私がなりたいのは冒険者であって王女じゃない~箱入り娘は退屈なので夜は転移魔法で城を抜け出して魔物を滅ぼします〜

あきらあかつき@10/1『悪役貴族の最強

ギート国内編

第1話 窮屈な人生から窮屈な人生へ

 なんだか慌ただしいままに終わった人生だった。


 それがミサキが死の直後に感じたことである。


 名家と呼ばれる家庭に生まれた彼女は、幼いころから両親、さらには使用人から厳しい躾のもと育てられた。


 元財閥企業の令嬢……なんて自己紹介をすればきっと多くの人は彼女のことを羨ましがるだろうが、彼女にとって家の看板なんて重荷以外のなにものでもなかった。


 昼間は名門の私立の学校に通い、夕方まで同じく名家出身の同級生たちとご機嫌の取り合い。


 それが終わって学校から解放されたと思えば、今度は夕食を挟んで就寝直前まで家庭教師とともにマンツーマンで勉強漬け。


 プライベートなんてあったものではない。


 彼女にとって心の癒やしは学校のない休日だけ……と言いたいところだが、休日にも家庭教師はやってくるし、たまに外に出れると思えばよくわからないパーティに参加させられて粗相のない振る舞いを要求される。


 地獄……。


 それが自身の境遇に対する彼女の評価だった。


 確かに彼女が将来路頭に迷うことはないだろう。ミサキの人生は両親や親族によって就職先から結婚相手、さらには子どもの人数にいたるまで徹底的に決められているのだから。


 敷かれたレールから脱線することも許されない全く自由のない人生。


 そんな彼女だがささやかな抵抗もあった。


 それは深夜に布団に隠れながらゲーム機をプレイすること。


 厳しい家庭に生まれ育った彼女だが、唯一ポータブルゲーム機を一台、両親から買い与えられていた。


 と言っても『買って欲しい』と頼んですぐに買ってもらえたわけではない。


 中学の期末試験で学年トップを取ること。このことを条件にゲーム機を買ってもらえることとなったミサキは人生で一番勉強を頑張った。


 その結果、彼女は期末試験で学年トップになった。


 ということで、約束通り両親からゲーム機を買い与えられたミサキだったのだが……。


――う、嘘でしょ……。


 買い与えられたのは本体のみだった。どうやら両親はこの手のゲームにはソフトが必要だと言うことを知らなかったようだ。


 当然ながら『ソフトも買ってよっ!!』と抗議したミサキだったが『お前をそんな欲張りな女に育てたつもりはない』の一言で却下された。


 天国から地獄へと一気に突き落とされた彼女だがせっかく手に入れたゲーム機である。ここで諦めるわけにはいかない。


 結局彼女は中学のクラスメイトに頭を下げてもうプレイしなくなったソフトを一本譲ってもらうことにした。


 と言っても女友達にはゲームを持っていない子も多かったので、貰えたのはアクションRPGだったのだけれど。


 かくして彼女はゲームをプレイできる環境を手に入れた。


 が、問題はまだ残っている。


 それは親に課せられたゲームのプレイ時間。


 1日15分。


 たったそれだけのプレイ時間でいったい何ができるのか。だから彼女はみんなが寝静まった夜遅くにひっそりと布団の中でゲームをプレイした。


 この時間こそが彼女にとってもっとも楽しい時間だった。


 それと引き換えに慢性的な寝不足に苛まれたのだけれど、それ以上にゲームをしているときの彼女は充実感に満ちあふれていた。


 剣や魔法を使って世界中を自由に旅する。


 彼女の現実とは対照的なそのゲーム内容に夢中になった。


 このゲームをしているときの時間は彼女の人生の唯一のハイライトである。


 そして大学へと進学した彼女はあっさりと死んだ。


 大学に進学すればある程度自由な時間を過ごすことができる。そんな希望を抱いて大学に通うことになった彼女だが、入学一週間で彼女は殺された。


 大学の授業が終わり、学校の前に横付けされた送迎用の車に乗り込もうとした彼女は知らない男に刺された。


「え?」


 痛みはなかった。背中が急に熱くなったことに気づいた彼女が振り向くとそこにはナイフを持った自分と同い年ぐらいの男が立っていた。


 男はミサキをなぜか睨みつけると、憎しみの籠もった声で彼女にこう言い放つ。


「生まれが良いだけで努力もせずに勝ち組なんて、この世界は狂ってるっ!!」


――はあ? ふざけんなっ!! 私がどれだけ窮屈で不自由な生活を送ってきたかも知らないくせにっ!!


 だから言い返してやりたかった。想像だけで適当なことを言うなと言い返したかった。


 が、肺からこみ上げてくる血液のせいで呼吸もできなくなり、苦しさと痛みを覚える前に彼女の意識は急速に遠のいていく。


――私の人生ってなんだったの?


『この世界は狂ってるっ!!』


 むしろそれは彼女が叫びたい言葉だった。


 そんなこんなで短い生涯に幕を閉じた彼女が次に目を覚ましたのは知らない部屋。


――ここ……どこ? ってか、私、死んだんじゃなかったっけ?


 なんてパニックになりながら辺りを見回してみるが、部屋に並ぶアンティークな調度品にも見覚えがなかったし、側に立つ使用人の女性にも見覚えがなかった。


 ここは天国だろうか? なんて呆然と考える彼女だった、そんな彼女の視界はこれまた見覚えのない赤い長い髪を持つ女性の顔で覆われる。


「生まれてきてくれてありがとう……ミサ……」


 日本人離れした高い鼻と瑠璃色の瞳を持った綺麗な女性だった。


「あ、あうぁ……」


 その見知らぬ女性に『だ、誰?』と尋ねようとした彼女だが、上手く舌が回らない。


 そこで彼女は気がつく。どうやら自分が彼女の胸に抱かれているという事実に。


 そしてさらに気がつく。視界に入った自分の手がまるで赤ん坊のように短いことに。


「あ、あうぁっ!?」


 その意味のわからない異変にパニックを起こす彼女だが、しばらく考えてある答えにたどり着いた。


――もしかして私、生まれ変わったんじゃ……。


 天国がどういう場所なのかは知らないが、少なくとも視界に映る光景は自分の思う天国とはあまりにも掛け離れている。


 自分の体も赤ん坊のように小さくなっているし、自分を抱きかかえる女性はまるで自分の子どもに向けるような優しい笑みを向けている。


 そのことを踏まえると、ここを天国だと考えるよりも生まれ変わった先だと考える方が自然だった。


 そのことに気がついた彼女は胸にこみ上げてくる高揚感に気がつく。


――新しい人生だっ!! これは私の人生を哀れに思った神様からの思し召しなんだっ!!


 そうだ……そうに違いない。


 とりあえずそう思うことにした彼女は高鳴る胸を小さな手で押さえながら考える。


 今度の人生は絶対に自由に生きよう。仮に貧乏でも誰からも束縛されずにやりたいことができるそんな人生を送ろう。


 そう彼女は心に誓った。


 が、そんな彼女の期待はこの後、見事に打ち砕かれることになる。


 どうしてか?


 彼女は知ってしまった。


 自分の生まれた家が王家であることに……。


 しかも国王の第一王女として自分が生まれてしまったことに……。


 彼女は再び厳しい躾と勉学に縛られた窮屈な人生を一からリスタートするハメになった。

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