第32話 レビオン王国の思惑

 グラスが唐突に国王ザルバ4世から呼び出されたのは、ミサの熱が下がって小康状態になってから一週間ほど経ったときのことだった。


 ちなみにミサは最近では、徐々に食事を取れるようになってきたようで、医者曰くこのままであればミサは元の健康状態にもどるとのことである。


 が、グラスの見る限り、ミサの精神状態は健康……とは程遠いものだった。


 食堂で家族揃って食事を取っているときも、時折「はぁ……」とため息を吐くと今にも泣き出しそうな顔で「魔物……」と呟いては表情を暗くする。


 そんなミサを見て国王ザルバは「また魔物の夢を思い出してしまったのか? おぉ~可愛そうに……」と見当違いな心配をしている。


 おそらくミサの見た夢は国王が想像しているのと真逆なのだろう。が、そんなことは口が裂けてもグラスには指摘できないので苦笑するほかない。


 最近ではミサの体はなまりきっているようで、時折、部屋の前を通り過ぎるとブンブンと巡幸の時に買った鉄棒を素振りする音が聞こえてくる。


 そんなミサの姿を見ているとなんともいたたまれない気持ちになる。


 彼女に思う存分暴れさせてやりたい。もちろん、彼女の師匠としてミサを想う気持ちはあるがこればかりはどうしようもない。


 心を鬼にするしかないのだ。


 ということで国王に呼び出されたグラスは、その理由がわからず少し不安を覚えながら国王の執務室へとやってきた。


「おう、よく来たなグラス。お前に折り入って相談したいことがあってな」


 部屋に入るとなにやら機嫌の良さそうなザルバが、グラスを迎えた。


 いったい何の用だろうか? なんて考えているとザルバはグラスの前にやってきて不意に真剣な表情を彼に向ける。


「レビオン王国がガルバス大陸に手を出したようだ」


 予想外の言葉をザルバは口にした。


「そ、それは事実なのですか?」

「レビオンの港町に潜伏している諜報員から、数隻の軍艦がガルバス大陸に向かって出航したという密使が今朝届いた」


 諜報員というのはその文字の通りレビオン王国に送り込んだスパイのことである。


 これはどこの国でも変わらないことだが、各国は少しでも他国の情勢を仕入れようとそれぞれの国に一般人を装って諜報員を送り込んでいるのだ。


 当然ながら、ギート王国にも他国の諜報員が紛れ込んでいる確率は高く、お互い様なのである。


「ですが、そのようなことをすればレビオン王国は世界各国から非難を受けることになるでしょう。輸出入を止められ国内経済が混乱するリスクもあります」

「だろうな。が、レビオン王国には他国から非難されてもガルバス大陸を抑えておきたい理由がある」


 そう言ってザルバは執務机に置かれた世界地図を指さす。


「おそらく海峡を抑えておきたいのだろう。レビオン王国とガルバス大陸双方に軍港を作って睨みをきかせていれば、どの国の海軍もそうやすやすと海峡を通過することができずに、ガルバス大陸の南方を遠回りすることになる。そうなると、派兵にも著しく支障をきたす」


 なんて説明をするザルバだがグラスには納得がいかない。


「お言葉ですが陛下、仮に他国の海軍がこの海峡を通過したとて、その先に待っているのは魔大陸のみでございます」


 グラスは腑に落ちなかった。確かにこの海峡を通過することができれば東の海に最短距離で移動することができるようになる。


 が、その恩恵を受けるのは魔大陸と一部貿易をしている商船のみで、そもそも人間と魔族は例のレビオン支配で魔王が勇者に倒されてから目立つようないざこざはないのだ。


 それにレビオン王国が魔大陸へと繋がる海峡を抑えて人間側の海軍の邪魔をするメリットはない。


 そう思ったグラスだが「甘い」と一蹴される。


「お前が言ったようにもしもこのことが明るみに出れば、レビオン王国には厳しい経済的な制裁が加えられるであろう」

「であれば――」

「が、それはあくまで世界会議に加盟する国との貿易に限られる」

「確かに世界会議に加盟していない一部の国があることは確かですが、それだけでレビオン王国の経済を賄うには」

「グラス、お前は魔大陸の存在を忘れておるな?」

「っ…………」


 そこでグラスはようやくザルバの言いたいことの意味が理解できた。


 確かに世界会議からパージされることはレビオン王国にとって大きな痛手である。が、ガルバス大陸を抑えることができれば豊富な鉱物資源が手に入る。そして、それらの鉱物資源は魔大陸にも当然需要があるのだ。


