第39話 地獄絵図




 狼と鳥型の魔物を解き放ち数分、三つの集落を発見した。共有した視界によって場所も大きさも把握済み。

 ただ同時に襲撃した方がやり易いと考え、転移魔法で獣人たちを呼ぶ。


「恐らく三つで全部だ」

「了解です」

「ちょうど六人なんで二人ずつ。って感じですかね?」

「そうだな。視界を共有するから、目的に合った場所を選んでくれ」

「「了解」」


 呼び出した五人の男たちが声を揃える。

 特訓の成果か、引き締まった体にみなぎる魔力が凄みを感じさせる。

 出会った時と比べてかなりの変化具合だ。


「「僕たちはここへ」」

「「俺たちはこっちです」」

「僕は、ここに行きます」

「了解。狼を一匹ずつ付ける。コイツらが鳴けば行動開始だ」


 それぞれの場所を把握し、作戦開始の合図を伝える。

 全員がそれを理解して、目的地に向かって歩き出す。

 オレは一人の獣人、ヴェンデと共に一番大きな集落へと向かう。


「お前の目的は何だったっけ?」

「約束した女とそれに関係する人間の排除です」

「そうだったな。気持ちは変わらないか?」

「……ええ、今回で終わらせます」


 ヴェンデは少しの間を空けそう答えた。

 引っ掛かりがあるのは間違いないが、それが何か……分かりきってるな。


「お前と約束した女。ソイツは殺さず奴隷にしろ」

「何故ですか……?」

「お前の苦しみは一回で治る程度じゃない。それをぶつける相手が居ないとなれば、精神を病む可能性がある。だからだ」

「分かりました」


 ヴェンデはオレと奴隷契約を結んでいる。従うしかない。でもそれが、彼にとっての理由になる。


「両サイドも準備ができたみたいだな」

「僕も大丈夫です」

「了解。それじゃあ、作戦開始だ」

『ワオーーンッ』


 狼が鳴き作戦開始。

 他二箇所でも同じことが起き、獣人たちが突撃を開始する。


「暴れてこい」

「はい!」


 サッと軽く踏み出した砂の音が聞こえると同時に、ヴェンデは姿を消した。瞬間。目の前の集落から悲鳴が響き始める。


「とりあえず逃げられないようにしないとな」


 三つの集落を囲む氷壁を作り出す。

 そのため空を飛ぶ鳥型の魔物と視界を共有し、氷壁が生み出されるのを見ながら構築を進めた。


「流石に時間がかかるな」


 構築を終えて一息つく。

 およそ十数分、オレは氷壁を作り続けた。

 その間にも集落からは悲鳴が響き渡り、途中空から共有たが地獄絵図そのもの。


 逃げ惑う者や立ち向かう者、説得を試みる者と様々。だがそれを両断、破壊して周るヴェンデは正に鬼。

 作業のように淡々と破壊しては次。破壊しては次と繰り返していた。


「さてと、オレもそろそろ―――」


 ドンッ――――ドンッ――――。

 両サイドから爆発が起きる。なかなか派手にやってるようだ。


「少し急ぐか。全部殺されても困るしな」


 ヴェンデの動きを考えて行動を開始する。

 本来奴の目的は女とそれに関係する者たち。その他はどちらかというとオレに関係する。


「ヴェンデ。後はオレがやる。お前はお前の目的を果たせ」

「了解」


 集落へ進入し、ヴェンデの下に向かい言葉を交わす。ただその間は一瞬。周りから見れば、変わらずヴェンデが殺し続けてると思う程。


「ええぇっと……番を数組、ほいほいほい」


 殺戮を犯しながら周囲の状況を把握して、言動や行動を基に夫婦関係の獣人たちを数組拉致する。

 気絶させ、一つの建物に入れていき、仕事を終えて契約を結ぶ。


「よし。これで新たな奴隷が増えた、と。後はヴェンデだな」


 魔力で奴隷たちを持ち上げ観覧するためヴェンデの下へ向かう。


「ヴェンデよ。今一度考え直せ。まだ間に合う」


 近づくなり聞こえてきたのは灰色狼族の族長の言葉。

 ただそれは、あまりに傲慢でヴェンデの感情を無視したもの。オレはその瞬間。死んだな、そう思った。

 しかし。


「レーターはどこだ」


 ヴェンデは人物の名前を問う。

 恐らく約束した女。今一度顔を見て、態度で決めるつもりなのかもしれない。ただそれは、オレとの奴隷契約に違反する。


「レーター。来なさい」

「はい」


 匿われていたのか、レーターと呼ばれた女性が一人姿を現した。


「レーター。何故君は僕を裏切った? 理由を聞かせてくれ」


 自分を納得させるためか、ヴェンデは直接レーターに問う。何故自分を選ばなかったのか、と。


「あなたが不甲斐ないからよ。今日も後ろの人間にお膳立てされてるんでしょ? そんな男を私が選ぶ訳ないじゃない」


