第30話 ガルバス大陸

 レビオン王国の最南端モルカ。この街はガルバス大陸と海を隔てて隣接している小さな港町である。


 一応は港町なことはあり、このモルカの港には定期的に貨物船が寄港するのだが、この港に寄港する船は、必要最低限の貨物の積み下ろしと食糧補給を終えれば足早に港を離れるのが常となっている。


 港町とは本来宿屋や酒場が建ち並び、夜になると盛り上がることが多いのだが、このモルカの街には最低限の宿と最低限の酒場しか存在せず、それらの店も盛況とは言えない状態だ。


 なぜか?


 それはこのモルカがレビオン海峡を隔ててガルバス大陸と面しているからだ。


 ロマンに溢れ、危険なフロンティア。


 ガルバス大陸は人々からそう呼ばれている。


 かつてこの大陸を訪れた調査団の報告によると、この大陸にはこれまで採掘された全ての魔法石、宝石、さらには金を足しても十分の一にも満たないほどの大量の鉱物資源が眠っている可能性が高いのだという。


 このガルバス大陸を抑えることができれば、世界のパワーバランスがひっくり返る可能性もあり得る。


 そう報告されたガルバス大陸は、覇権を狙う世界の国々にとって喉から手が出るほどに抑えておきたいフロンティアだ。


 が、今のところ、このガルバス大陸は世界のどの国にも帰属していない帰属未確定地と定められている。


 世界中のいかなる国もこのガルバス大陸の領有権を主張してはならない。


 世界会議でそう決められたガルバス大陸にどの国も手を付けようとはしない。


 というよりは手が付けられないと言った方が良いだろう。


 なにせこの多くの鉱物資源が眠るガルバス大陸には、それらの鉱物資源以上に豊富な獰猛な魔物たちが生息しているからである。


 大陸には所狭しと魔物たちがひしめき合い、食物連鎖の頂点を目指してしのぎを削っている。また獰猛な固有種も多く生息しており、他の大陸と同種の物も独自進化を遂げより巨大で獰猛である。


 魔大陸を除けば、おそらく世界で最も危険な土地。例え、そこに金銀財宝が埋まっていたとしても、それらを掘り当てるためには莫大な人的被害を被ることとなる。


 それゆえに世界会議で定められようといまいと、この土地に手を出そうという国はあまり存在しない。


 そんな危険な大陸と海を隔てて隣接するモルカの沖合いには頻繁に海竜が出没する。


 この海峡は反対側の海へと出るためにガルバス大陸を大回りせずに済む、いわば近道のような海峡ではあるのだが、航海中に海竜に襲われてしまっては元も子もない。


 そのためモルカの街は港町であるにもかかわらず、閑散としており、この海峡を通る船もモルカには必要以上に滞在することはない。


 そんな危険なモルカの港町には、この日、数隻の軍艦が停泊していた。


 特にドックや軍港があるわけでもないこの港町に軍艦が停泊することは珍しい。そのため地元住民は軍艦を一目見ようとモルカ最大の桟橋へとやってきたのだが、野次馬の彼らは兵士によってすぐに追い返されてしまう。


「近づくなっ!! これは見世物じゃないっ!! 船が出るまでは家に籠もって外に出るなっ!!」


 そう強い口調で住民を追い返すのはリヒト陸軍大佐。


 彼はレビオン陸軍学校を首席で卒業し、28歳の若さで大佐に昇進したエリート陸軍兵士である。


 ここに停泊している軍艦はいずれもリヒト大佐率いる陸軍部隊を運ぶための海軍の船だった。


 人口の少ない田舎町だと聞いていたが、田舎であるが故にすぐに情報が村中に回り、想像以上の人が集まってしまった。


 リヒトたちレビオン軍は作戦の都合上、あまり多くの人間に姿を見られるわけにはいかないのだ。


 リヒトが国王より命じられたこと。


 それはガルバス大陸の安全確保である。


 レビオン王国は密かにフロンティアの開拓を目論んでいる。


 これは明確な世界会議決議違反ではあるが、法を破ってでも開拓する価値があると国王は考えている。


 もちろん理由の一つにガルバス大陸に埋蔵された金銀財宝の存在はある。これらの鉱物資源をもしも独り占めすることができれば、レビオン王国は世界経済の中で大きな発言権を手に入れることができるだろう。


 が、レビオン王国がガルバス大陸を狙うのにはもう一つ理由がある。


 それはこのガルバス大陸がレビオン王国と海峡を隔てて面していることだ。


 もしも海峡を隔ててすぐ側にあるガルバス大陸に他国が軍港を作ってしまうと、レビオン王国は途端に喉元に剣を突きつけられることになる。


 逆に、ガルバス大陸にレビオン王国の軍港を建設することができれば、このチョークポイントである海峡を二つの港で挟むことができる。


 格段に制海権を確保しやすくなるのだ。


 だから、彼らはガルバス大陸をなんとしても手に入れたい。バレてしまったら世界中から非難されることがわかっていても、手を出す価値がこの大陸にはあった。


 そんな理由からリヒトは隠密行動を義務づけられているのだが、補給の都合上、この港を素通りして大陸に渡ることはあまりにもリスクが高い。


「困ったものだ……」


 リヒト大佐は、あいかわらず軍艦を一目見ようと大桟橋につめかける村民を眺めながら頭を抱えるのであった。

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