第16話 シーファー

 とんだ邪魔者が入ってしまったが、無事ミサは脅威を取り除くことができた。


 結局、ミサの足下で伸びていたチンピラたちは、グラスが用意したであろう兵士によって素早く拘束されてどこかへと運ばれていった。


 おそらく彼らが次に目を覚ましたときに目にするのは鉄格子だろう。


 まあ、ミサの知ったことではない。


 そして最初に絡まれたルリはというと。


「あ、あれ? どうしてチンピラさんたちは急に倒れたんですか? 眠かったんですかね?」


 と、あまりに速かったミサの動きに何が起きたのか最後まで理解できていないようだった。


「とりあえずもう大丈夫そうだから魔導具と魔導書を見に行くわよ」


 そんなルリを置いてミサは大通りを再び歩き出す。


 その後、ミサとルリは街を練り歩き各々買いたい物を買い漁ることにした。


「欲しい物がいっぱい買えて良かったですね」

「あ~私、今最高に幸せ~」


 結局、帰る頃にはミサもルリも両手一杯の荷物になっていたが、お互いに欲しい物が手に入りホクホク顔である。


 まずルリはあの後、手芸用品店へとより大量の毛糸を買い込んでいた。


 ミサはあまり手芸には詳しくないのだが、彼女曰く「こ、ここの店凄いですっ!!」とのことらしかった。


 なんでも滅多に手に入らない魔獣の毛を使用した毛糸がたくさんあったようで「冬までにこれでミサさまのマフラーとか手袋とかいっぱい作りますからねっ!!」と張り切っていた。


 ミサはそんなルリを見て、もっと他にマフラーをあげる相手を見つけてはどうかと思わないでもなかったが、余計なお世話だと思い口にはしない。


 そしてルリ同様にミサも実りある買い物ができた。


 ルリが最初に購入したのは闇魔法に特化した魔法杖まほうじょう。これまでミサはグラスのお下がりである魔法杖を使用していた。


 この杖はあらゆる属性魔法に対応したなんというか初心者用の杖である。


 この杖があれば光、闇、土、雷、水、氷、土、火の八種類全ての魔術が使用できるのだが、全ての魔術に対応しているため増幅効果はあまり期待できない。


 ミサは闇魔法を極めると自分の中で決めている。


 だからこそ闇魔法を最大限生かすことができる杖が欲しかったのだが、生憎なことにグラスは闇魔法を教える前提で指導をしていなかったため持ち合わせていなかった。


 そもそも闇魔法はこの世界で一般的にタブー視されている。グラス曰く店に行ってもほとんどの店では取り扱われていないそうだ。


 だから、あればラッキーのつもりで店主の男に尋ねてみたのだが、男はミサの口にした『闇魔法』という言葉に眉を潜めながらも「一本だけ倉庫で眠っている」と店の奥の倉庫から杖を持ってきてくれた。


 埃を被ったその杖はグレス歴2894年制の物だと店主の男は自慢げに説明してくれたが、ミサにはグレス歴2894年制の杖の良さはさっぱりわからない。


 ワインやギターのように何年制の物が良いみたいな価値観があるのだろうか?


 が、ミサにとっては闇魔法特化の杖であればそれでいい。店主の自慢のような説明を適当に聞き流すと「じゃあそれをください」と伝えるが、なぜか店主は半笑いでミサを見つめてきた。


「お嬢ちゃん、さすがにこれは子どものお使いで買えるような代物じゃないよ? 大人になっていっぱいお金を稼げるようになってからもう一度おいで」


 そう言って追い返されそうになるミサ。


――これじゃただおっさんの自慢話を聞かされただけじゃん……。


 そんな店主の態度にイライラしていると、すっと背後からグラスが現れて店主から値段を聞き出す。


「ならばこれで足りるな」


 そう言ってグラスは懐からなにやらじゃらじゃらした巾着袋を取り出すと、それを店主に手渡した。


 店主が巾着袋の中身を取り出すと、中には大きな金貨が何枚も入っており店主の目が点になる。


 店主は偽金じゃないかと金貨を噛んで確かめていたが、本物だとすぐに理解したようで直後彼の顔は仏頂面から営業スマイルへと変貌した。


 結局、ミサはその後店主によってテーブルへと案内されて紅茶と茶菓子を振る舞われた。


 その間に店主は慌ただしくピカピカのハードケースに杖を丁寧に入れると「お手入れ用品をサービスで入れておきましたので」と相変わらずの営業スマイルでミサたちを店先まで見送ってくれた。


