第37話 バジルカ

 その日からミサの北進が始まった。幸いなことにガルバス大陸とギート王国は時差でちょうど昼夜が逆なのだ。


 だから、夜になるとガルバス大陸へと転移して、少しでも北を目指して転移魔法陣を設置する。


 そしてギート王国に帰ってくれば家庭教師たちと取引をして、学習時間を睡眠にあてる。


 また夜になればガルバス大陸へと向かい北へと向かう。


 そんなハードな二重生活を送っていたミサだったが、メンタルの方は絶好調である。


 ついこの間まで寝室に籠もって半引きこもり生活を送っていたはずの彼女は、活発的に部屋から出るようになり、部屋に運ばせていた食事も家族と共に取るようになった。


「ミサ、なにか良いことでもあったのか?」


 そんな水を得た魚のようなミサだったが、当然ながらザルバには彼女が急に元気になった理由はわからない。


 なんなら、悪い幽霊にでも取り憑かれたのかと除霊師の手配まで進めていたのだ。が、ザルバの心配は杞憂に終わったようだ。


「パパ、私、今、とっても幸せだよっ!!」


 と、嬉しそうに食事を頬張る愛娘の姿にザルバは「なんだかよくわからないが、パパはミサが幸せで嬉しいぞ……」とやや困惑しつつも喜んでいるようだ。


 そんな親子の会話をグラスは苦笑しながら眺めることしかできない。


 そんなこんなでミサの冒険者生活が再開して一週間ほどが経った。例のごとくミサは真夜中のギート王国から真っ昼間のガルバス大陸へとやってくると、魔物討伐に精を出す。


 ああ、そうそう、ミサは今回の旅の中で友達を作った。この人類ほぼ未踏の地で友人ができるとはまさかミサも思っていなかったが、できたのだから仕方がない。


「バジルカっ!! 今日はどんな魔物と出会えるかしら?」


 なんて新しい友達の背中に捕まりながら眼下のジャングルを見下ろす。


 ミサは上空を羽ばたく竜の背中の上にいた。


『私以上に強い魔物はいないと思うけれど……』


 友達はどうやら人間の言葉を操ることができるらしい。が、声を発しているわけではなくテレパシーのようなものでミサの脳に直接語りかけてくる。


 ミサがこの竜と遭遇したのは数日前のことである。ジャングルを抜けて渓谷へとやってきたミサは襲いかかってきた幾羽ものワイバーンをぱぱっと討伐し、足早に先を進んでいると竜はミサの前に現れた。


『おろかな人間よ。わざわざここまで死にに来たのか? 自らの力を過信すると手痛い裁きが――』


 などとテレパシーでミサに語りかけてきた。が、ミサにはこの竜の言葉の意図が理解できず、とりあえず黒魔法を使用して竜の翼を闇で縛り付けると『ちょ、ちょっと待ってくれ』と竜は泣きそうな目をミサに向けてきた。


 よくわからないが、そのまま竜を絞め殺そうとすると『話せばわかるっ!! 話せばわかるから、とりあえず落ち着いてくれっ!!』とミサに懇願してきた。


 さすがのミサも命乞いをする魔物を虐殺するほど酷い人間ではない。


 それに人間の言葉が理解できそうだったので、ミサはガルバス大陸についてこの巨大な竜に色々と尋ねることにした。


 まずこの竜はガルバス大陸最強を自負するバジルカという名前の竜らしい。


 そのパスタにかけたくなるような名前の竜は、1000年ほど前に人間に使役されていたせいで人間の言葉が理解できるのだという。


「どれぐらい強いの?」

『めちゃくちゃ強い』


 ということで、そんなことを聞けば討伐したくて仕方がないミサだったが、彼がミサの使い魔となってガルバス大陸の案内役を務めてくれるそうなので、友達になることで手を打った。


 それからミサは毎日バジルカと待ち合わせをして北を目指している。


「そ、それにしてもいつになったら北端に着くのかしら?」

『このガルバス大陸は巨大だ。私が本気を出してもあと数日はかかるだろう』


 ということらしい。が、ミサとしては北端に急いで向かう理由はない。もちろんギート王国としては一日でも早くレビオン王国の動向を調査したいだろうが、ミサにとってはそんなことどうでもいいのだ。


 だから、時折バジルカに指示を出して地上に降りると、魔物退治を行うのであった。


※ ※ ※


 想像していた以上にレビオン王国の兵士は役に立たない。


 ミサキ15は襲いかかる魔物たちを剣でなぎ倒しながらそんなことを思うのだった。


 もちろん、はなから期待なんてしていなかったが、まさか彼らは自分一人の命を守ることすらままならないなんて思ってもみなかった。


 予定では今頃は軍港付近を彼らレビオン軍に任せて、自分はジャングルの奥深くへと突き進んでいくつもりだったのだ。


 それなのに彼らのカバーをさせられるせいで完全に予定が狂った。


「邪魔な存在でしかない……」


 魔物が現れる度に悲鳴を上げたりパニックを起こす兵士を見てミサキは頭を抱えずにはいられない。


 このままではいつまで経っても奴には会えない。


 そして、それこそがミサキが重い腰を上げてこのガルバス大陸へとやってきた理由である。


 今回の作戦に参加すれば合法的にガルバス大陸に上陸することができる。そして、ガルバス大陸に上陸することができればバジルカと接触することもできる。


 ミサキには会いたい竜がいた。


 それがガルバス大陸を根城にしているという伝説の竜バジルカである。この竜はかつて伝説の勇者によって使役されたという。


 この竜を使役して、ミサキは名実共にこの世界の伝説になりたい。


 それがこのガルバス大陸を訪れた彼の野望である。


「待っておれ……バジルカ、必ずやそなたを私の使い魔にして、この世界の伝説となってみせる」


――――

すみません……作者風邪を引いてしまいました……。

大丈夫だとは思いますが、もしかしたら明日の更新お休みになるかもです……。

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