 レーターの言葉が響く。

 見方によってはそう捉えられてもおかしくない。しかし、それは事実とは異なる。


 ヴェンデが厳しい特訓に耐え、自己を高め続けた結果だ。機会を与えたのはオレだが、お膳立てと言うほど手を貸していない。

 レーターには見抜けない。


「そうか……」


 瞬間。異様な冷たさをオレは感じる。

 ヴェンデがキレた。そう感じた。

 激怒を越え、激昂すらも越えて、ヴェンデは冷徹にレーターを見据えていた。

 オレはそれを面白いと感じて口角を上げてしまった。


 ヴェンデは右手を前に出し、魔力を集中させ変化させる。それはレーターの魔力にそっくりで、何を行うのか見当もつかない。

 それはオレだけではなく、見ている族長やその親類、レーター本人も理解できなかった。

 一瞬。


「えっ……な、なに!?」

「どうした!? レーターっ!」


 レーターの体が勝手に動き出す。抵抗しようとするも無駄。徐々に体が浮き始め、引き寄せられるようにヴェンデの右手にレーターの首がおさまる。


「なるほど」


 思わず言葉をこぼし、そのカラクリに気づく。

 空気中にもレーターの魔力を漂わせ、レーター自身が発する魔力の濃度を薄める。そんな中、一際濃度の濃いレーターの魔力が現れ、レーター自身の体が錯覚を起こす。


 レーターとヴェンデでは明らかにヴェンデの方が魔力強度が高い。錯覚が起きたのは、魔力の下に居ないとおかしいと体が感じたから。


 コレが全てでは無いだろうが、おおかた説明がつく。

 魔力の源と体は切り分けが不可能ということ。新しく判明した事実に震える。魔力の可能性が無限であることに。


「あっ、がっ……ヴェ、ンデ……」

「お前は殺さない。僕っ……俺が飼ってやる」

「レーターを離せっ‼︎」


 族長が叫ぶ。

 そのせいで隠れていた者たちが表に姿を現した。

 オレはその瞬間に、族長らの親類と思われる者たち以外の獣人たちを凍らせ、粉々に粉砕する。


「なにっ!?」


 一人の若い男が驚く。

 魔力の質からして族長らの近親者。ただパッとしない感じだ。年齢的にヴェンデと同じ程、恐らくレーターが選んだ男だろう。

 これは選択を誤ったとしか言えないな。


「飼う……って」

「ああ、こういういことだ」


 レーターの問いを理解し、ヴェンデは首から手を離す。膝をついたレーターに地中から鎖が向かう。

 向かった先は首元。

 レーターの首に首輪が出現し、そこに鎖が繋がっていく。


「貴様っ!! レーターに何をしている!」

「黙れ」

「っ……!?」


 凄まれた男は言葉が出ない。

 ヴェンデも理解している。その男がレーターの婚約者だと。


「隷属魔法」

「隷属っ!?」

「えっ……?」


 ヴェンデの詠唱に男が過剰に反応し、突然のことにレーターは理解が追いついていない。

 ヴェンデは淡々と続ける。オレの口角は下がらない。


「強制奴隷」

「っ……」


 契約魔法での隷属では無い、隷属魔法での更に強い強制。レーターは今後一切、ヴェンデに逆らうことができなくなる。


 ヴェンデの頭が完全にイカれた瞬間。

 こちら側に足を踏み入れた記念すべき日。

 オレはそれに喜びを感じつつも、それ以上の期待を抱いていた。


「貴様ッッッッッッ!!!!!!」

「やっとかよ」

「ゔぐっ……」


 男が飛び出したがヴェンデは呆れ果てていた。戦闘の邪魔になるためレーターを後ろに蹴り飛ばし、向かってくる男に対峙する。


「かはっ……」


 ちょうどオレの横に来たレーターの苦しむ姿を一瞥し、二人の戦闘に目を向ける。ただそこで、族長らが動こうとしていたため、腰まで凍らせ動きを止める。

 それには族長らも苦虫を噛み潰した顔をし、オレは舌を出して嘲笑した。


「ふんっ」


 男の勢い良い拳が空を切る。

 ヴェンデの反撃は決まる。


「ゔっ」


 攻防はその連続。ヴェンデは手加減して一発で終わらせずダメージを蓄積させる。

 それに意味は殆どない。実感を沸かせてくれるだけでどうでもいい。


「がっ……!!」


 ヴェンデはそれに飽きて最後に強烈な一撃を繰り出し戦闘を終えた。

 その後、悠々と歩き出し一人の女性の下へ移動した。横には男性もおり、夫婦で間違いない。その瞬間、オレはまた口角を上げた。


「ん……!?」

「なっ!?」


 ヴェンデが女性の唇を奪ったのだ。

 それにはオレとヴェンデ、気絶する男とレーター以外が驚いた。

 面白くなりそうと思ったオレはヴェンデの前の二人の氷を解いた。


「な、な、何をしているっ!」


