第34話 ミサちゃん人形
国王ザルバから視察の命令を受けたグラスは、それから騎士団員の中から優秀な者を複数人選抜して即席の偽装冒険者パーティを編成した。
もちろんその理由はガルバス大陸に上陸して、レビオン王国の動向を視察するためだ。
普通であればレビオン王国が怪しい動きを見せた時点で世界会議に報告を行い、連合軍が取り締まりを行うのだが、ザルバがグラスに求めたのは視察だった。
これはおそらくザルバ自身、レビオン王国や魔大陸の動向を見てからギート王国がどちらに付くべきか検討をするためだ。
世界会議は一枚岩ではない。現状、世界会議でのギート王国の発言権が大きいわけではないが、大多数の国が世界会議に参加しており、彼らと国交を絶つことは経済的にも軍事的にも不利なことが多い。
が、もしも魔大陸とレビオン王国が手を組み、さらには他国が追従するとなると一気にパワーバランスがひっくり返る。
どちらに付く方がギート王国にとって都合が良いのか。国王ザルバはそれを見極めるために視察団を送るのだ。
そういう意味ではザルバの思惑はグラスにも理解はできる。
理解はできるがザルバが言うほど、ガルバス大陸で視察をすることは容易ではない。
集団で押しかければ、当然ながら他国にガルバス大陸上陸がバレてしまうし、かといって人数が少なければ獰猛な魔物が現れたときに窮地に陥る。
もちろん優秀な軍人を選抜するつもりではあるが、敵の強さは未知数だ。これで近衛騎士団の優秀な人材が減ってしまってはギート軍は大きな損失を被ることになるのだ。
行くからには必ず生きて帰り、正しい情報をザルバに伝えなければならない。
ガルバス大陸の魔物はどれほどのレベルなのだろうか……。
それがわからないことにはどれほどの人数が必要で、どのような装備が必要なのかは全くわからない。
ということで……。
「ミサさま、グラスでございます。お開け頂いてもよろしいですか?」
グラスはミサの寝室を訪れることにした。
身近な存在でガルバス大陸の魔物を知っているのはミサを置いて他にいないのだ。だから、グラスは魔物のことをミサに尋ねにやってきたのだが。
「………………」
ドアをノックしても部屋から反応はなかった。
使用人のルリからミサが寝室にいるのは聞いているが、眠っているのだろうか?
ならば彼女が起きたときにまた訪れるしかない。いつものグラスならそう考えて出直すだろう。
が、どうせ次に訪れたときも眠っているか居留守を使われるのが関の山である。
ということで。
グラスは懐から一本の鍵を取り出してニヤリと笑う。
実はルリから部屋の鍵を預かっていたのだ。ミサには悪いがここは強行突破でたたき起こさせて頂くほかない。
ということでグラスは「開けますね」と一言、鍵穴に鍵を差してドアを開ける。
グラスの視界にミサの見慣れた寝室が広がる。そして、奥のベッドで掛け布団がぽっこりと山のように盛り上がっているのが見えた。
やはりミサはいるようだ。グラスはベッドへと歩み寄ると「ミサさま、お話があります」と尋ねてみる。
が、山が少しもぞもぞと動くだけで返事はない。
起きてはいるようだ。
どうやらすっかり嫌われてしまったようだ。そう思いながらもグラスは続ける。
「ミサさまに言いお話があります。布団から出て頂けますか?」
そう尋ねるともぞもぞと動いていた布団がピタリと止まった。そして、顔だけを布団から出すとグラスをジト目で見つめる。
「いい話ってなに?」
「ミサさまにお土産がございます」
「お土産?」
首を傾げるミサに、グラスはベッド脇の椅子に腰を下ろすと、持ってきた皮のアタッシェケースを置く。
「きっとミサさまなら喜んで頂けると思います」
さすがに手ぶらで会ったところでまともに取り合ってくれるとは思っていない。だから、グラスはお土産を持ってきたのだ。
ケースを開けると、中には木工細工が無数に入っている。
ミサはその木工細工を訝しげに眺めた。
「な、なによそれ……」
