第11話 決闘
唐突に兄ルークから決闘を申し込まれたミサは、彼に引っ張られたまま裏庭へと連れてこられる。
裏庭にはいつ用意したのか丁寧に木刀が二本置かれており、ルークはミサから手を放すと木刀を手に取って、そのうち一本をミサに寄越した。
「ミサ、俺と戦え」
「え、えぇ……」
そんな唐突過ぎるルークからの決闘の申し込みにミサは頭が痛くなる……。
――こいつ本気で言っているのか……。
これはあくまでミサの予想だが、兄は嫉妬心や劣等感からくるイライラを消化し切れていないのだ。
自分も頑張っているのに、妹だけが評価される。両親は自分の方を全然向いてくれない。
そんな感情がない交ぜになった結果、これならば必ず勝てると彼が思った決闘をミサに申し込んできたのだ。
せめてここだけは妹に勝って、兄としての威厳を保ちたい。さらに言えばパパやママに自分の凄いところを見せつけたいと思ったのだろう。
が、ルークはミサより3歳も年上の8歳で、ミサは5歳である。
まだ年齢一桁の人間にとって3歳という年の差は凄まじい。それにいくら魔術に男女差がないとはいえ、ルークは男でミサは女なのだ。
客観的に見れば、いくらなんでも不公平すぎる決闘だ。
いずれは王位を継ぐ人間がこんな卑怯なことをやっていて大丈夫なのか?
そんな兄の姿に不安が過るミサだったが、その反面、彼女には兄の気持ちが理解できないでもない。
5歳のミサが言うのも変な話ではあるがルークはまだ8歳の子どもだ。日本であればまだ小学校二年生の年齢。そんな彼に冷静な考えを求めるのは少々酷だ。
だから、ミサはルークの決闘に付き合ってあげることにした。
これで少しでもルークの気持ちが治まるのであれば……。
「剣を構えろ」
というルークのご期待にお応えして、木刀を構えた。
「ホントにやるぞ?」
「いいよ」
「ほ、本当にやっても良いのか?」
「お兄ちゃんがそれで満足するならいいよ」
どうやら、ルークはこの期に及んで、自分のやっていることの卑劣さに気がついたようだ。
その証拠にルークの足がわずかに震えているのが見える。
ルークにまだ常識が残っていて良かった。
ミサはわずかに安心しながらも、それと同時にここでルークのストレスを一度発散させておいた方が良いと思った。
幸いなことにミサは強い。正直なところルークの振るった木刀レベルで怪我をすることは万が一にもあり得ない。
自分がサンドバッグになることで兄の溜飲が下がるのであれば……。
そんな自己犠牲の精神で剣を構える。
「来ないの?」
「いや、だって……」
「へぇ……そんなこと言って私に勝てないのが怖いんだ?」
こうやって煽ることによってルークから罪悪感を払拭してあげると、ルークの瞳に炎が宿る。
――私ってなんて優しい妹なんだろう。
どうやらミサの挑発の効果は抜群だったようで、ルークの足の震えがピタリと止まった。
そして、
「うおおおおおおおおっ!!」
と、雄叫びとともにルークは木刀を振り上げたままミサの方へと駆けてきた。
そんなルークの動きを見て、ミサは彼のおおよその実力を理解する。
まずは無駄な動きが多い。肩に力が入りすぎている。それに剣を振り上げたまま走れば動きは鈍るし、胴ががら空きだ。
なんて冷静に分析しながらルークを眺めていると、彼は目の前までやってきてそのまま勢いよく木刀を振り下ろした。
そんなルークの剣をあくびをしながらミサはかわす。
口には出さないがこの動きであれば、目を瞑っていても避けられるというのがミサの素直な感想だ。
渾身の一発を見事にかわされたルークは剣を振った勢い余ってミサの、後ろでよろけている。
それでも、すぐに体勢を立て直すと下段から再びミサめがけて木刀を振り上げる。
