっ!! どこ見て歩いてんだよっ!!」と恫喝するようにポンとルリの肩を小突いた。


 ミサは少し離れた場所で待機しているグラスへと顔を向けた。


 が、グラスは動こうとせずに静観していた。それどころか顎をクイクイと動かして『これぐらい自分でなんとかできるだろ?』のジェスチャーまでしてきた。


 どうやら自分で対処しなければならないようだ。


 ミサは鼻を手ですりすりしながら立ち上がるとチンピラを見上げる。


「謝ってるんだから、それぐらいにしておきなさいよ」


 まあぶつかったのはミサなのだが。


 そんなミサの言葉に男の一人が「ああ?」と一昔のヤンキーのようにポケットに手を入れながらガンを飛ばしてきた。


「ああ? クソガキ、誰に向かって口聞いてんのかわかってんのか?」

「いや、知らないけど……」

「俺たちシーファーのメンバーだぞ? そんな舐めた口の利き方してたら痛い目見るぞ?」


 残念ながらミサにはシーファーとかいうクソダサい名前の組織など聞いたことがない。


「知らないけど、謝ってんだから、さっさとどっか行ってくれない?」

「おいおい、随分と舐めた態度を取ってくれるじゃねえか……痛い目を見ないとわからねえみたいだなぁ!!」


 ということらしい。彼らはそう言って腰に下げていた剣を抜くと構え始めた。


 気がつくとさっきまで周りにいた市民たちはいなくなっており、物陰からミサたちの動向を眺めている。


 こんなか弱そうな女の子が二人チンピラに絡まれているのに、誰一人として(グラス含め)彼女たちを助けようとする人間はいない。


――皆さん、ちょっと薄情すぎじゃありませんかね……。


 誰も助けてくれないのならば自分でやるしかない。


 ミサはローブを内側に隠し持っていた木刀を一本取り出すと、それを構えた。


 そんな彼女を見たチンピラたちは顔を見合わせる。


 そして、腹を押さえながら笑い始めた。


「おいおい嬢ちゃん。そのおもちゃの剣で俺たちと戦うつもりか? いくら木の棒を振り回したところで――」


 チンピラの一人が腹を抱えながらそう話している途中にミサは唐突にチンピラたちの視界から消えた。


 チンピラたちにはミサが音もなく消えたように見えた。


 が、違う。実際にはミサはしっかりとステップを踏んでチンピラたちの間を横切っただけだ。


 チンピラたちにはその動きがあまりにも速すぎて消えたように見えただけである。


 そして、そのあまりの速さに彼らは一発ずつ脳天を木刀でぶん殴られたことにも気づかなかった。


 ぽかんと口を開ける彼らだったが、突然頭に激痛を感じたと同時に彼らは意識を失ってその場にバタリと倒れ込んだ。


 彼らにミサの相手は務まらない。


「ばーかっ!!」


 泡を吹くチンピラたちにそう吐き捨てると、ミサは再び木刀をローブへとしまった。

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