第18話 アジト

 どうやらミサはシーファーのアジトに迷い込んでしまったようである。


 仲間を呼びに洞穴へと駆けていった盗賊は、中からぞろぞろと仲間を連れてミサの前へと戻ってきた。


 ピンチである。


 剣やボウガンのような物を手に持った盗賊たちは何やら警戒心マックスでそれぞれの武器を構えていた。


「お前ら油断するなっ!! 見た目はガキだがこいつは怪物だ。剣の腕前も凄まじいらしい」


 どうやら昼間のチンピラ撃退劇は、シーファーの仲間に目撃されていたようだ。


 できるだけ王女だとバレないように振る舞っていたが、どこで誰が見ているかはわからない。


 今更ながらそんなことに気がついたミサは今後、もう少し身の振り方に気をつけようと反省する。


 と、そこで盗賊団の一人が剣を構えながら口を開いた。


「お、おいガキっ!! ここに何の用だ? ここはお前みたいなガキが来る場所じゃねえっ!!」

「何の用って……ゴブリンを狩ってたらここに迷い込んだだけよ……」

「んな言い訳が通用するとでも思ってんのかっ!!」


 と言われても事実なのだから仕方がない。


「お前、もしかして同業者か? メディラ山の縄張りを荒らすつもりなら、ただじゃ済まさねえぞ」

「いや、私は本当に迷っただけで――」

「嘘を吐くなっ!!」


 ミサの言い訳は一蹴された。


 どうやらミサは別の盗賊団から派遣された刺客か何かと思われているようだ。


 それとこの山はシーファーの縄張りではなくギート王国の縄張りである。むしろ縄張りを荒らしているのはシーファーの方だ。


 さて、どうしようか……。ミサは考える。


 アジトに来てしまったのは偶然だった。ミサにとって盗賊団なんて全く興味がないし、ミサの目的は魔物狩りだ。


 ここで逃げるのも一つの手だ。


 が、市民たちが彼らシーファーの被害に遭って困っていることを知ってしまった以上彼らを野放しにするわけにもいかない。


 ミサがこれまで何不自由なく生きて、秘密裏にではあるがこうやって鍛錬を続けてこられたのは王女として生まれることができたからなのだ。


 ギート王国は住民たちの経済活動と兵役によってなりたっている。そういう意味ではミサは王国民に恩義があるし、彼らに恩返しをする必要もあるのだ。


 なんでもシーファーは人攫いや人身売買も行っていると聞いた。


 さすがに被害に遭った人のことは不憫に思うし、これからもそういう人間が出て欲しくないというのがミサの本音だ。


――やるか……。


 ミサは決心した。


 と、その決心の直後、盗賊団たちはミサに襲いかかろうと彼女の方へと駆け寄ってきたので、右手を伸ばして彼らの動きを止める。


 これは幼い頃にくり返した木の植え替えの応用だ。


 ミサが幼い頃にくり返した移動魔法。山に生えた木々に魔力を送り込んで別の場所へと移動させる魔法。


 物を移動させることができるということは、逆に制止させることもできる。


 そのことに気がついたミサは幼い頃、裏山に生える木々の葉を制止させて山を無音にして遊んだことを思い出す。


「お、おいっ!! なんだこれはっ!!」


 ミサによって制止させられた盗賊団たちは身動き一つ取ることのできない自分の体に困惑していた。


 が、そんな彼らの質問には答えずに空いた手でドンと買ったばかりの杖を地面に突き立てる。


 直後、先端の魔法石から水につけたドライアイスのようにもくもくと闇でできた霧が地面に向かってあふれ出す。


 ミサの足下に広がった闇の霧は四方へと広がっていき、気がつくと盗賊団の足下を覆い尽くした。


「な、なんだなんだ?」


 団員たちはさらに驚いたように自分の足にまとわりつく霧を眺めていた。


 が、驚いていたのは団員だけではない。


――おお、凄い……全然違うじゃんっ!!


 ミサも内心かなり動揺していた。


 なんというか新しい闇魔法専用魔法杖の能力は絶大だった。この杖を購入して彼女は初めて本気を出してみたのだが、想像の数倍どくどくと流れる霧の多さに困惑を隠しきれない。


――ホント良い物を買ったっ!!


 テンションが爆上がりになりながら霧を吹き出していると、霧は瞬く間に洞窟へとたどり着いて洞窟の中へと浸食していった。


「これだけやれば十分かしら」

「おいガキっ!! 何をするつもりだっ!?」

「見てればわかるわよ」


 逸る気持ちを抑えながらミサはそう答えると、杖をわずかに浮かせて再び地面に突き立てた。


 直後、四方へと広がった黒い霧は時間を巻き戻したように杖へと向かって収束していくのであった。


※ ※ ※


 そのころシーファーが根城にしている洞穴の奥深くでは、ワイングラスを片手にほろ酔い状態の中年の男が上機嫌でソファに深々と腰を下ろしていた。


 シーファーのボスである。


 今宵も洞穴の際奥にあるボスの部屋では宴が広げられていた。


 ボスが多くの時間を過ごすこの部屋は洞窟……と呼ぶにはあまりにも豪華絢爛である。


 壁こそ土がむき出しの状態になっているものの、床には遥か西方にある砂漠の国から取り寄せた豪華な絨毯、その上には玉座と見間違うほどに煌びやかに宝石で装飾された一人がけのソファが置かれており、ボスはドスンとそこに腰を下ろしている。


