第52話 王女の帰還




 チャヤナに帰還した第五王女クルルは、事の経緯を当時共にしていた使用人と報告書にまとめていた。


「本当にご無事で良かったですぅ……」

「何回目よ。早くこんなもの終わらせましょ」

「はいぃ……」


 クルルは責任を感じる使用人に淡々と告げる。

 それは責任を感じさせない為もあったが、犯人をほとんど特定していたからだ。

 その人物の名前は――――。


「クルル王女。戻られたのですね」

「ええ。ある商人がたまたま助けて下さいました。クロノさん」


 クロノ。

 チャヤナに召喚された勇者だ。

 クルルたちは知らないが、ヒロトとマサキを困らせている侵入者だ。


「それは良かったですね。皆さん心配されていましたので」

「ええ。今後は心労をかけぬよう生活して参ります。作業をしたいので、ここまでで」

「分かりました。また来ます」


 クルルは閉まる扉を見つめ、扉が閉まり切るとため息をついた。


「はあぁ……」

「私苦手です。あの方」

「私もよ。それに、今回の件は彼が仕組んだものだと思うわ」

「えっ……それは本当ですか?」

「そうよ、絶対ではないけれど。お兄様お姉様が行う理由がないし、お父様やお母様が行う理由もない。そうなれば突然現れた彼を疑って当然」

「確かにそうですね」


 クルルはきっかけになったであろう話は伏せ、使用人に考察を言い聞かせる。


「影の者に伝えておきます」

「ええ。そうしておいて」


 そのきっかけが、クロノの告白を断ったことから何て誰も思いもしない。クルルはそう思いながら報告書をまとめていった。


 それから数日、元の生活に慣れて来た頃。

 クロノが動いた。

 それは、王女の拉致監禁を行った人物を見つけたということ。クルルはそれを使用人から聞き、まさかと思って現場に向かった。すると。


「この男こそ、クルル王女を連れ去った悪人である。名はマサキ。商人という仮面を被った極悪人である」


 広場でクロノがマサキを縛り上げて演説していた。

 広場といっても王族しかいない場所。

 しかしそれは王族にとって都合が良く、クルルの両親である国王と王妃も演説を聞き入っていた。


「ダメです。クルル様。これより先へは行かせません」

「どうして……!?」

「国王様の指示でございます」


 クルルは恩人であるマサキを助けるべく駆け寄ろうとする。しかし近衛兵によって止められ、マサキには罵詈雑言が降り注ぐ。


「私のこの剣で悪を葬り、皆様に安寧をもたらしましょう」

「おおぉ……勇者の剣だ」

「素晴らしい」


 クロノの芝居に王族は気づかない。

 見せしめとしての斬首刑。これには王族も高揚する。

 今か今かとその瞬間を待ち受け、空気は最高潮へ達する。


 ただマサキは静かだった。

 連れられて来てから今の今まで、一言も発することなく従順に従っている。


 そこに疑問を持ったクルルは、胸の内を覆う不安に少しの希望を抱く。それは――――正解だった。


 クロノが剣を振り下ろす。

 瞬間。パンッ――――と音が響き、何かが壁にぶつかる。

 誰もが一瞬の出来事に目を丸くし、煙が上る壁と罪人であるマサキに視線を向けていた。


「アイツか」

「ああ」


 ここでようやくマサキが言葉を放つ。

 ただもう一人、そこには見知らぬ人間が居た。


「誰だ……」

「侵入者……侵入者だ!」


 一人の男が叫ぶ。

 しかしすぐに動けるものはおらず、吹き飛ばされたクロノと二人のならず者を見守る状況となる。


「強すぎだろっ…………」

「クロノ様っ」

「無事なのか……?」


 煙から姿を現すクロノに興味が移る。

 溢された言葉には、理解不能、嫉妬、苛立ちと複数の感情が含まれていた。

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