第56話 断れない雰囲気

 理由はわからないがリズナママはリズナママであることを皆にバレるわけにはいかないようだ。


 まあ窃盗をして城を追放されたのだから、自分の身分を隠したままレンドブルグに落ち延びたのかも知れない。


 だとしたらミサとしては彼女をそっとしておいてリリとしての第二の人生をひっそり応援する方がいいのではないかと思わなくもないが、そうもいかない事情もある。


 さて、どうしたものか……。


 城へと戻ってきたミサは素直にそのことをグラスに相談することにした……のだが。


「申し訳ございません。我々はもうしばらく会議がありますので、その後でもよろしいでしょうか?」


 なんだかよくわからないがグラスと高官たちはとても忙しいようで、もう日付が変わろうかという時間にもかかわらず会議をしているようだ。


 まあ大人には大人の事情があるのだろう。


 そのことを察したミサはグラスに相談することを諦めて、今度はリズナの部屋へと向かうことにした。


 と言ってもリズナの部屋が屋敷のどこにあるのかわからないので、部屋に戻ると天意魔法陣を使用してリズナの部屋へと向かう。


 転移魔法で彼女の部屋へと行くと、リズナが天板付きのベッドに腰を下ろして髪をブラッシングしている姿が見えた。


 どうやら風呂上がりのようで下ろした髪からはわずかに湯気がたっておりぽかぽか状態だ。


「はわっ!? はわわっ!? い、いきなりなんですのっ!?」


 が、突然現れたミサにリズナは驚いてブラシを床に落とすとぎょっとした目で彼女を見やる。


「同じ建物内ですので直接部屋に来て頂けると助かりますわ……」

「ごめんね。でも、リズナの部屋がどこにあるかわからないから」

「え? あ、それもそうですわね……。ところで今日は何の用ですの?」

「端的に言えばあんたのお母さんの居場所がわかったわよ」


 と、素直にわかったことを伝えてやると、彼女は「ま、ママママ、ママの居場所がわかりましたのっ!?」といつもよりも多めの『マ』を発するとミサの元へと駆け寄ってくる。


 その目は希望に満ちており、彼女の瞳がキラキラと輝いていた。


 が、ミサがこれから伝えるのはそこまで良いニュースではない。


「で、どこにいますのっ!? 明日の朝にでも馬車を出してママに会いに行きますわっ!!」


 と嬉しそうにミサを見やるリズナ。


 が、そんなリズナにミサはきっぱり答える。


「会うのはやめておいた方がいいと思う」

「ど、ど、ど、どうしてですの?」


 という食い気味のリズナにミサは今日起こったことを説明する。


「まあよくわからないけれど、あんたのお母さんはユリって名前を捨てて新たな人間として生きているみたい」

「ママはそんなことになっていましたなんて……」

「これは親切心で言うけれど、城の人間にあんたのお母さんの居場所がバレるのはあまり良いことではないんじゃない? お母様のことを想うのであれば、そっとしておいてお母様の新たな人生を陰ながら応援してあげたほうが良いと思う」


 なんてそれっぽいことを言うミサだが、実際のところはこれ以上面倒事に巻き込まれたくないだけだ。


 リズナに同情はするが、ミサが彼女に頼まれたのは母親の居場所を見つけるところまでだ。


 居場所も伝えたしこれでミサのミッションは完遂である。


「………………」


 が、リズナの方はそれでは満足できないようで、なにやら悲しそうな瞳を浮かべてうつむいてしまった。


「とりあえずお母様が健康に幸せに生きているのであればそれでいいじゃない? あんたの気持ちはわかるけれど、追放されて不幸な目に遭っていなかったことがわかるだけでも幸せなことだと思うよ」

「そ、それは……そうですわね……」


 リズナはぼそぼそと答える。


――なんだろう……そんなリズナの寂しそうな顔を見ているとなんだか自分が彼女に酷いことをしているような気持ちになってくる。


「や、やはり私がママに会っても迷惑でしょうか……」


 なにやら今にも泣き出しそうな声でリズナがそう尋ねてくる。


「え? い、いや迷惑というかなんというか、あんたは一応王女なんだし会うことで色々と面倒事が起きるんじゃないかなって……」

「わ、私はママにとって迷惑な存在なのでしょうか……」

「別に迷惑な存在とかそういうことではないと思うけれど」

「…………はぁ……」


――止めて……そんな悲しい顔をするの止めて……。胸が痛くなるから。


「あ、会いたいですわ……ひと目ママに会って産んでくれてありがとうって伝えたいですわ……」

「…………」

「なんとかなりませんの?」

「ま、まあ、なんとかならないこともないかもしれないけれど……」

「ほ、本当ですのっ!?」


 そんなミサの言葉にリズナは息を吹き返したように目を輝かせる。


――なんだろう……この断りづらい展開は。


「私、ママに会えるのであれば良い子でいますわっ!! ママに会っても恥ずかしくないような王女でいますわっ!!」


 それは立派なことである。が、リズナが良い子でいても立派な王女であってもミサにとってまったく得なことはない。


「ミサさま、どうか私のお願いを聞いてくださいまし」

「………………」


※ ※ ※


 結局、ミサはリズナの熱意に負けてしまった……。


 リズナと母親を会わせたところでミサに全く得はないのだが断り切れなかった……。


 ということで、ミサは翌日も再び転移魔法陣でレンドブルグへと移動することにした……のだが。


「お、おいいたぞっ!! あのガキだっ!!」

「おいみんな集まれっ!! あのガキをとっ捕まえろっ!!」


 レンドブルグの大通りへとやってきたミサは、なぜか到着早々町民から追いかけられた。


――な、なんで……。


 いつの間にかミサはレンドブルグのお尋ね者になっていたようだ。

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