当然ながら、そんなのろまな剣がミサに当たるわけもなく、ミサが右足をわずかに下げて身を引くと木刀は空を切った。
その結果、ルークのイライラはさらに増大したようで、悔しそうに歯を食いしばった。
――ま、マズい……。
そんなルークの表情を見てミサはふと我に返る。
そうだ。彼のストレス解消に付き合っていたのだった。思わずルークの剣を二回もかわしてしまったが、これではルークのイライラは解消されるどころか溜まる一方だ。
それにルークに自分が強いことがバレるのは色々と面倒である。
だから再びミサめがけて振り下ろされた木刀を、彼女は眉間で受け止めた。と言っても直撃の瞬間にわずかに頭を下げて衝撃を緩和したのだけれど、必死に剣を振っていたルークには見えていないだろう。
ミサは痛くもない額を両手で押さえるとその場にしゃがみ込む。
「う、うえええええええ~んっ!!」
と、嘘泣きをして敗北宣言をするミサ。
これでルークのイライラは少しは発散できたはずだ。ついでにか弱い女の子に木刀を振るうことがどれほど卑劣なことなのか学んでくれればミサとしては言うことなしである。
ということで「うえええええんっ!!」と泣いて、しばらくしたところでシクシク泣きに移行してリアルっぽく嘘泣きを続けていたのだが。
「嘘泣きなんだろ……」
兄にはミサの嘘泣きはお見通しのようだ。
「そ、そんなことないよ? お兄ちゃんの剣、すごく痛かったもん……」
「じゃあ俺に顔を見せてみろよ」
そう言われてしまってはどうしようもない。渋々顔を上げると乾燥した瞳をルークに見せる。
「やっぱり……」
「ご、ごめん……」
そんな涙のなの字もないほどに乾燥したミサの瞳をしばらく見つめると、ルークは悔しそうに下唇を噛んだ。
「お、お前……ずるいんだよ……」
「ず、ずるい?」
「お前は俺にないものを全部持っている。勉強だって礼儀だってそれに……喧嘩だって全部俺よりもできるじゃん……」
「そんなことないよ。お兄ちゃんだって勉強頑張ってるし、喧嘩だってお兄ちゃんが勝ったじゃん」
「どこが勝ってるんだよ……」
どうやらミサが思っているよりも、兄ルークは自分のことをよく見ているようである。
そんなルークだからこそ、なんでもそつなくこなしてしまうミサに劣等感を持つ気持ちはわからないでもない。
ましてや生まれたときから次期国王という重い重圧を背負わされているのだから、なおのこと周りが気になってしまうのだろう。
こんなやさぐれた兄を目の前にしてミサにできることは慰めてあげることだけだった。
妹ではあるが精神年齢は彼の数倍上である。ここは大人の包容力で兄を包み込んであげよう。
そんな気持ちで彼女は立ち上がると、今にも泣き出しそうな兄を抱きしめてあげようとした……のだが。
「王女に生まれたってだけで、俺とは背負うものも何もかも違ってパパやママからも甘やかされて……」
ルークはなにやらぶつぶつとそう呟いて顔を上げた。そして、瞳に涙を浮かべながらミサを睨みつけるとこう言い放った。
「この世界は狂ってるっ!!」
ルークがそう叫んだ瞬間、それまで聖母のような笑みを浮かべて包容力全開だったミサの顔から表情が消えた。
――は? こいつなに舐めたこと言ってんの?
ミサには許せなかった。前世で彼女はこの理不尽な言葉と理不尽な思い込みで殺されたのだ。
そのミサの全ての努力を無視して世界を恨むような兄の態度に、ミサの頭は一気に沸点に到達する。
――このクソガキの曲がりきった根性を一度へし折っておかないと。
気がつくとミサの拳がルークの頬めがけて振り抜かれていた。
とびっきりの魔力……ではなく感情を込めた拳はルークの体を吹き飛ばした。
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