第21話 獣人化と育成




 目の前で見る鹿は思ったより大きく、食べる気にもならないことを理解した。


 体長は三メートルは余裕で超えている。

 それに立派なツノを持ち、それだけでも二メートルはあるんじゃないかと思わせるほどだ。


 森の主とカミ子が言うほどの風格はある。

 それに、狼ですら勝てないというのも間違いない。

 スラっとした肉付きではなく、筋肉が隆起しその形がわかるほどの鎧を身につけている。


 ちょっとやそっとじゃ気絶させることもできないかもしれない。

 ただ、この鹿を仲間にできればかなりの戦力になる。

 獣人化させ、契約さえすればいい。


「全開だなっ」


 力を出し惜しみすることをやめ、最初から全力で叩き潰すことを決める。


 思いっきり地面を踏みつけ瞬間移動レベルの速度で鹿の体躯に迫る。

 ダンッ―――。

 地割れする音が響くと鹿はようやくオレを認識した。


『ブウウン』


 鹿はため息のような音を立てて気だるそうに、しかし早い動きでオレに向けてツノを突きつけて来た。

 太く鋭いツノは、当たれば余裕で穴を空けると感じさせるほど。


「フッ」


 ツノが当たる手前で空中へ跳び、その攻撃を回避する。

 回避されたツノはそのまま地面に突き刺さり、広範囲に亀裂を入れる。


 オレは少し離れて様子を伺う。

 鹿は何も気にせず地面からツノを抜き土を抉り取る。


「何を遊んどる。早くせえ」


 茂みからカミ子の声が届く。

 確かに、見た目と雰囲気にやられて過大評価してしまったようだ。


 鹿の攻撃は初撃で様子見もあるかもしれないが、余裕で回避できるレベル。

 主と言ってもこの森の中での話。

 さっさと終わらせて獣人化させよう。


「凍ったこと無さそうだな」


 オレは一言呟き氷魔法を発動させ、鹿を足から頭まで一瞬で氷漬けにする。

 ただ、このまま絶命されても困るため、三十秒ほど数えて氷を消滅させた。


「気絶してるな。それじゃあ、始めよう」


 目を閉じ気絶する鹿に手をかざしスキルを発動させる。


 カミ子の時とは違い体がグニャグニャとなることはなく、光を放ち姿を変えていく。

 スキル獣人化は、オレの血も知識も与えないためそこまでグロテスクな変化は見られなかった。


 イメージした姿は気だるげな青年。

 顔つきは青年だが、勿論性別は無くした。

 カミ子同様、オレの手足となって動いてもらうため、個人の時間を殆ど与えることはない。


 まあ、後々変化させることも視野に入れておいてもいいかもな。

 ただ、今はそういったことはやめてもらう。


「契約」


 変化させた鹿に対して契約で世界へと宣誓する。

 これでこの鹿はオレに歯向かえない。

 後は名前だが……。


「鹿の子だからなぁ……でも男っぽいから、カノにしよう」


 鹿の獣人に名前をつけると同時に、オレは身につけてもらう衣服を創造する。


 目を閉じてるため茶髪とゴツい体しか分からないが、茶色の明暗様々な色合いのもの。少しダボっとさせた服を創造する。


 ただ、やはり目の色を知りたかったため瞼を強引に開き瞳の色を確認する。


「んがぁっ……何をする‼︎」

「……」


 瞳の色は赤色。

 それを確認すると出来上がった服に赤色の紋様を所々入れていく。


「おい! 何とか言え‼︎」

「これ着ろ」

「あ、はい。身につけさせてもらいます……て、違うっ‼︎」


 ノリツッコミを披露するカノに冷たい視線を送り続け、着替え終わるのを待った。

 カミ子もいつの間にかオレの隣でカノの姿を観察していた。


「えぇ……と、何故人間に?」


 自然と着替えていたため気づくのが遅れたのか、今更ながらに獣人化したことを尋ねて来た。


「お前を倒した。それでオレが仲間を増やしたかったから獣人化させた。お前に拒否権は無いぞ。従え」

「なるほど。わかりましたっ!」


 腕を体の横につけ指先までピンと伸ばしてカノは大きな声で返事をした。

 さながら軍の隊員のようだ。

 イメージした気だるげな要素が顔だけで少し残念だが。


 もしかしたら、血や知識を少しでも加えたら違ってくるのかもしれない。

 しかし、それは代償が大きいためやめておこう。


 オレは気を取り直して狼二種の獣人化を行うため、カミ子に案内を頼む。


「次だ、カミ子。案内してくれ」

「分かった。コイツの名前は?」

「カノ、だ」


 カミ子はオレからカノの名前を聞くと返事をして向き直る。


