第17話 自分の力にドン引きする少女

 それから深夜までミサは寝室で息を殺して出発の時を待った。


――早く出発したい。早く出発したい。早く出発したい。


 そんなことを脳内で連呼していると、寝室のドアを誰かがノックした。


 ミサは慌ててベッドから飛び降りドアを開けると、そこにはグラスが立っている。


「ミサさま、出発の準備が整いました」

「待ってたわ。早く行きましょっ!!」


 ということで彼女はグラスに連れられて城を出ると用意されていた馬車に乗り込んでレビアの北東にそびえ立つ山メディラへと移動することとなった。


 馬車は静まりかえったレビアの中心部を通り過ぎ、一時間ほどかけてメディラの麓へと到着した。


 グラスに馬車のドアを開けて貰い、買ったばかりの万能ローブを羽織ったミサは、これまた買ったばかりの杖を片手に馬車をぴょんと飛び降りる。


 見上げるとそこには暗闇に覆われた大きな山。


 ここにゴブリンやスライムが生息していると思うとミサのやる気は俄然漲ってくる。


「じゃあ、さっそく行ってくるから」


 そう言って山に足を踏み入れようとするミサだったが。


「ミサさま、お待ちください」


 グラスに呼び止められた。


「なに?」

「食事の際にお話ししましたが、この山はシーファーの根城にございます」

「みたいね」


 そう言えばそんなことを食事の時にグラスがしていたのを思い出す。


「ミサさまの実力であれば万が一にも危険な目に遭うとは思いませんが、仮になにかトラブルが発生した場合は合図として山の木を一本上空に浮かせてください。すぐに助けに参ります」

「わかったわ。じゃあ行ってくるっ!!」

「行ってらっしゃいませ」


 ということでミサは地面を蹴ると一般人では視認できない速度で山の中へと駆けていった。


――狩りだっ!! 狩りだっ!! 狩りの時間だっ!!


 目をキラキラさせながら山中を駆け回っていたミサは、しばらくしたところで一匹のゴブリンを見つけた。


「お、おおおおっ!!」


 初めて見る生ゴブリンに興奮するミサは、胸の高鳴りを抑えながらも杖を構える。


 ゴブリンはどこでそんな物を手に入れたのか右手に大きな斧が握られており、ミサに気がついたようで慌ててミサへと振り返った。


 ゲーム内でゴブリンは装備によってレベル分けがされている。


 低レベルのゴブリンは素手もしくは棍棒、そこからナイフ、剣と盾、さらには戦斧と装備が変わるにつれて攻撃力防御力ともにステータスが上がっていく。


 このゴブリンが持っているのは巨大な戦斧である。ゲームと同じであればゴブリンの中では最上ランクの戦力を持っているのだろう。


 相手としては不足なしだ。ミサは杖を掴む手に力を入れる。


 すると直後ゴブリンはけたたましい雄叫びを上げた。そして、それに呼応するように四方から雄叫びが返ってきて、気がつくとミサを取り囲むように30体ほどの戦斧を持ったゴブリンたちが集まって来た。


 ――なんかめっちゃ集まって来たっ!!


 そんなゴブリンたちの手厚い歓迎に目を輝かせながらもミサは冷静に考える。


 とりあえずはジャブを打ってゴブリンにどれぐらいのダメージが入るのかを確認しよう。


 こう見えてミサは魔物討伐初体験である。客観的に自分の能力を知らない彼女にとって、自分の攻撃が相手にどれぐらいのダメージを与えられるのか調べておくことは大切だ。


 ミサは杖を頭上に掲げると、先端をぐるぐると回す。すると、どこから現れたのか闇の粒子が杖の周りに集まり始めて竜巻のような渦を作り始めた。


 ゴブリンたちは渦を見た瞬間に緊張したように後ずさりし始めたのだが、ミサは魔術に夢中で気がついていない。


 渦がある程度大きくなったところで杖を止めると今度は逆方向にぐるぐると回す。すると渦はその形を崩して今度は無数の矢の形へと変貌していく。


 そこでミサは杖を振り下ろした。


 ミサの杖の動きに呼応するように矢は四方八方に飛んでいきゴブリンたちに襲いかかる。


 これは闇魔法の鍛錬を始めたときにグラスから初めて教えて貰った魔術の応用である。


 初めて闇で矢を作り出したときの興奮は今でも忘れられない。


 もっともグラスは矢を作ったミサを見て「こんな矢じゃ猫一匹仕留められませんよ」と辛口評価をしたことも忘れられないが。


 が、まあこの初級闇魔法は相手のダメージを確認する上ではちょうど良い魔術だ。


 さすがにこの程度でははじき返してくるだろうか? などと考えながらミサは周りをみやったのだが……。


――あ、あれ……誰もいない……。


 そこにはゴブリンの姿はなかった。


 もしかして逃げられたのだろうか? 不安になったミサは慌ててさっきまでゴブリンたちが斧を構えていた場所まで駆けていきローブのフードを脱いで周囲を確認する。


 すると、そこには元々ゴブリンであったであろう肉片が散らばっていた。


「えぇ……嘘でしょ……」


 ミサは自分で思っている以上に自分の力が強大であることに気がついてしまった。


 それからもミサはゴブリンの駆逐を続けた。


 グラスから事前にゴブリンが山から下りてきて農作物を荒らしていることを聞いていたのだ。


 だから王女としてできるだけ個体数を減らして農作物への被害を減らし、住民たちの役に立とうというのがミサの考えである。


 メディラ山からゴブリンを駆逐してしまいそうな勢いで狩りを続けていた彼女だったが、山を駆けているとふと切り開かれた広場のような場所に出た。


――ん? 何ここ……。


 その広場は崖に面しており、崖にはドデカい洞穴のようなものが掘られている。


 それだけならばただの洞窟かと思うだけだが、洞穴の入り口には松明が二つ立てかけられており、入り口を守るように剣を持った男が二人立っている。


 そして、剣を持った男の一人がミサへと視線を向けた。


「ん? てめえ何者だ」


 なにやら友好的ではない口調でミサの元へと歩み寄ってくる男だが、彼女の赤い髪を見た瞬間に驚いたように目を見開いた。


「お、お前もしかして例の赤髪の女かっ!?」

「あ、赤髪? なんの話?」


 が、男はミサの質問には答えずに慌てて洞穴の方へと駆けていくとこう叫ぶ。


「敵襲だああああああっ!!」


 そんな男を見て、ミサはようやくここが盗賊団シーファーのアジトであることに気がついた。

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