第54話 ユリ

 ――あぁ~最高……。


 結局、その後しこたま買い物をしたミサはほくほく顔で魔法具店を出た。両手いっぱいに荷物を抱えたミサは転移魔法陣で城に戻ると、こっそり荷物を寝室に置くと再びレンドブルグに戻ってくる。


 ――ところで私、どうしてこの街に来たんだったっけ?


 と、本来の目的を忘れかけていたミサだったが、必死に記憶をたどりリズナのことを思い出した。


 ミサがこの街を訪れた理由。それはリズナの母親を探すことであって、決して買い物をするためではないのだ。


 とりあえずはミサキが話していた藍染め屋とやらを探さなくてはならない。


 ミサは辺りを見回すと案外あっさりとルーア藍染め店と書かれた看板を見つけた。


 藍染め屋なんて一つの街に二つも三つもないだろう。そう高を括ったミサはさっそく店の前までやってくる。


 が、ふと思いだす。


 そう言えばリズナの母親ってなんて名前なんだったっけ?


 ということで一度店から離れると路地裏で転移魔法陣を使用して城へと戻る。さらにそこからリズナの部屋へと移動するとソファに座ってパフェのような物を食べるリズナの姿が見えた。


「はわっ!? はわわっ!?」


 突然現れたミサにリズナは間抜けな声を出すとソファから転げ落ちた。


「あ、リズナ、あんたに聞きたいことがあるんだけど」

「きゅ、急になんですのっ!? 部屋に入るときはノックをしてくださいませっ!!」


 リズナはミサを睨みつける。


 確かに彼女の言うとおりだ。が、転移魔法を使用している以上ノックもくそもない。


「で、聞きたいことってなんですの?」

「リズナのお母さんはなんて名前なの?」

「え? あぁ……ユリですわ……」

「そう、ありがとう」


 再びミサは転移魔法で寝室に戻ると、さらにレンドブルグへと転移する。


 ということで改めて藍染め屋へと向かう。


 店は何代も続く老舗なのだろうか『ルーア藍染め店』と古びた看板が掲げられており、石造りの建物の壁にも少し年期が入っているようだった。


 扉を開き店内に入ると、さすがは藍染め屋である。藍染めのシャツや着物? によく似た衣服や手ぬぐいのような物が綺麗に陳列されていた。


「いらっしゃいませ」


 と、そこで店の奥からそんな声が聞こえてきて、奥から女性が出てくる。


 年齢は……見たところ30代くらいだろうか、ブロンドの髪に瑠璃色の瞳を持つ綺麗な女性である。


 その顔を見た瞬間ミサはピンときた。


 彼女の顔はリズナの部屋に飾れていた肖像画と同じ顔をしていたからだ。


 案外あっさりと見つかった。これで万事解決。


 ほっと胸をなで下ろしたミサは彼女の元へと歩み寄る。


「あの……聞きたいことがあるんですが?」

「はい、なんでもお伺いください。本日は何をお求めですか?」

「いや、そうではなくて」


 どうやら客だと思われているようだ。まあ当然である。


「単刀直入にお伺いしますが、あなたはユリさんですよね?」


 そう尋ねたその時だった。女性は一度驚いたように目を見開いてからミサから目線を逸らす。


――なに今の反応……。


「違うんですか? ユリさんですよね?」

「知りません」


 女性は目線を逸らしたままそう答えた。


「いや、でもあなたの見た目は……」

「何か人違いをされているのではないですか? 私はリリといいます。このルーア藍染め店のただの店員です」

「…………」


 なんだかよくわからないが、ミサには彼女の言葉が嘘だということはわかった。


 そうこうしているうちに店の奥からなにやら訝しげな表情を浮かべた中年の男が姿を現す。


「リリ、お客さんかい?」

「え? あ、ええ……」


 と、リリと名乗るその女性は誤魔化すようにそう答えてわずかに笑みを浮かべた。


 そんなリリに男は少し戸惑うように首を傾げていたが、すぐに笑みを浮かべるとミサを見やった。


「お嬢ちゃん、今日は何をお求めだい?」

「リズナがあなたに会いたがっています。できればあなたとリズナを秘密裏に会わせたいのですが」


 そんな男を無視してミサはリリと名乗る女性に要件を伝える。すると、今度は男もまた驚いたように目を見開いた。


「お、お嬢ちゃん……なんの話をしているんだ?」

「彼女はユリさんですよね? 実は彼女の娘であるリズナがあなたに会いたがっているんです」

「…………」


 が、やはりリリは何も答えない。


 そんなリリを見かねるように男はミサの元へと歩み寄ってきて膝に手をついてミサの顔を覗き込んできた。


「お嬢ちゃん、何者だい?」

「それは言えません。ですが、ここにいる女性がユリさんだということは知っています」

「悪いけど、それはお嬢ちゃんの人違いだろう。彼女はうちで働いてくれているリリという女性だ」

「いや……でも……」

「お嬢ちゃん、悪いが帰ってくれないか?」

「ごめんなさい。何か勘違いをさせたかしら。別に私は彼女を捕まえたり危害を加えたりするつもりは」

「聞こえなかったかい? 悪いが帰ってくれ」

「…………」


 彼女は城を追い出された女性なのだ。


 この街に身分を隠してやってきたとしてもおかしなことは何もない。


 少なくともこの男は何かしらの事情は知っていそうだが。


 が、仮に身分を隠しているのであれば彼らの反応は至極当然である。


 さすがに正面突破をしすぎたか。そんなことに今更気づいたミサは愛想笑いを浮かべると「すみません。人違いだったようです」と答えて大人しく退散することにした。


 仮にリズナをここにつれて来たとしてもおそらく彼女は自分がユリだとは認めないかも知れない。だとすればいたずらにリズナを傷つけるだけだ。


――さて、どうしたものか……。


 店を出たミサは頭を悩ませるのであった。

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