「ありがとうございましたっ!!」


 と、大通り中に響き渡りそうな声を背にミサたちはその後も魔導具店を何件か回り、杖の他にも魔術師用の万能ローブや、素振り用の馬鹿みたいに重たい鉄棒を購入して帰路に就いた。


※ ※ ※


 その後、買い込んだ物をグラスに預けて馬車に隠して貰ったところでミサは城へと戻る。


「おおおおおおおっ!! ミサあああっ!! 無事だったかっ!! パパはミサが心配で心配で死ぬかと思ったぞっ!!」


 城に戻ったミサは父ザルバ4世から大げさすぎる出迎えをされた。


――いや、大げさすぎでしょ……。


 父親からしばらくハグをされたミサは、その後お風呂に入った後、食卓で夕食を取ることとなった。


 が、食事を取っている最中、ミサの気持ちは落ち着かない。


――早く魔物狩りに出かけたい。早く魔物狩りに出かけたい。早く魔物狩りに出かけたい。早く魔物狩りに出かけたい。


 グラス曰くレビア北東の山にはスライムやゴブリンのような実際にゲーム内に登場する魔物も多く生息しているのだという。


 裏山では決してお目にかかれないような魔物たちばかりだ。


 魔物を狩って狩って狩りまくる。それがミサが最も夢見たことである。ゲームの主人公のように魔物を倒してレベルアップして強くなる。


――あぁ~私もいよいよ冒険者か……。


 などと脳内で華麗に魔物退治をする自分の姿を想像して悦に浸っていると、ふと食卓の側に控えていたグラスが父親のそばに歩み寄った。


「陛下、ご報告申し上げます」

「ん? 食事中になんだ?」

「昼間に捕らえた連中についてですが」


 グラスの報告は昼間にルリとミサに絡んできた例のチンピラについてのようだ。


 やはりミサの想像通り、彼らはグラス率いる騎士団に捕らえられたようだ。


 どうやら父は彼らが捕らえられたことは耳に入れているようで、グラスの言葉に特に驚いた様子はない。


「どうやら彼らはシーファーと呼ばれる盗賊団に所属しているようです。なんでも北東のメディラ山を根城にしているとか。時折、街に現れては強奪や人攫いをくり返すならず者集団のようです」


 などと報告を続けるグラスだが、ミサの視線はふと一緒に食事をするプルートス伯爵へと向く。


 伯爵のフォークを握った手がピタリと止まったのだ。


――ん?


 と、そこで父が伯爵を見やった。


「伯爵、そなたはシーファーの存在は認識しておるのか?」


 そんな父の質問に伯爵は苦笑いを浮かべる。


「もちろん報告は入っております。ですが、彼らは人数も多く武装をしております。さらにはアジトを転々としているものでなかなか尻尾をつかめないのが現状にございます……」


 どうやら伯爵はこの盗賊団の討伐に四苦八苦しているようだ。


 そんな伯爵の頼らない言葉にザルバは厳しい表情を浮かべる。


「奴らがいる限り市民たちは安心して経済活動ができないであろう。伯爵よ。そなたの役目は市民たちが安心安全に暮らせるレビアの街の経営だ。そのことをゆめゆめ忘れるでないぞ」

「ごもっともなお言葉にございます……」


 ザルバの叱咤を受けて伯爵は額に浮かぶ冷や汗を拭った。


 どうやらそのシーファーとやらはかなりの実力のようだ。もちろん魔物狩りを中断するつもりはさらさらないが、極力彼らには近づかないようにしよう。

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