第29話 ダンジョン運営




 一階の入り口から映像を進めていく。

 魔力を媒介にして映すそれは途切れることなく映し出され、鮮明にゴブリンを捉える。


 入り口付近には罠を仕掛ける者たちが主に活動している。

 ダンジョンとは言っているが、コイツらからしたら棲家すみかなのだ。

 奥に侵入されないように数多くのトラップが設置されている。


 ゴブリンたちが外へ出る方法は転移陣。

 そのため、それらを破壊する必要もなく、そこに割く人員は少なくて済むようになっている。


 今も外へ出向く者たちは転移陣から現れ、トラップを無視してダンジョンを出て行った。


「ん? 殆ど出て行ってないか? 中の警備はどうする……」


 一つ疑問を持ち、オレは映像を動かしていく。

 ゴブリンに指示したことは、外界で獲物を捉えることと繁殖すること。

 それ以外には口出ししていないため、もしこの間にダンジョンを守る者たちが居なければ指示しなくてはならない。


「居るなぁ……一つの集団で警備か、なるほどな」


 すぐに残ったゴブリンたちを見つけホッとする。

 これで進化したゴブリンたちはそこまで馬鹿じゃないことが判明した。

 もうそろそろ次の段階に移行しても良いかもしれない。


 統率できているならすぐに実行も可能。

 オレはそれを見極めるために、ゴブリンたちが帰還してすぐにダンジョンへと向かった。


 薄暗い通路をゆっくりと歩いていく。

 ダンジョンマスターであるため、罠の位置も理解できてスムーズに移動することができる。


 地下一階からの移動であるため罠の数は少ないが、足音に多くのゴブリンが飛び出してくる。

 ただ、オレの姿を見るとすぐに武器を捨てて何とかして降伏をアピールする。


 無意識に失礼なことをしたと感じての行動。もしくは、強さが違いすぎて命が惜しかったための行動かは判断つかない。


 それを繰り返し、最下層のボスの間に足を踏み入れる。

 勿論そこにはリーダーがおり、こちらに視線を向けてくる。


「やあ。強くなってるね」


 手を挙げ再会の挨拶をする。

 そのゴブリンは、はじめに生成したゴブリンの内の一体であり、魔力の質が他とは一段と違っていた。

 そのためオレは、そのゴブリンを褒めつつ歩みを進める。


『グゴゴゴ』


 以前とは違い低い声でゴブリンは何か返事をした。

 何となく歓迎しているのは分かるが、言葉が扱えないのは不便だな。


 わざわざゴブリンたちが話す言語を覚えるのも面倒だが、今後こういったことも起きてくるだろう。

 言語系のスキルを取得しても損はない。


 オレはそう思い、目と耳と頭に魔力を集めてゴブリンを改めて見る。

 目でゴブリンたちが話す口を注視し、そこから発せられる音を耳で捉える。

 それを日常的に使う言葉と照らし合わせていき、先の言葉を理解する。


『グゴゴゴ(恐縮です)』


 なるほど。

 低い声は謙遜と向上心から来る誠実さの現れだったようだ。

 そこで完全にゴブリン語を理解すると、スキルに言語理解が追加された。


『指示したことがちゃんとできてるみたいだね。素晴らしいよ』

『……!! いえ、勿体なき言葉です。我々の言葉を使ってくださり感激です』

『まあ、ズルだけどね。とりあえずこれからの君の考えを聞かせてくれないかな?』

『はい、わかりました』


 ゴブリンのリーダーは、返事をすると近くの者に椅子を用意させ、オレをそこへ座らせた。

 そこから今後の計画、どう種族を増やし個体を鍛えていくか話し始めた。


 それはオレが指示した獲物を取ることと繁殖することを軸に考えられており、そこまで難しいものではなかった。


 既知の範囲に小拠点を築き探索範囲を広げること。

 特性別で役割を変え、それに伴う働きをさせること。

 一匹のオスに複数のメスを当てがい、繁殖の期間を空けないこと。

 小拠点にて産まれた者たちの教育をダンジョンで行うこと。

 そこから更に領域を広げていくこと。


 まとめると、これらを猛スピードで回していくことをリーダーは告げた。

 まるで一つの街。

 国と言っても過言じゃないかもしれない。


 むしろ、人が築く国より発展は早く、近隣の街をすぐに飲み込む勢いを見せる恐れがある。

 単純だが優れた計画だ。


『素晴らしいね。ただ、一回に広げる範囲は狭くした方がいいね』

『理由をお聞きしても?』

『簡単さ。ダンジョンまでの距離が開くと伝令が遅れる。そうなると襲撃された時にダンジョンまで押し戻されてしまうからね』

『おお……流石です。マスター』


 ゴブリンは考えついてなかったのか尊敬の眼差しをオレに向けてくる。

 ただ、今言ったことは魔法が使えなかった場合だ。


 人がスキルの取得をできるんだ。

 魔物だって出来る。いや、既にそれは経験済みだな。

 現に目の前のゴブリンは魔物の中では相当頭がキレる。


 ステータスで確認しても一目瞭然。

 周囲に控えるゴブリンたちと比べてスキルの数も、種類も違う。


 オレは今発言した言葉に付け加えるかたちでスキルについても触れる。


『だが今のは何も出来ない奴らを気にしての策だ』

『それはどういうことで?』

『お前たちが全員体だけで戦う者たちなら今の策が必要だ。しかし、お前たちは道具や魔法、スキルも使える』

『ええ、魔物ですのである程度は使えます』

『そう、そこだ』

