第2話 始まりの猛獣討伐




 一瞬意識が途切れるような感覚に襲われ、目を開ければそこには地面があり立派な木が生えていた。

 異世界の風景に目を向け観察を始めようと思った矢先、オレはあることを忘れていたことに気づいた。


「何ヶ月ダイブを続けるんだろ?」


 そう。

 ダイブするにしても、現実世界との日程によって滞在時間は変わってくる。

 ゲームのようにちょっとした設定はいじれる為、マサキが来たらそれを伝えて変更を加えよう。


「おう! ヒロトも来たな」

「ああ」

「荷物確認したか?」

「いや、まだだ」


 木々の間からやって来たマサキの言葉に返事をして荷物の確認をする。

 バックの中には、竹で作られた水筒に小さな巾着があり、そこには貨幣が少し入っていた。

 装備はダイブする前に決めていた通り、安い片手剣に革の防具だ。


「ん? お前黒髪だったか?」

「いやぁ、揃えた方がいいかなってな」

「そうか。ならオレは後で白髪にしよう」

「なんでだよっ!」


 大きな声がしんと静まった周囲に広がっていく。

 ボケたとはいえ、ツッコミが激しすぎる。これではこの世界にいると思われる獣に襲撃されてしまう。

 オレはそれを警戒しながらマサキに確認した。


「どのくらいここに滞在するんだ?」

「忘れてたな。どのくらいがいい感じか?」

「今日含め三日は貢献制度がない。だから、現実世界の一日をこっちでは一ヶ月の時間設定にしよう」

「おーけー。三ヶ月ってことだな。通知が来るようにもしとこう」

「あと、向こうから何か来るぞ」

「え?」


 聞いておこうと思ったことを先に尋ね、確認が終わると遠くから見える砂煙を見てそれをマサキに伝える。

 マサキはそれに気づいてなかったらしく、すぐそこまで近づいているのを見て初めて理解したようだ。


「ちょ、ま、ヒロトーーー‼︎」


 マサキはビビってオレに助けを求めた。

 それに応える義理は無いが、チュートリアルとしては打ってつけの相手。


 襲撃して来たのは猪。ただ、図体が桁違いに大きい。

 考えられるのは、この世界の個体が元々地球とは違う比較的大きなものということ。後は、この世界特有のエネルギー、魔法の元となる魔力によるものだと考えられる。


 まあ、オレたちが地球と変わらない身体的特徴をしているから前者は無い。ただこれは猪に限って言えることで、地球にはいない生物がこの世界では存在し、それは巨大であることがデフォルトかもしれない。


