第15話 オオカミの子




 狼を気絶させ、オレは自らの腕に傷をつけ、血を流し出す。

 フサフサとした白髪に、赤い滴が染み込んでいき、オレが限界になるまで続けていく。


「よし……次だ」


 傷口に魔力を込め、手早く処置を施す。

 その後、かなりの疲労感を抱えつつ次の行動へ移る。


 右側頭部に人差し指を突き立て、魔力を流し込みながらイメージ具現化する。

 蓄えてきた情報や知識、忘れているであろうことまでを光の球体にして引き出す。


「くっ……」


 コピーであっても、かなりの負担が掛かる。

 怠さに加え、一瞬の激しい頭痛が走る。

 それに耐えて、光の球体を血塗れの狼に付与し、狼に対して魔力を注ぐ。


「やっぱり……代償がっ」


 意識を強制的に持っていかれそうになる。

 神だけが行えるような、人を生成するという行為。


 この世界に人としてダイブしていることが、この代償を引き起こす原因なのだろう。

 だが、止める気はない。


 目の前の血塗れの狼は徐々に形を崩し、スライムのようにグニャグニャと動き暴れる。

 そこに獣人の姿をイメージしながら魔力を注いでいく。


 狼の大きさから察するに、大人の獣人は作れないだろう。

 だから、オレより少し若い小六ぐらいの背丈をイメージする。


 髪を伸ばせば女性のように、短ければ男性のように見える中性的な顔立ちを思い浮かべる。

 だんだんと形が形成され始め、思い浮かべた通りの大きさ、顔の造形が行われていく。


 途中の段階は見せることが出来ないほどにグロテスク。

 しかし、それはだんだんと落ち着いていき、白く発光して完成を告げた。


「やっと……か」


 膝をつき項垂れ、地面を見つめながら呟く。

 体からは汗が止まらず脈拍も明らかにおかしい。

 視界もかすみ始めた。


 少し視線を上げれば、一人の子どもがそこに寝ている。

 ただ、起きる気配がない。

 オレはそれを感じとり、少しの間回復しようと体を捻りながら地面に背中をつけた。


「代償がデカすぎだ……魔力を、増やさないと」


 今回起きた問題を受け止め、次に繋げるために解決案を思い浮かべそのまま口にする。

 目を瞑りながら休み、呼吸を整えていく。


 視界からの情報が消え、触覚と聴覚が自然と敏感になり、地面の冷たさや葉擦れの音を伝えてくる。

 その心地良さに意識もボーッとしてきて浮遊感が襲ってくる。


「……ん。ああ、そうか」


 どれくらい経っただろうか。

 いつの間にか意識を手放していたオレは、瞼を持ち上げて時間経過を確認する。


 さっきまで広がっていた青い空は薄暗く、かなりの時間が過ぎたことを告げる。

 オレはそこで体に力を入れて起き上がる。


「はぁぁ……って、まだ寝てんのか」


 体を起こし、目の前の子どもを見て呆れながらボソッと呟く。

 獣人の創造には成功しているため、既に起きていても何ら不思議ではない。


 しかし、オレが眠る前の体制から全く変わっていないのだ。

 オレは仕方なくその獣人を抱え歩き出す。


「すぅ……すぅ……」


 寝息を立てながら気持ちよさそうに眠る表情に、僅かばかりの愛おしさを感じる。

 生み出したという部分も関係しているだろう。

 起きた時の反応を早く見てみたいものだ。


 オレはただの獣から獣人になったと知った時の反応を想像しながら帰路に着く。


「うぅん……はああ……っ……⁉︎」


 腕の中で眠る獣人の体が硬直したことを感じる。

 そこで視線を下げて挨拶を試みる。


「おはよう。君は―――」


 ペシッ、と乾いた音が響いていく。

 挨拶の途中で、腕の中から頬を叩かれた。


 困惑しているのは理解できたが、手を出してくるとは思わなかった。

 しかし、頬を叩いた犯人は、自分の手を見つめて固まっていた。


「すまないが事情を説明する」


 驚く獣人の子を降ろしながら、事の経緯を話すことを伝える。

 すると、獣人の子が口を開く。


「ど、ど、どうなってんだっ⁉︎ 我の手が人の子のようにっ……‼︎」


 こちらを見ながら大声で尋ねてくる。


「いきなりで悪いが、君を獣人に作り変えた。オレの血を大量に使ったから……そうだね。君はオレの子どもになるのかな?」

「な、何が子どもだっ! 元の姿に戻せ‼︎」

「できないな。君はオレに負けたのさ。それは覚えてるだろ?」

「……」

「殺してもよかったが、偶々オレが獣人を作りたかったからそうなったんだ。弱肉強食の世界だろ?」

「……わかった。わかったよ!」


 弱肉強食。

 それを口にしたら目の前の獣人の子は置かれた状況を理解した。

 ただ、気になることがある為、オレはそれを尋ねた。


「理解してくれて何より。ただ、一つ聞かせてくれ」

「何だ?」

「今までに無い知識が君の中にはあるだろ?」


 そう。そこだ。

 わざわざ苦しみながら行ったんだ。

 それがなければ、同じことを繰り返さなければならない。

 オレはそれが面倒であり、苦痛である為確認した。


「ん? ああ! 何か変な記憶があるぞ?」

「そうか。それは良かった」

「良いのか? これ」

「ああ。君にはある役割があるからね。そうだ、その前に……」

「な、何だ?」


 オレはよぎった思考から念のため獣人の子にある魔法を施すことにする。


「ん? 何をしたんだ?」

「契約さ。君がオレのものだってことを世界に対して宣誓したのさ」

「な、何だ、そういうことか……早く言えよ」

「とりあえず名前が必要だ……狼……オオカミ……カミ……子、カミコ。カミ子。うん、それでいこう」


 安直なネーミングであるが名前をつける。

 オオカミの子どもでカミ子。

 いい名前だな。


「よし、カミ子。これから頼むぞ」

「カミ子。名前か……まあいいや。任せとけ」


 カミ子は次第に落ち着いてきて、人のように振る舞うことに慣れてきた。

 記憶や成形がやっと定着してきたのかもしれない。


 ただカミ子がオレの所有物だという契約。

 勝手に獣人を作り、それが神の行いでも無いため世界がエラーを出して、カミ子を混乱させていたのかもしれない。


 そこに契約魔法で、オレが作ったと宣誓することで世界が処理できた。その可能性がある。

 今後も活かせる技術になるかもしれない。

 覚えていた方が良さそうだ。

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