 床には無造作に置かれた盗品の壺や絵画の数々。これらの戦利品をつまみにワインを飲むのが彼のお気に入りだった。


 が、今宵はそれらの壺や絵画がただの背景に見えるほどに、上物の戦利品が絨毯に転がっていた。


「か、帰してください……。わ、私パパやママの元に帰りたい……」


 そう言って床にへたり込んでボスに訴える一人の少女の姿があった。


 彼女はレビアの街で花屋の看板娘をしている少女である。


 年の頃は16,7歳ぐらいだろうか。彼女の手足には拘束具が取り付けられており身体の自由は効かない。


 ボスに訴えるその目は絶望と恐怖で灰色に濁っており、花屋で客に見せるような天真爛漫さはすっかり消え失せていた。


 数日前に手下に攫わせた少女である。レビアの街でも有名な美少女である彼女は、売ればかなりの値段になるだろう。


 明日の朝には馬車の荷台に突っ込んで国境の町へと運ぶ予定である。彼女は事情を知る船乗りによって船に乗せられて他国へと運ばれる予定だ。


 そして、見知らぬ土地で一生を奴隷として過ごすことになるのだ。


 が、その前に一度この女の味見をしておきたい。そう思ったボスは彼女を自分の部屋へと運ばせたのだ。


「いいぞ。その全てに絶望した表情。私は全ての希望を捨て去った女を抱くのが大好きだ」


 そう言うとボスはグラスを置いて立ち上がった。


 そんなボスの動きに少女は何かを悟ったのか「きゃっ!!」と短い悲鳴を上げて地べたにへたり込んだまま後ずさりする。


 が、彼女は拘束具を付けられているのだ。当然ながら逃げることなどできるはずもなく、ボスはすぐに少女の目の前までやってくると、彼女の顎を掴んで自分の方へと向けた。


「お前、男の経験は?」


 そんなボスの言葉に少女は瞳に涙を浮かべながら震えるように首を横に振る。


「そうかそうか。それは残念だな。初めての相手が私になるとはな」

「ひぃ……」

「ほら、もっと怯えろ。そしてもっと絶望した目を私に向けろ」


 そう言って男はおもむろに少女の唇へと自分の唇を近づけようとしたのだが。


 誰かが鋼鉄の扉を開くものだから興を削がれる。


「なんだっ!?」


 鋼鉄の奥から現れた手下にボスは不機嫌そうに舌打ちをする。手下はそそくさとボスの下へと駆けてくると、彼に耳打ちをした。


 どうやら敵襲があったようだ。相手は昼間シーファーの団員を襲った赤髪の少女らしい。


「ガキ一匹で何を騒いでいるのだっ!!」

「ですが、少女はかなりの腕前なようで」

「うるさいっ!! 私はいそがしいのだ。貴様らはガキ一匹退治できないほどの軟弱集団なのか?」

「い、いえ……ですが――」

「さっさと失せろっ!! 私への報告は少女を始末してからで良い」


 当然ながら少女がなかなかの腕を持っているという報告は上がっている。が、ガキはあくまでガキである。


 シーファーの本拠地であるここには多数の手下が常駐しているのだ。少々凄腕だったとしても多勢に無勢である。


 だからボスは「さっさと失せろっ!!」と再度手下にそう言って睨みつけると、手下は「か、かしこまりました……」と部屋から出て行った。


 仮にその少女とやらが手下を駆逐したとしても、この部屋は鋼鉄のドアに守られているのだ。そう易々と破壊することは不可能だし、いざとなれば絨毯したの隠し階段から脱出することも可能だ。


 だからボスは安心しきって再び少女の顎を掴んだ。


 そして、今度こそ少女に自分の顔を近づけて口づけを交わそうとした……のだが。


 再び鋼鉄のドアが何者かによって開かれる音がした。


「今度はなんだっ!!」


 そう叫んで扉へと顔を向けたボスだったが。


「あ、あれ……」


 そこにあるはずの鋼鉄製のドアはそこにはなかった。


 いや、よくよく見やると鋼鉄のドアが洞穴の出口へと向かって吹き飛ばされていくのが見える。


「え? どゆこと?」


 そのあり得ない光景に目が点になっていたボスだったが、そこで「や、やだ……」と少女が口にするので彼女へと視線を向けると、少女は慌てたように地面を眺めていた。


 いつの間にか地面は黒い霧が充満しており、少女の体やボスの足下に絡みついている。


「な、なんだこれはっ!?」


 直後、ボスは足をすくわれるようにその場に転倒した。そして、気がついた。


 その黒い霧はボスと少女の体に絡みついたまま出口へと移動していることに。


――あ、なんかめちゃくちゃ引っ張られているぞ……。


 そう思うまもなく黒い霧の動きは速くなり、ボスと少女は出口へと向かって凄まじい速度で引きずられていくのだった。

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