「つまり、レビオン王国は魔大陸と本格的な貿易を?」


 レビオン王国はかつて魔王によって支配されそうになった国である。レビオン王国がそのような相手と貿易をするとはグラスには到底思えなかった。


「貿易だけで済めばまだマシなのだがな……」


 ザルバが言っているのはレビオン王国と魔大陸が何かしらの軍事同盟を結ぼうとしているのではないかという疑念だった。


「このチョークポイント抑えることはレビオン王国のみならず魔大陸にも大きなメリットがあることはさっきお前自身が説明したな?」


 仮に多くの世界会議参加国が魔大陸に兵を送ろうとすれば、当然ながらこのチョークポイントを通過するのが最短ルートだ。


 この海は海竜の出没頻度が高いが、それでも海軍の軍艦レベルになると対処できないことはない。


 が、もしもレビオン王国がこの海峡を封鎖すれば、彼らはガルバス大陸を大回りしなくてはならなくなる。が、魔大陸がレビオン王国と同盟を結べば、彼らは海峡を通過しあっさり世界会議加盟国へと到達することができる。


 このガルバス大陸支配はレビオン王国、魔大陸双方にとってメリットがある。


 あり得ない話ではないとグラスは思った。


「グラス、世界会議といえども、今や一枚岩ではないのだ。先の魔王の支配の際も魔大陸から距離のある大国たちは皆、レビオン王国への軍事援助を嫌がり決議は通らなかった」


 魔王がレビオン王国を支配したとき、世界会議ではレビオン王国に軍事援助をするか否かで意見が割れたのだ。その結果、魔大陸とは距離があり魔族の脅威の少ない大国がベトーを使用して結局軍事援助はなくなってしまった。


 その結果、レビオン王国軍は壊滅的な被害を被った。勇者が現れなければ今頃レビオン王国は魔大陸に支配されていたことは想像に難くない。


 レビオン王国としては世界会議など信用できないのだ。当然ながら魔大陸に恨みはあるだろうが、国の存亡という意味では魔大陸と良好な関係を保つことは、世界会議に加盟するよりもメリットがあるのかもしれない。


「仮にレビオン王国がガルバス大陸を支配したとなれば、世界のパワーバランスは大きく変わるかもしれんぞ? レビオン王国に追従して世界会議ではなく魔大陸と経済的軍事的に関係改善を模索する国が増えるやも知れん」

「陛下、我々ギート王国はどう立ち回るおつもりですか?」

「しばらくは様子見だ。が、秘密裏に調査団を送り込もうと思っている。それでお前を呼んだ」

「私……ですか?」

「ああ、近衛騎士団には優秀な軍人が多い。お前には彼らの中から優秀な者、隠密行動に優れた者を選び出して調査団を作って欲しい。野良の冒険者パーティを装って大陸に送り込むつもりだ」

「…………」


 なるほど、グラスは自分がここに呼ばれた理由をようやく理解した。


 しかし、なかなか難しい注文をされたものだと彼は思う。いくら優秀な近衛騎士団とはいえガルバス大陸を安全に移動するのは容易ではないのだ。


 なにせガルバス大陸には獰猛な魔物が多数存在するのだから。いくら魔術武術に秀でていたとしても、獰猛な魔物たちが大挙して押し寄せれば一溜まりもない。


 グラスは頭の中で騎士団の中でも優秀な者の顔を頭に思い浮かべてみる。


 が、なぜか頭に浮かんだのは騎士団とは全く関係のない高貴な少女の顔だった。


――いやいや、さすがにそれはマズい……。


 慌ててグラスはその少女の顔を頭から必死に消した。

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