「ミサさまは魔物退治を禁じられてさぞ辛い日々をお過ごしかと思います。そこで、ギート王国一の木工細工の職人を呼び寄せて作らせました」
そう言ってグラスはベッド脇のテーブルに作らせたオークやゴブリン、さらには竜の木工細工を並べていく。
「これを眺められれば、魔物討伐をしているようなご気分になられるかと……」
並べられた木工細工はどれも細やかに塗装がされており、サイズを除けば本物と遜色ないものばかりである。
「ちなみにミサさまの人形もございます」
そう言ってグラスはミサを模した人形もテーブルに乗せる。ミサの手には剣が握られており、これは魔法杖や木刀に付け替えることもできるようになっていた。
グラスはミサちゃん人形とオークの人形を掴むと、ミサちゃん人形の剣でオーク人形を切りつける。
「どうですか? 本当に魔物討伐をしているみたいですよね?」
そんなグラスをミサはしばらくじっと眺めていたが、不意に「けっ、こんな子供騙しに……」と吐き捨てると再び布団に潜り込んでしまった。
どうやらミサのお気に召さなかったようだ……。
「結構、高かったのですが……」
多少は喜んで貰えると思っていただけに、グラスとしてはちょっぴり残念だが、仕方がない。
ここは単刀直入に頼むしかない。
「ミサさま、ガルバス大陸の魔物についていくつかお尋ねしたいのですが」
「…………」
「ミサさま、お願いいたします。魔物について色々とお聞かせください」
そう頼むと、しばらく布団の山がもぞもぞと動いて不機嫌そうなミサの顔が布団から出てきた。
「そんなこと聞いてどうするのよ……」
「研究目的です。どの大陸にどれぐらいの強さの魔物がいるのか知っておくことは魔物研究においてとても重要なのです」
当然ながら本当のことを言えば自分も行くと言い出すので、適当な嘘をあらかじめ考えておいた。
「強いわよ」
そんなグラスの言葉にそう一言、ミサはまた布団に引っ込む。
「ミサさま、もう少し丁寧にご説明お願いします。もしもお答え頂ければ伝説の魔物ダブルヘッドペガサスの人形もお譲りいたします」
そんな言葉にミサは再び布団から顔を出すと「で、何が聞きたいの?」と不機嫌そうに尋ねてきた。
どうやら人形の効果はそれなりにあったようだ。
「ミサさまの戦った魔物たちがどれぐらいの強さなのか、もう少し具体的にお聞きしたいです」
「具体的にって言われても困るんだけど……」
「仮にの話です。仮にギート王国の騎士団の人間が魔物たちと戦って勝ち目はあるでしょうか?」
ミサは時折、騎士団の訓練をのぞきに来ることを知っていた。
「多分勝てないわよ。もちろん一対一であれば勝ち目はあるけれど、一対一でなんとか倒せる相手が数十匹単位で襲いかかってくるから」
「な、なるほど……」
つまりミサはそれらの相手を軽々と倒して帰還したということである。
本当に恐ろしい存在だ……。今更ながらミサの強さに戦々恐々とするグラス。
「これも仮にの話ですが、近衛騎士団の中から優秀な者を5名ほどガルバス大陸に連れて行ったとすれば、生きて帰ってこられるでしょうか?」
「5分」
「はい?」
「魔物に出会って5分持てば上出来だと思う。仮にその中にグラスがいれば1時間ぐらいはなんとかなると思うけれど」
「な、なるほど……」
ミサの性格から考えるに誇張をしているとはグラスには思えなかった。
これは視察一つでもとんでもないリスクを追うことになりそうだ。
「ありがとうございます。大切なガルバス大陸の資料として記録に残しておきます……では」
そうお礼を言うとグラスは立ち上がって扉へと歩いて行く。
さて、どうしたものか……頭を悩ませながらもドアまでたどり着くと「では」と一礼をしてグラスは部屋を後にした。
ちなみにドアを閉める直前にグラスは、布団からミサが手を伸ばしてミサちゃん人形とダブルヘッドペガサス人形を掴むのを見た。
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