「そうか。カノ、今は仲間を増やす活動中で、お前のように獣人化させる獣の元へ今から行く。静かについて来い」

「了解です。えぇ……と、お名前は?」

「カミ子だ。お前の主の肉親だ」

「おお、そうでしたか。了解しました。よろしくお願いします」


 オレより丁寧な対応をカミ子に行うカノを見ながら違和感を覚える。

 しかし、ここでそれは言い出さずにカミ子の後ろについて行き、狼の元へと向かった。


 カミ子の正体を知ってて恐れているのか。それとも何か企んでいるのか。ただの偶然か。

 判断はつかないが完璧な信頼は出来なさそうだ。


「着いたぞ」

「じゃあ、行ってくる」


 オレはその場に着くなりすぐに姿を現す。

 黒い毛並みが特徴の、カミ子とは正反対の狼たちがかなりの数集まっている。


『ヴゥゥ……』

「凍れ」


 一匹がオレに気づき唸り声を発するが、次の瞬間にはこの場に居合わせた狼を全て氷漬けにした。


「獣人化……契約」


 一連の行動を終わらせカミ子たちを手招きして呼ぶ。


「コイツらのことは後回しにする。カノ」

「はい」

「ここでコイツらを見てろ」

「留めて置けば良いですか?」

「ああ。カミ子、次の場所だ」

「わかった」


 カノに指示を出し、衣服を置いてカミ子ともう一つの狼の集団の元へ向かう。

 カノを監視に当てたのは、獣人化を終わらせて戻って来るため、その場に居てもらわないと困るからだ。

 説明するならまとめての方が楽だからな。


「ここだ」

「ありがとう」


 前を行くカミ子が止まり、指で灰色狼の集団を指し示す。

 オレはそれに礼を言い、再び氷魔法を放った。

 その後は、先程と同じで獣人化、契約を済ませた。


「お前たちの命はオレが預かる。従え」


 オレは裸の獣人たちを前にして告げる。

 ただ、まだ状況が掴めておらず、それぞれキョロキョロと周りを見て人間になっていることに目を見開いていた。

 僅かであるが、目の前にいた者数名だけこちらに視線を向けた。


 しかし、少し離れた者たちには全くオレの言葉は届いてなかった。

 オレは何回も話すのが面倒に感じたため、もう一度氷魔法を放ち、口を開いた。


「聞け!」

「……‼︎」


 再び動けなくなったことに気づき、そこでやっと全ての獣人たちがこちらに顔を向ける。


「お前たちを氷漬けにして獣人にしたのはオレだ。死にたくなかったらオレに従え」


 一瞬の静寂が訪れる。

 しかし、次の瞬間、その言葉を理解した者が声を上げた。


「従う……? 何で俺がお前に従わなきゃ行けねぇんだ」


 その男はガタイも良く狼時代に付けられたであろう傷が目立っていた。

 歯向かう奴が現れるとは思ってなかったため、一瞬だが言葉に詰まる。


 しかし、トップはオレでなければならないため、他の獣人たちの氷を消滅させ、その男のみそのままにする。


「死にたいか?」

「っ……」


 男の元へと近づいていき、目の前で問う。

 その男は状況も相まってか、怯み声を出さない。

 オレはそこで男が負けを認めたと捉え氷を消滅させた。


「今から服を着てもらう。その後はオレに着いて来い」


 一言告げ、オレは服を人数分創造して渡して行く。

 その後、文句を言う者は誰も居らず、着替え終えるのを待ちカノの元へと向かった。


「助かったよ、カノ」

「いえいえ。お疲れ様です」


 到着してカノに礼を伝える。

 着いてすぐに獣人が服を着ていたため、カノが指示したことを把握して伝えた。


「やっとスタートか」

「もう我に任せても良いぞ?」

「そうか。オレの考えは分かるか?」


 隣に立つカミ子の発言の真偽を確かめる為に告げる。

 普通の人間では無理な話だが、オレの血と知識が入っているカミ子なら同じ答えを出すことも理解できる。


 それに、短時間だがカミ子には安心感がある。

 もう任せてみるのもアリだと感じ、オレはカミ子に考えを口にさせた。


「色々あるが、コイツらに話すべきことは人間的生活を送ること。子孫繁栄。戦闘能力の強化。知識の取得。我々の組織の一員として生きること。だろ?」

「ふっ……ああ、そうだ。オレは洞窟を探索するから頼んだぞ」

「了解」

「カノも頼んだぞ」

「はい」


 カミ子の発言を聞き、必要最低限は満たしていたため任せることにした。

 そして、ボーッとしているカノにも一言告げてオレは洞窟へと向かった。

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