第35話 背に腹は代えられない
グラスは困っている。
ガルバス大陸について調べれば調べるほど、たった数名で大陸に上陸して他国の動向を調査することなど不可能な芸当だということがわかってきた。
少なくとも自分含めて騎士団のメンバー数名で大陸に乗り込むことは自殺行為に等しかった。
もちろんグラスは近衛騎士団に加入した時点で、自らの命を国に捧げる覚悟はできている。
が、あまりにも無謀な今回の作戦は、有能な団員を犬死にさせることになるのではないか?
そう思わざるを得ない。
なんとか国王に思い直して貰おう。そう判断したグラスはザルバのもとを訪れて直談判をすることにした……のだが。
「ならぬ。作戦は必ず遂行されなければならない」
ザルバはグラスの作戦中止の提案をあっさり却下した。
「ですが陛下」
が、グラスとしても団員を無駄死にさせるわけにはいかない。自分なりに調査した資料を提出して、いかに今回の作戦が無謀なのかを国王に訴えた。
そもそもガルバス大陸に上陸することだけでも命がけなのである。
大陸近郊には海竜が多く出没するため、それ相応の軍艦を用意しておく必要がある。が、作戦の都合上、堂々と軍艦でガルバス大陸に接岸するにはリスクがある。
ミサからもガルバス大陸近くの海で海竜に遭遇したと聞いているし、商船や小型の船で大陸に渡るのは自殺行為だ。
仮に上陸できたとしても、そこから数名で大陸で生き延びた上に、他国の視察などできるはずがない。
そのことを説明すると国王ザルバは眉を顰めて「ん……」と唸る。
「確かに無謀ではある。が、ここはギート王国にとって重要な局面であることは、お前も理解しているな?」
「当然にございます」
なにせレビオン王国がガルバス大陸に軍港を作るかどうかで世界のパワーバランスは大きく変わる可能性があるのだ。決して大国とは言えないギート王国にとって世界情勢を見極めることは重要である。
何もわからずにギート王国側について世界会議から抜けるのはあまりにも無謀だ。
が、現状ではガルバス大陸に上陸することの方が無謀である。
どうやら国王も資料を目にしてそのことを理解してはくれているようで、頭を悩ませる。
「なんとかガルバス大陸に上陸する方法はないものか?」
「冒険者……でしょうか?」
「冒険者?」
「我々近衛騎士団は確かに魔術武術には長けています。ですが、我々はあくまで対人戦闘集団にございます。もしも魔物を相手にするのであれば、それに特化した者を招聘するのがよろしいかと」
確かに軍人も冒険者も魔術や武術を使うことに変わりはない上に、その技術はある程度共通して応用も利く。
例えガルバス大陸だとしても師団単位で上陸すれば、それなりに作戦を遂行できるであろうという自負はグラスにもある。
集団で戦うという意味では冒険者は軍人に決して適わない。
が、少人数となると軍人よりも冒険者の方が有利である。彼らの方が魔物退治になれているし、自然の中で生きて行く術も持っているのだ。
「冒険者か……」
どうやらザルバの頭の中に冒険者という選択肢はなかったようである。
まあ冒険者が王国と大きく関わることはないため、ザルバの頭からその可能性が抜け落ちるのも当然である。
「冒険者であれば、調査ができるのか?」
「できると断言はいたしかねます。ですが、我々騎士団が数名で上陸するよりも可能性は高いかと」
「うむ……」
ザルバは顎髭に触れながら考える。
「だが、作戦を確実に遂行するためには、それ相応の能力を持つ冒険者が必要になる。失敗をして足が付いてしまっては目も当てられんぞ? それだけの能力を持つ冒険者に当てはあるのか?」
「あるにはあります……」
グラスにはそれだけの能力を持つ冒険者に当てがあった。
「おおっ!! であればその者を徴用してガルバス大陸に向かわせろっ!!」
「ですがその……なんと言いますか、その者は高貴な女性でして、ギート王国がそのような女性を冒険者として徴用していることがバレるのにはそれ相応のリスクがございます」
そんなグラスの言葉にザルバは厳しい表情を浮かべる。
「なに? ギート王国に魔術を使用している貴族の女がいるということか?」
「まあ有り体に言えばそういうことでございます。ですが、腕は確かでございます。その者であれば必ず作戦を安全に遂行するでしょう」
「うむ……それは由々しき事態だな。少なくともそのようなはしたない女をミサに近づけさせたくはないものだ」
「ごもっともにございます……。ですが、それ以外に方法はないかと」
「その者であれば、確実に作戦が遂行できるのだな?」
「おそらくもっとも確実かと」
そんなグラスの言葉に、ザルバはしばらく頭を悩ませていたが、何か決断をしたように頷いた。
「うむ、仕方あるまい。その者を徴用してガルバス大陸へと向かえ。が、その者がミサに近づかんように最新の注意を払え。ミサが魔物討伐のような野蛮な行動に興味を持つとは思えんが、変に感化されてはならんからな」
「承知いたしました。そのようにいたします」
「ならばさっそくガルバス大陸へと向かうのだ」
グラスは頭を下げると執務室を後にしようとした。
「あ、そういえばグラス」
が、そこでザルバはグラスを呼び止める。
「いかがいたしましたか?」
「そなた最近、ミサの部屋を時折出入りしているそうだな?」
そんなザルバの言葉にグラスは心臓が止まりそうになる。どうやら、誰かにミサの部屋を出入りしていることを目撃されているようだ。
「よくご存じで……」
「どうやらミサもそなたによく懐いているようだ。ルリからもそなたがミサの遊び相手をやってくれていると聞いておる」
「あ、あぁ……なるほど……。ミサさまは他国の文化にご興味があるようで、合同訓練で海外に赴いた際の話などをお話しさせて頂いております」
「そうかそうか……ミサはここのところ塞ぎっぱなしだからな。そなたの話で少しは元気をとりもどしてくれればいいのだが……」
「そのことであればどうかご安心を」
「ご安心?」
「おそらくミサさまは、すぐに元気を取り戻されるでしょう」
そう言って再び一礼をすると、今度こそグラスは執務室を後にした。
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