第53話 甘えん坊

 とりあえずリズナの母親はレンドブルグという街にいるかもしれないということがわかった。


 ならばさっそくレビオン王国に戻ってグラスにそのことを伝えてレンドブルグに向かうだけである。


 ミサキ老人に別れを告げたミサはさっそく転移魔法を使用して城へと戻ろうとした……のだが……。


「バーくんどうしたの?」

『…………』


 そんなミサのことをバジルカが何やら寂しそうな瞳で見つめてくる。


『もう帰るのか?』

「帰るよ。ちょっと訳あって探さないといけない人がいるから」

『そ、そうか……。それならば仕方がないな……』


 どうやらバジルカはミサがまたいなくなることを知り寂しがっているようだ。そんなバジルカを見て思わずミサの心がキュンとなる。


「どうしたのバーくん。寂しいの?」

『…………』


 ――可愛い。


 ということでミサはバジルカの元へと歩み寄ると、彼の背中をさすってやる。


「大丈夫よ。またすぐに会えるから……」

『次はいつここに来るのだ?』

「え? あ、それはその……ちょっとわからないけれど……」

『くぅ~ん……』


 と、まるで子犬のような鳴き声をだすバジルカ。


 そんな悲しそうな目で悲しい声を出されるとミサとしてもなかなかに心苦しい。


『ミサ、ミサはこれからどこに向かうのだ?』

「え? これからレビオン王国にあるレンドブルグって場所に行くつもりだけれど……」

『レンドブルグ? それならば以前私も訪れた事がある』

「え? 嘘でしょ」

『私がミサに嘘を吐くことなど決してない。レンドブルグはかつて主とともに訪れた事がある。な~に前に訪れたのはたった1000年ほど前のことだ。場所は忘れていない』

「いや、1000年ってバーくんにとって1000年ってついこの間のことなの?」


 なんだかよくわからないがバジルカにとっての1000年は大した時間ではないようだ。


 そんなバジルカの話を聞いてミサはふと考える。


 仮にここでミサが城に戻ってグラスにレンドブルグのことを話せばどうなるだろうか?


『レンドブルグへは配下の者を向かわせます。ですのでミサさまは安心してご公務をお続けください。冒険? そのようなものはミサさまには不要です』


 なんて言われるのが関の山だ。


 残念ながらレンドブルグという名前の土地はゲームに出てこないしどこにあるかもわからない。さすがにミサが単身で到達できるような場所ではなさそうだ。


 だったらこのままバジルカに道案内をしてもらった方が色々とミサにとって都合がいいのでは?


「バーくん、ここからレンドブルグまではどれぐらい距離があるの?」

『そうだな。ここはレビオン王国からも近いし、レンドブルグはレビオン王国の南端近くにある。一時間もあれば行けるぞ』

「そうなんだ……どうしようかな……」


 なんて悩んでいると、バジルカがミサの顔を覗き込んでくる。


『が、がんばればもっと速く着くかもしれないっ!!』


 と、突然ミサにアピールを始めるバジルカ。


――な、なにそれ……健気……。


 そんなバジルカを見ているとミサは少しだけ意地悪がしたくなってしまう。


「ど、どうしようかなぁ……」

『わ、私はミサよりも強い人間に会ったことがない。だから、私はこれからもミサの右腕になりたいのだ』


 などと必死に顔を覗き込んできてそう主張するバジルカ。


 そこまで言われてしまったらミサとしても断れるはずがない。


「わかったっ!! じゃあバーくんと一緒にレンドブルグに行く」


 そう答えるとバジルカは頬をミサの頬に擦りつけて喜びを露わにした。


※ ※ ※


 ということでグラスには内緒の旅が始まった。ミサはバジルカの背中に乗ると、バジルカは勢いよく上空へと飛んでいき『吹き飛ばされんようにしっかり掴まっておくんだぞ』と一言、北へと目指して勢いよく飛んでいく。


「おおっ!! おおおおおおおっ!!」


 風を全身に感じながらミサの興奮は最高潮に達する。これまでバジルカの背中には何度も乗ったことがあるがそれは本気ではなかったようだ。


 まるでジェット戦闘機のように風を切って進んでいくバジルカ。


 振り飛ばされないように背中にしっかりと掴まりながら眼下を眺めやると、レビオン兵たちがせっせと港の建設をしている砂浜が見える。


 が、高度が高いため彼らはアリのように小さくしか見えず、まるで地図を眺めるように入り江の形がはっきりとわかる。


 ミサは自分の魔術には自信がある。が、どの魔導書を読んでも空を飛ぶ魔法なんて書いていないし聞いたこともない。


 が、バジルカがいればそれも実現できる。


 どんな貴族でも王族でも魔法使いでも本来はできない空の旅にミサは優越感を抱きながらレンドブルグへと向かうのだった。


 どうやら思っていた以上にバジルカは頑張ったようである。レンドブルグへは一時間近くかかるとの話だったが、彼の背中にのり三〇分も経つころには彼は高度を下げて山に囲まれた小さな街へと降り立った。


「バーくんありがとうっ!! よしよし」


 と、頑張った彼の頭を撫でてやる。するとバジルカは嬉しそうに瞳を閉じる。


『私はしばらく山で餌でも狩っている。もしもピンチになったらいつものように笛を吹けば助けに来るから』

「わかった」


 ということで近くの山へと飛び立っていったバジルカを見送ったところで街へと視線を向ける……が。


――あ、ヤバいかも……。


 明らかにただのワイバーンや野竜とは違うバジルカの容姿と、そんな彼を手なずけている幼い少女の姿に街の人間たちは目を丸くしていた。


 そんな彼らに「えへへっ……」と愛想笑いを返すとミサはポケットから紐を二本取り出す。


 後ろ髪を二つに分けてそれぞれを紐で結びお下げにした。


 ミサの知る限りの貴族らしからぬ髪型である。


――よし、変装完了っ!! そういえばミサキは藍染め屋がどうとか言ってたわね。


 なんて考えながら街を歩き始める。


 が。


「おおっ!! おおおおおおっ!!」


――……よし!


 とりあえずミサは藍染め屋……ではなく目についた魔導具ショップへと足を運ぶことにした。


――ま、まあとりあえずね! とりあえず一旦、魔道具ショップに入って魔道具を見ながらこれからやるべきことを考えよう。

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