 いきなりのことに男性、旦那の方が慌てふためく。ヴェンデは気にせず女性と唇を重ね、女性の感度を魔法で弄り、その先へと進む。


 目の前で見せられる光景に誰もが口を開き呆然とする。

 しかし、やはり旦那というべきか、男は拳を握りヴェンデに襲い掛かる。

 バンッ――――。


「何だ!? これは!」


 ヴェンデと男の間に透明なガラスのようなものが現れる。結界。バリア。呼び方はどっちでもいいだろう。それが旦那の拳を防いだ。


 ヴェンデはその光景を見て動じることなく更に激しく女性を弄び始める。プラスして、旦那の首に鎖を繋ぎ膝をつかせる。

 そしてとうとう――――行為を始めた。


「ぬああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 旦那の悲痛な叫びが響き渡る。

 オレはそれを聞きながら、野生的な部分が出てんのか? と獣人のことについて考えた。

 だが現実でも特殊な趣味趣向を持ってる人間もいることを思い出し、ヴェンデは旦那の心を壊すためにやってるのか、と結論づけた。


 まあでも実際、いきなり口づけ、行為を始めたとしても気持ち良くはないはずだ。自分が女になって想像すれば早い。

 好きでもない、心を許してもない人間の異物が侵入してくるのだ。気持ち悪くて仕方がない。


 旦那を始め、獣人たちはそんなことを知らない。相手にされないなら行為自体がないからだ。

 ただ人間は違う。欲望のままに犯す、強姦してしまう者たちも存在する。


 タチが悪いのは感度を弄る魔法で気持ちよくなってしまってること。ただそれを知るのはオレとヴェンデのみ。

 必然。


「ぬああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!! があぁぁぁああああああぐぅううううううゔゔゔッッッッッッ!!!!!!」


 こうなる訳だ。

 旦那は猛烈にヴェンデを睨みつけ、拘束されながらも激しく動き訴え続ける。


「お前はアレを見てどう思う」

「んあ……え!?」


 横にいるレーターに話しかけ、意識を目覚めさせる。

 目の前の光景に目を向けさせ、本音を聞き出してみたくなった。

 すると。


「ぃゃ……いや、だ……」


 レーターの本音が溢れた。

 一時の感情で選択を間違えた。レーターを見てそう感じた。それをあえてオレは告げる。


「選択を誤ったな。もう昔のお前たちには戻れない」

「ぃゃ……っ…………ぃゃ、ぁ……」


 後悔。

 その感情を初めて表で見た。

 ちゃんと絶望することで、初めて後悔するのか。オレはそれを今学んだ。


「うわー、修羅場だなぁ。はっ」

「リーダーか? アレっ」

「公衆の面前で、ですか」

「旦那、心イカれたな。ふっ」


 後ろから声が聞こえ、両サイドの集落が片付いたことを理解した。

 ヴェンデはそれに気づいてか、最後に女を果てさせると、地面にそのまま捨てて隷属魔法を使用した。

 その後衣服を整え旦那に向き直る。


「子の責任は、親にあり。ってな」


 瞬間。旦那は細切りにされ、ボトボトと肉片が音を鳴らして地面に転がった。

 ヴェンデはそれに興味を無くし、気絶している男、肉片の息子に剣を突き刺し持ち上げ、族長らの眼前へ運ぶ。


「やめろ……」

「……」

「やめてくれ……!!」


 族長二人の言葉を聞いてそれを空中に投げると、父親同様に細切りにした。その後、族長ら親類も全て肉片に変え、この一件を終わらせた。


 オレは最後に、三つの集落の痕跡を消すため、氷壁で囲んだ地域全てを凍らせ、跡形もなく粉々に粉砕した。


 更地になり見通しも良くなったそこに、認識阻害を使用し領域として確保しておく。

 ダンジョンや領域の楽園だけでは収まりきらなくなるかもしれない。それを危惧して確保した。


 その後、オレとヴェンデ達は転移魔法で領域に帰還。

 ダンジョンにて階層を新たに六つ作成して、一人一人に与えた。

 ヴェンデの階層には、奴隷にしたレーターと犯された女。他の奴らの階層にも、オレが隷属させた夫婦一組ずつを与え階層内で自由に過ごさせた。

 ただ殺しはしないよう。とだけ伝えた。


「ただいまー」

「おかえり……!」


 カミ子の声を聞いて、帰って来たことを改めて実感する。ただ今回は疲れた。大規模な魔法を使いすぎた。

 夜も遅いため、今日はもう寝よう。


「おやすみ」

「……おやすみ」

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