第38話 老人が釣れた

『ミサ、そろそろ北端に近づいてきた。これ以上飛行を続けていると敵に見られる可能性がある』


 新しい友達バジルカとともにガルバス大陸を旅していたミサだったが、ようやく目的地に近づいてきたようだ。


 ミサとしてはもうしばらく旅を続けて魔物狩りを続けたいところだが、レビオン軍を発見することがガルバス大陸に上陸する条件だから仕方がない。


 あとはグラスたち近衛騎士団に彼らの視察を任せるほかなさそうだ。


 と言っても彼らには転移魔法を使用することができないので、ミサはこれからも引き続き彼らに道案内&護衛をする予定ではあるのだけれど。


 ということでミサは、敵にバレぬよう低空飛行を続けていたバジルカの背中から飛び降りると、近くの木の枝に着地する。


 上空を見上げるとバジルカがその場でパタパタと羽を羽ばたかせながら、こちらを眺めていた。


『私は近くの水源でしばし羽を休める。何かあれば、ミサに預けた笛を吹け。すぐに助けに行く。もっとも私ではミサの足手まといにしかならんかもしれんがな』

「そんなことないよっ!! けど、長旅で疲れているだろうからゆっくり休んでね」


 そう告げるとバジルカは返事代わりに口からわずかに炎を吹いて、どこか遠くへと飛んでいった。


 そんなバジルカを見送ると首から提げた笛を眺める。この笛は人間には聞き取れないほどに高く、それでいてバジルカが聞き取れる絶妙な高さの音が鳴るらしい。


 なんでもバジルカを以前に使役していた勇者が使用していたとか。


 ということで笛を襟元から服の内側へと入れると、枝からぴょんと飛び降りる。


 ここからはできる限り、レビオン軍に近づいてそこに石板を置くだけの簡単なお仕事である。


 ミサはルリに作って貰った横かけ鞄から顔を覗かせる石板を眺めると、北へと向かって歩き出した。


※ ※ ※


 もう辛抱ならない。これ以上、この足手まといども手助けをしていたらいつまで経ってもバジルカを探すことなんてできない。


 いつまで経っても自力で魔物討伐する術を手に入れようとしない弱腰のレビオン兵にミサキ15は辟易していた。


 ミサキがガルバス大陸にやってきた理由はバジルカを使役するためである。


 正直なところ彼にとってレビオン王国の領土が広がろうと狭まろうとどうだっていいのだ。


 なんならレビオン王国が滅びたとしても今となってはどうだっていい。


 なにせ彼は魔王を打ち倒した英雄である。その功績はレビオン王国のみならず他国にも広く知れ渡っており、仮に彼が亡命を求めれば、どこの国だとしても快く受け入れられるだろうという自負があった。


 なんならレビオン王国が秘密裏にガルバス大陸に港を作ろうとしているという土産話を持っていけば、彼は各国で正解秩序を守る英雄として受け入れられるかもしれない。


 だからミサキはこの弱小レビオン兵から抜けさせてもらうことにした。


 ある程度、ゲートオブヘル周辺の魔物を刈り尽くしたミサキは『脅威は取り除いた。私は他の脅威を探すために少し遠方を見てくる』とそれっぽい言い訳を残して、彼らの元か立ち去ることにした。


 もう二度と彼らの元に戻るつもりはない。この後、彼らが魔物に襲われようと、全滅しようとミサキの知ったことではない。


 そんな気持ちで彼は大陸を南下していく。


 伝承ではバジルカはガルバス大陸南西にある渓谷を根城にしているのだという。


 ここから歩いて進めば一ヶ月ほどで到着するだろうか?


 なんて考えていたミサキだったが、彼は部隊から離れて数時間ほど歩いたところで、とんでもない光景を目にした。


「あ、あれはまさか……」


 ミサキはジャングルの木々の隙間から、上空に巨大な竜の姿を見た。


 間違いない……あれがバジルカだ。


 彼はバジルカを幼い頃に読んだ絵本でしか見たことがない。そのイラストと木々の隙間からわずかに垣間見た竜の姿は少し違っていた。


 その上空を自由気ままに飛行する竜の勇ましい姿に、ミサキはあれがバジルカで間違いないと確信する。


「まさか向こうから赴いてくれるとは……」


 そのあまりの幸運に運命じみた何かを感じたミサキは、自分の老いも忘れて少年のように駆け出す。


「待っていろバジルカっ!! 私にはお前の力が必要なのだ。お前は私の人生を伝説で締めくくるための最後のピースなのだっ!!」


※ ※ ※


「♪ふっふふ~んっ」


 それからミサは一時間ほど鼻歌交じりにジャングルの中を北上していた。時折ポケットから方位磁石を取り出して、方向を確かめながらひたすら歩いて行くのだが。


 なんだか退屈……。


 ミサはこの一時間、魔物という魔物を一切見ていない。


 ジャングルの中を一時間も歩いて魔物を見ないのは初めての経験である。


 これまでだったら五分もあればオークの集団の一つや二つは目撃したものだが、今は獣の気配すら感じられない。


 不思議なこともあるものだ。ミサとしてはちょっぴり寂しい気持ちもあるが、ここは魔物が現れるのを気長に待つだけだ。


 なんて考えながら歩いてたミサだったが、そう遠くない場所に気配を感じた。


 魔物なのだろうか? なんなのだろうか? 森の中を疾風のごとく凄まじい速度で進んでいく気配。


 風の動きなのか、それとも体から漏れ出す魔力なのだろうか、ミサはこのジャングルを旅するようになってから、自身の感覚が以前より敏感になっていることを自覚していた。


 なんだかよくわからないが、強い相手だということは理解できる。


 そのことを理解してしまった以上、ミサはこの気配を無視することができなかった。


 だから魔法杖を地面に突き立てると、魔法石から大量の闇の霧を放出して、その気配の根源を辿ることにする。


 凄まじい速度で周囲に広がっていく闇の霧。それらの霧が見渡す限り辺り一面に広がったの確認するとミサは一度杖を浮かせて再び地面に突き立てた。


 すると、闇は魔法石へと向かって収束していく。


「ぎゃああああああああっ!! なんじゃこりゃあああああっ!!」


 直後、ジャングルにそんな声が響き渡った。


 ん? 人間?


 その予想外の叫び声に動揺していると、闇と一緒に一人の老人がミサの元へと引き寄せられてきた。


「え?」


 なんでこんなところに老人が?


 ミサは想わずそんな間抜けな声を漏らす。


 そして、引きずられてきた老人もまたミサを見て驚いたように「え?」と間抜けな声を漏らした。


「え?」

「え?」

「え?」

「え?」


 こうしてミサはジャングルの中で奇妙な老人と出会うこととなった。

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