 全てを決めつけるのはまだ早いか。

 オレはマサキが逃げ出す間にそこまで思考し、機を狙って猪に突撃した。


「フッ」


 試しにすれ違いざまに猪の脇腹を切りつける。

 しかし、猪の体表は多くの毛でゴワゴワしており、剣が肉を裂くことはなかった。代わりに、標的が完全にオレに向いた。


「ヒロトっ、大丈夫か⁉︎」

「問題ない」

『ヴォアアアアアアッッッッッッーーー‼︎』


 叫び散らして猪が突っ込んでくる。

 地面が揺れるほど力強く踏みつけ、ただ正面のオレに鋭い牙を向けて速度を上げてくる。

 オレはそれを落ち着いて観察し、さっきの一撃じゃ通用しないことを理解して攻撃パターンを変える。


 両前足を使えなくする。

 今持っている剣では切り落とすことが不可能。その為、前足を使い物にならなくすれば時間をかければ討伐できると考えた。


 突撃してくる猪との距離を測り、一瞬を狙ってオレは左横に全力でスライドした。

 猪はそれに対応できず、さっきまでオレがいた所へと直進する。オレはスライド後、身を低くして回転し、猪の右前足に右手で強く握った剣を叩きつけた。


 バコッ―――と、低い音が聞こえ、骨が外れたのを理解したオレは、痺れた右手をパッと見て猪へと続けて目を向けた。


「硬いな……」

「初めての相手にしては結構厳しい感じだな」

「……ああ」


 いつの間にか落ち着いたマサキが隣に来て、現在の状況から言葉を溢した。

 オレはそれに同意し、片前足でバランスを崩した猪を見据えた。


「どうやらまだまだらしい」

「そうだな。マサキ、左足をやってくれ」

「おう! さっきのお前みたいにやればいいな?」

「ああ、頼んだ」


 マサキに左の前足は頼み、オレは別の攻撃をする為に備える。

 マサキが落ち着いてくれたことも関係するが、二人なら楽に討伐できそうである。

 そのため、オレは先の攻撃を行うことにした。


 前足を制限したら徐々にダメージを与えるつもりだったが、マサキが来てその必要がなくなった。

 狙うは脳天への一撃。

 マサキが猪の左の前足を砕いた瞬間。そこに追い打ちをかける。


『ヴォアアアアアアアアアッーーー‼︎』


 猪が咆哮し、不規則なリズムに乗って突進してくる。


「マサキ、方向転換には気をつけろ」

「ああ」


 オレは猪が遅くなることを考えていなかった為、マサキに助言を渡し近くの木へ登った。

 猪は目の前のマサキを捉え、そこへ向かって我武者羅に突き進む。


 マサキは間合いを測り、猪が一歩間合に入る前にその場で小さくジャンプし、右横へとスライドした。

 猪はまたしても対応できず、そのままマサキがいた場所へと進む。


 ただ突き進む獣なのか、マサキの工夫に対応できなかったのか。

 知ることができれば今後に活かせそうだが……それは無理そうだな。

 オレはマサキが身を低くして回転し、猪の左前足を叩く瞬間を見る。


「ふっ」


 バコッ―――と、再び骨の外れる音が聞こえ、それと同時にオレは木から猪へと向かって飛び降りた。


「フンッ」


 猪の頭部が近づくと、オレは上段に両手で構えた剣を思いっきり叩きつけた。

 剣は幸い折れることはなかったが、猪の硬さによって両手が少し痺れることになった。


「動かなくなったぞ」

「よし。今のうちに体に傷をつけよう」

「うし」


 意識が戻って再び暴れられても困るため、オレとマサキは今のうちに猪の命を刈り取ることに同意して行動に移した。

 マサキは頭部から背骨がどこにあるのか確かめながら背中に刃を入れていった。


「ユウト、ゆっくり入れれば捌けるぞ」

「へぇ〜、なるほどね。じゃあオレは頭を外すか」


 先に解体を始めたマサキの助言を聞いて、オレは猪の頭部を切断することを決める。

 横たわる猪の頭から首、胴に繋がる部分を見極め、ゆっくりと剣の刃を肉に当てていった。刃はスッと表面の皮を切断し、白い塊が姿を現した。


「脂か」

「ああ。結構分厚いぞ、コイツ」

「手こずりそうだ。背中をある程度切ったら腹をやってくれ」

「了解」


 マサキと会話しながら作業を進めていく。

 オレは猪の首と胴の境目に刃を入れていたため、そのまま首下まで肉を裂き、致命傷になる傷をつけた。

 これで覚醒、復活することはないだろう。

 オレはそう思うと、猪を運ぶための道具を探そうとその場を離れることをマサキに伝えた。


「運搬できるよう長く丈夫な木とつたを探してくる」

「了解。大きな葉っぱとかもあれば頼む。内臓もそれで運べると思う」

「わかった。互いに周りを気をつけておこう」

「おう」


 見知らぬ土地に来ていることを再認識させるように言葉を残した。

 これはマサキに対してでもあり、自分に言い聞かせるためでもあった。


 異世界へとダイブして上手くいっている今、無意識に気が緩んでいるかもしれない。そう考えて言葉を口にした。

 今のところ順調だと思うが、これからが本番。


 まずはこの世界の価値観、どんな常識があるのか探り、大体どんなルールで動いているのか把握しなくてはならない。

 それに魔法も試さないと、魔法が使えない者として異端扱いを受けかねない。


「蔦は回収した。後は丈夫な長い木だな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る