第50話 リズナの事情

 なんだかわからないがミサはリズナのベッドへと招かれた。ベッドの上に座ると彼女の前にリズナもまた女の子座りをする。


 そしてぬいぐるみを抱えたまま、身を乗り出してミサの顔を見つめてきた。


「わ、私、聞いたことがありますわっ!! 転移魔法を使えばこの世界のどこにでも一瞬で移動ができる夢のような魔法があると聞いたことがありますわっ!!」


 なにやら目を輝かせながらミサにそう訴えてくる。


 が、どうやらリズナは色々と勘違いをしているようだ。別に転移魔法は行きたいところにいつでもどこでも行けるような夢のような魔法ではない。


「さっき私が魔法陣から出てきたのは見たわよね?」

「見ましたわ」

「転移魔法陣って言っても好きに移動ができるわけじゃないの。あくまで、転移魔法は転移魔法陣のあるところにしか移動できないの」

「そ、それでも凄いですわっ!!」


 丁寧に転移魔法陣について説明するミサだが、それでもリズナは転移魔法に幻滅をする様子はなく、目をキラキラと輝かせたままだ。


「いや、だからその……ママ? だっけ? ママの元にリズナをすぐに移動させることは不可能なの?」

「でも転移魔法陣があれば移動できますのよね?」

「いや、まあそうだけど……」


 というかそもそも……。


「で、そのリズナのママは今、どこにいるの?」


 そう尋ねるとリズナはわずかに表情を暗くした。そして、首を横に振ると「わ、わかりませんわ……」と少し寂しそうに答える。


「悪いけど、場所がわからなければどうしようもないわ」

「ですが、場所がわかればママの場所に行けるのですわよね?」

「場所がわかっても魔法陣がなきゃ行けないって言ってるでしょ」

「じゃあ場所がわかって魔法陣があれば行けますよね?」

「そもそもどこにいるかもわからないのに、どうやって見つけ出して魔法陣を設置するのよ……」

「ミサさまが魔法陣を使用してレビオン王国を飛び回って探してくださいまし……」

「はあ? なんで私がそんなことしなきゃいけないのよっ!!」

「わかりましたわ」


 そうリズナは大きく息を吸った。


――あ、マズい……。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!!」


 慌ててリズナの小さなお口を手で押さえる。


「ふがっ!! ふがっふがっ!!」

「わ、わかったわよ。それなりに善処してみるから、あんたの持ってる情報を私に頂戴」


――あぁ……面倒くさい奴に能力のことがバレてしまった……。


 リズナの口から手を離すと、彼女はニコニコと微笑んで「嘘じゃないですわよねっ!?」と尋ねてきた。


「しょうがないじゃない……。で、あんたのママはどこのどいつなの?」


 そう尋ねるとリズナは語り始める。


「ママは元々パパの側室ですわ。リスクル家という男爵家の末っ子で、パパに見初められて側室になったそうですわ」

「なるほど……」


 と、答えるとリズナはミサから目を逸らす。


「わ、笑えばいいですわ……」

「はあ? 今、どこに笑いどころがあったの?」

「ルボン家の4女と言っても兄や姉と違って側室の子ですわ……」

「それでのどこに笑いどころがあるの?」

「はわわっ……。だ、だって今日はあんなに偉そうにしていたのに、所詮は借り腹の娘ですわ。そんなのに偉そうにされて腹が立ちませんの?」

「いや、あんたが偉そうなのに腹が立つのは、本妻の子でも側室の子でも一緒だから……。誰の子どもだとしてもあんたは腹が立つクソガキだけど」

「く、クソガキっ!?」


 到底王家の娘から飛び出すとは思えない言葉にリズナは目を丸くした。


「まあ、あんたも色々と事情がありそうね。でも、側室の子どもであることと、あんたがママに会えないことになんの関係があるの?」

「ママは城からいなくなりましたわ……」

「いなくなった? また、どうして……」

「それはその……」


 と、そこでリズナは口ごもる。


「なによ?」

「それはその……ママはお父様に追い出されたのですわ……」


 ということらしい。ミサは王家にいながら王家にはあまり詳しくないが、側室というものは追い出されるものらしい。


「どうしたの? 国王に嫌われたの?」

「…………」


 なぜかリズナはミサの問いかけには答えない。


 しばらく黙ったままうつむいていたが、不意に鼻をすすり始める。


「その……ママは王妃が大切にしていたティアラを盗んでお金に換えたそうですわ……」

「あ、あぁ……確かにそんなことをしたら追い出されるわね……」

「ですわね……。ママが追い出されたことは私もお父様に文句はありませんわ。ですが、ママが仮に悪い人間だとしても、私にとってはたった一人のかけがえのないママですわ。だから、ママに一目会ってお礼が言いたいですわ……」


 なんだからよくわからないが、リズナの母親はなかなかに面倒な事情を抱えているようである。


 リズナには悪いが、そんな話を聞いたミサとしてはあまり面倒なことに首を突っ込みたくない。


「家を追い出されたのなら、元のなんちゃら家ってところにいるんじゃないの?」

「いないそうですわ。城を追い出されてからのママの所在は不明だそうですわ」

「それをどうやって探せって言うのよ。あんたには同情するけど、転移魔法でどうこうなる次元の話じゃないわよ」

「ですがこんなお願いミサさまにしかできませんわ。きっとパパや城の人間にお願いしても誰も動いてくれませんわ。だからお願いです。ママのことを探して欲しいですわ……」

「欲しいですわって言われても……」


 さすがにそれだけの情報で探せと言われても無茶振りがすぎる。


 が、リズナはミサに縋り付いてきた。


「お願いですわ……。ママに会いたい……ミサさまにご迷惑なのはわかっていますが、お願いですわ……」


 なんて言われておいおい胸で泣かれてしまうとミサとしても断りづらい。


 と、そこで夜目になってきたミサの視線にある物が映る。


 それはテーブルに置かれた小さな肖像画だった。おそらくそれはリズナの母親の肖像画なのだろう。ブロンドの髪も瑠璃色の瞳もリズナにそっくりだった。


「…………はぁ……」

「お願いですわ……」


 なんて相変わらず泣くリズナの体をしぶしぶ撫でながらミサは口を開く。


「わかったわよ。やれることはやってみるわ……。けれど、あんまり期待しないでね……」

「わかりましたわ……」

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