第36話 転移
それから一週間後、ミサとグラスの姿はガルバス大陸にいた。
「わーいっ!! わーいっ!! 私、魔物大好きっ!!」
魔法陣の拠点になっている例の難破船から小舟で大陸へと乗り込んだ二人だったが、再び魔物を狩ることができることを知ったミサはテンションがおかしなことになっている。
「ミサさま、ミサさまにはギート王国の今後の隆盛のためにやらなくてはならない任務がございます。決して遊びではないことをご理解ください」
と、一応忠告はするもののミサは聞いているのか聞いていないのか、魔法杖片手にぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを露わにしている。
が、大切な任務なのだ。聞いてもらわなくては困る。
「ミサさま、聞いていますか?」
「聞いてるわよ」
「ではこの地図をご覧ください」
そう言ってグラスはぴょんぴょん跳ねるミサの首根っこを掴むと、強引に地図へと顔を向けさせる。
「この地図は?」
「ガルバス大陸の地図です。と言ってもあくまで船で観測して作った予想図ですが」
グラスは地図の西方を指さす。
「ミサさまが以前乗船された船は西からやってきてこの海岸に漂着したと思われます。おそらくこの辺りでしょうか」
「でしょうね。さすがに漂流したとは大陸の東側まで流されたとは考えづらいわ」
「ですので、ここが西方のどこかの海岸だと仮定して、ミサさまにはここから北上をお願いしたいです」
「で、そこに転移魔法陣を設置すればいいのね?」
「作用でございます」
グラスがミサにお願いしたのは転移魔法陣の設置だった。ミサにはこのまま北上をしてもらい、レビオン軍が占拠しているすぐ近くに魔法陣を設置してもらう。
こうすることによって後からやってくるギートたち調査団が安全に大陸内を移動してレビオン王国を偵察することができるのだ。
作戦の概要を理解したミサは握りこぶしをグラスに見せる。
「それぐらいのことならお安いご用ね」
「ミサさま、これはあくまで軍事作戦の一環にございます。ミサさまは王女ですゆえ極力レビオン兵に見られぬよう隠密行動をお願いいたします。また、危険な目に遭いそうな場合はお持ちの転移魔法陣ですぐに城までお戻りください」
ミサは常に城へと繋がる転移魔法陣を携帯してもらっている。これがあれば万が一ミサが窮地に陥ってしまったとしても、すぐに安全な城へと避難することができるはずだ。
まあグラスの考えでは万が一にもミサが窮地に陥ることなど考えられそうになかったが。
「ではよろしく頼みますね」
「わかったわっ!! じゃあ行ってくるっ!!」
とジャングルへと駆け出そうとするミサをグラスは慌てて呼び止める。
「しょ、少々お待ちくださいっ!!」
「まだ何かあるの?」
「出発する前に私を城までお送りいただかなければ困ります」
「え? あ、そうだったわ……」
グラスは転移魔法を起動させられるほどの魔力を持ち合わせていない。ここにだってミサの魔力を使って転移してきたのだ。
ミサはようやくそのことを思い出したようで、苦笑いを浮かべるとポケットから転移魔法陣を取り出してグラスを城へと連れて帰った。
※ ※ ※
そのころガルバス大陸の北東のゲートオブヘルと呼ばれる海岸では、レビオン陸軍の工兵たちが桟橋の設置に躍起になっていた。
あらかじめ軍艦に積んでおいた石を小舟で海岸へと運んでいき、それを地道に積み上げていく。
かなり地道な作業ではあるが、資材を現地調達することは困難を極めるためこうするほかないのだ。
今のところ工事は順調である……のだが。
「ぎゃああああああっ!! まただっ!! またオークの群れが現れたぞっ!!」
「こっちはワイバーンの群れだああああっ!! 来るなっ!! こっちに来るんじゃねえええっ!!」
問題は魔物退治の方である。まず工事を順調に進めるためには、彼ら工兵の邪魔をしそうな魔物を狩っていかなくてはならない。
「この様子じゃ、軍港を作ったところで危険で上陸なんてできやしねえ……」
それがリヒト大佐の本音である。が、軍港の設置は上からの至上命題であることは理解しているし『危険で設置はできませんでした』なんて言い訳が通用するとも思っていない。
陸軍兵士が何人死のうと軍港は必ず作り上げなければならない。
が、このガルバス大陸の魔物の獰猛さはリヒトの想像の遥か上をいっていた。
まず驚いたのはその数の多さである。
レビオン軍の兵士たちは総勢1000人以上はいるし、それぞれある程度腕の立つ兵士たちで、装備もしっかりしている。
そんな彼らが全力でやってくる魔物たちの撃退を続けているにもかかわらず、彼らの前に現れる魔物たちは一向に減る様子がないのだ。
まるでどこかの泉から無限に湧き出るように、オークにゴブリン、さらには見たことのない飛竜や、果てには食甚植物にいたるまでレビオン軍に襲いかかってくる。
しかもその一つ一つが、レビオン王国に出没する魔物よりもサイズが大きく獰猛なのだ。
はっきり言っていつ港を攻め落とされて、軍が全滅しても不思議ではない。
それでもなんとか持ちこたえられているのは、あまり認めたくはないがミサキ15という名の老人のおかげである。
「お前たちはそっちのゴブリンの相手をしろっ!! 私はこっちのオークの集団をやる。おい、そこの若造たち、ぼーっとしてないでゴブリン退治を手伝ってやれ」
などと若い兵士たちに指示を出しながら出てくる魔物魔物をいとも簡単に討伐していく。
少なくともリヒトはここまで強い人間を見るのは初めてである。軍人という立場上、力自慢をする人間を幾人も見てきたがミサキの魔力、力、身のこなしは別格だ。
涼しい顔で魔物を討伐をしてはなにやら嘆くような表情をリヒトに向ける。
「にしてももう少し骨のある軍隊だと思っていたのだが、拍子抜けだな。あんなんで本当に国が守れるのか?」
「返す言葉もございません。ですがミサキさまが強すぎるのでは?」
「私はもう60を過ぎておる。こんな老人に負けて悔しくないのか? かつての私の仲間たちも使えない者ばかりだったが、それでももう少し骨があったぞ」
「…………」
いったいあと何日この老人の嫌みを聞かされながら仕事をさせられるのだろうか?
「せめて私が本気を出しても良いと思える程度の相手が出てきてくれんと、遊びにもならんぞ」
「そ、そうっすか……」
そう言ってポンポンと自分の肩を叩く老人を横目にリヒトはため息を吐くのであった。
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