第51話 土下座
ミサ史上もっとも面倒くさい問題に直面してしまった。
とにもかくにも自室へと再転移したミサは、窓辺へと歩いて行き締め切ったカーテンをわずかに開いた。
直後、カーテンの隙間にグラスの顔が現れる。
――どうでもいいけど、怖すぎるんだけど……。
なんて内心ひやっとするが、残念ながら今はそんなことを気にしている場合ではない。
「ミサさま、いかがいたしましたか?」
冷めた目でそう尋ねてくるグラスに「大変なことになったから、とりあえず部屋に来て」と告げるとものの数秒でグラスは扉側へと回りミサの部屋をノックした。
「入ってきて」
と返事をするとドアが開きグラスがやってくる。
「ミサさま、余計なお世話かも知れませんが、睡眠時間を削りすぎてはお体に障ります。そろそろお休みになった方が良いのでは?」
などとミサの体調を気遣うグラスを眺めながらミサは頭を悩ませる。
いったい何から説明したものか……。
とりあえずこうなった以上、部屋を抜け出したことをグラスに話す他ない。が、そのことを話せばグラスにブチ切れられたとしても文句は言えない。
ここはなんとか穏便に済ませたい。
ということでミサは何事かと首を傾げるグラスの前まで歩み寄ると、その場に両膝をついた。
「み、ミサさまっ!?」
突然の行動に目を丸くするグラス。が、ミサはその場に正座をするとグラスに向かって頭を下げた。
これは前世で言うところ土下座というものだ。
この土下座がミサの前にいた世界では最上級の謝罪スタイルある。ちなみにこの世界でも頭を下げることは同じような意味を持つ。
「ちょ、ちょっとミサさまっ!? なにを?」
「グラスさま……申し訳ございません……」
とりあえずは謝ることから始めよう。自分の非を素直に認めた上で相手に助けを求める。
それがもっとも物事を穏便に済ませられるとミサは思ったのだ。
だからミサは床に頭を擦りつけたのだが、グラスからすれば自らの仕える王国の王女から突然頭を下げられて動揺しないはずがない。
「ミサさま、お止めくださいっ!! 王女としての威厳が」
「威厳とかそんなことはどうでもいいの。とりあえず私に謝らせて……」
「どうしてミサさまが私にお謝りになるのですか?」
強引にミサの頭を上げさせるグラスだが、ミサは魔力を使って自らの土下座を強行する。
土下座したいミサと土下座をやめさせたいグラスの攻防戦が、数秒続いたところで「ま、まさか……」とグラスは何かに気がついたようにそう呟いた。
「ミサさま、もしかして外に出られたのですか?」
「…………はい……」
「で、ですがどうやって……」
ということでミサはベッドのフレームを手に取るとそれをグラスへと見せる。ベッドフレームにはミサが針金で掘った転移魔法陣が描かれていた。
「な、なんという執念……」
グラスは魔法陣を引きつった笑みを浮かべながら眺めていた。
「じ、実はね……転移魔法陣のことがリズナ王女にバレちゃった……」
「…………そ、それは本当ですか?」
ミサはコクリと頷く。
それからミサはさっき自分の身に起きたことを包み隠さずグラスに白状した。
ミサの説明が進むにつれてグラスの表情は徐々に青ざめていった。
そして、全ての説明が終わったときグラスはその場に跪いてコクリと項垂れる。
「OH……NO……」
「ぐ、グラス……ごめんね……」
「OH……NO……」
「ほ、本当にごめん……」
「OH……NO……」
どうやらあまりのショックにグラスの思考は停止しているようで何を言っても「OH……NO……」としか答えない。
「と、とにかく、リズナ王女のママを探し出さないと転移魔法陣のことがレビオン王国の人に言いつけられちゃうんだって……」
「OH……NO……」
と、しばらく両手で顔を覆っていたグラスだったが、不意に顔から両手を放すとミサを見つめる。
「起こったものは仕方がありませんね……」
「自分で言うのもなんだけど、私を叱りつけてもいいと思うよ?」
「ミサさまを叱りつけたところで事態は変わりません。それにミサさまに魔術を伝授した時点で全ての責任を負うと私は決めておりますので……」
「グラス……」
どうやらミサが思っていた以上にグラスは責任感の強い男のようである。
なんだかミサは自分がグラスを酷く裏切ったのではないかと罪悪感を覚えた。
「グラス、どうしよう……」
「こうなってしまった以上、リズナ殿下の母上とやらを探すほかなさそうですね。ミサさまのことがレビオン王国の耳に入ることはマズいです。ましてや転移魔法が使えることまでバレてしまうと何かが起こったときにあらぬ疑いをかけれらてしまいます」
「で、ですよね……」
が、リズナのどこに行ったかもわからない母親を探すことなど可能なのだろうか?
そのことをグラスに尋ねると、彼は「う~む……」と眉を顰める。
「正直なところ皆目見当もつきませんな……。ですが、何か事情を知っている者を探し出す他ありません」
「そんな人いるかしら?」
「もしかしたら事情を知っているかもしれない人物を一人知っています」
「だ、誰のこと?」
「ミサキ殿でしょう……」
「あ、あぁ……なるほど……」
確かにミサキならば何か事情を知っているかもしれないとミサも思った。なにせミサキ15は魔王を討伐し、当時レビオン王国の王女だった人物と結婚しているのだ。
リズナと血のつながりはないが縁戚関係にあることには違いはない。
「だけど、ミサキに接触するのはリスクが高いんじゃない?」
「でしょうな……。ですが、こうなってしまった以上仕方がありません。毒を食らわば皿まで食らえです。ミサさまには問題解決のために転移魔法を使用して貰うつもりです」
ミサの望みとは全く違う形で彼女は転移魔法の許可をもらった。
ということでミサとグラスはリズナの母親を探すことになった。
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