『……なるほど』


 ゴブリンは口にすることで理解したようだ。


『ダンジョン手前は教育上がりのひ弱な者たち、遠くへ行くごとに強者が出向く形にすることで循環は更に強化される……』

『そういうことだ。今見た限りだと歴戦の者たちとヒヨッコが一緒に狩りへ向かっている。ただそれは、どちらにとっても最大の利益を得られていない』


 ゴブリンに新たな視点を得てもらうため、オレは出来るだけ分かりやすく説明した。


『最大利益を追求すれば、それに伴い損失も限りなく無くすことに繋がる』

『……』

『次のステージに行く時だ。やってみせろ』

『っ……!』


 オレは期待して発破をかける。

 ゴブリンはそこで目を見開き勢いよく立ち上がる。


『全員集めろっ!! 動く時が来た!』

『い、急げ!』

『キタキタキター!!』

『数人狩りに出ている。ついて来い!』


 リーダーに怒号のような命令をされたゴブリンたちは、急いでその場から動き出した。


 流石リーダーといったところか。

 統率力が桁違いだ。

 オレはそういうタイプではないため素直に感心する。


 面白そうだしこのまま見ていよう。

 立ち上がり少し離れた場所に移動する。

 フロア天井付近の側壁から、座れる程度の台座を魔法で構築して座る。


 ゴブリンリーダーはそれをチラッと見ると何も言わずに仲間が集まるのを待っていた。


 ゾロゾロとゴブリンがフロアへと入ってくる。

 フロアの広さはこのダンジョンで最大。

 オレたちや獣人たちの住むフロアよりも二回りほど大きい。


 そこに集まる訳だが、既に内部は密集している。

 数人の幹部らしき者たちは二階にあたる部分へと移動して密集地帯を避けていた。


 ゴブリンリーダーは、階段を登った先の椅子に座り景色を眺める。

 あからさまな権威に、オレは逆に高揚する。


「すごいなぁ……人間ではないから映える様か」


 人間がやった時の映像を思い浮かべて、その絵面に違和感を感じて幻滅する。

 ゴブリンたちの動きが止まり、リーダーが一度深呼吸をする。

 その瞬間、フロアはシンと静まり一匹のゴブリンへと注目が注がれる。


『動く時が来た。我々は、ダンジョンから外界へと侵攻する』


 静まる空間。

 しかし、次の瞬間。


『うおぉおおおおおおおおおおおおッッッッッッ‼︎』


 怒号が響き渡りフロアは揺れる。

 待ちに待った。

 そんな感情が見えて歓喜と興奮が空間を埋め尽くす。


 スッとゴブリンリーダーが手を挙げる。

 すると、すぐにその怒号は止む。


 素晴らしい。

 ゴブリンたちは、オレの知らぬ間に予想を超える統率された組織へと変わっていたのだ。


 これを他ダンジョンの魔物たちでも出来たらと考えると、ゴブリンたちとは違う興奮が湧いてくる。

 そこで一瞬魔力が揺れる。いや、揺れてしまった。


 その瞬間、一体の幹部ゴブリンがこちらへ突撃してくる。


『何者だっ‼︎』

「危ないなぁ」


 粉砕された台座を見ながら落下する。

 ゴブリンの拳は壁に突き刺さり、着地した足の下はひび割れている。

 それを見るだけで威力はかなりのものであると理解する。


『侵入者は殺す!』

『止めろっ、その方は……』


 ゴブリンリーダーが止めようと声を掛ける。

 しかし、既にそのゴブリンはこちらへと移動を開始している。


 恐らくゴブリンの耳には風の音しか聞こえてないだろう。

 オレは仕方ないと思い相手をすることを決める。


『死ね』

『無理だよ』


 オレとゴブリンが接近する。

 瞬間。

 ダーンッ――――と、フロアに音が響く。


 それはゴブリンたちには初めての経験。

 オレは取得していた雷魔法を発動させた。


『かはっ……』

「顔も忘れたのか、コイツ」


 身体中から煙を上げるゴブリンを見ながら一言呟く。

 侵入者として見られてもおかしくないことをしていたが、生成した奴に襲われるとは思わなかった。


 襲って来たのが最初に生成したゴブリンの一体であったため、少しばかり残念に思う。

 繁殖から生まれたゴブリンたちですらオレを襲わない。


 コイツは少し違うのか……いや、ただ調子に乗っていただけだろうな。

 オレは問答を自己完結させ倒れるゴブリンに近く。


『覚えてないか? オレのこと』

『あ、あなたは……マスター……』

『そうだ。今回のことはオレにも非があるから命までは奪わねえ』

『ありがとう……ございます』


 ゴブリンの感謝の言葉を耳にする。

 理不尽なことであるがこれは受け止めてもらおう。


 ゴブリンの体に左手で触れ、体が治るようイメージをする。

 そこに魔力を注ぎ治癒を行う。


 みるみるうちにゴブリンの体は元の色艶いろつやに戻り、治癒魔法は成功する。

 オレは集会を邪魔してしまったため、ゴブリンリーダーの元へと向かい続けるように伝える。


『すまないな、邪魔をして』

『いえ、丁度良いですのでご紹介させてください』

『わかった』


 ゴブリンリーダーは文句を言わずチャンスだとばかりに集まったゴブリンたちにオレを紹介した。


『この方は我らが住まうこのダンジョンのマスター様である。先の戦闘は皆に紹介するため我が用意した催し。今後出会えば挨拶をするように』

『おぉぉ……』


 リーダーは機転を効かして罰を受けるはずのゴブリンを救った。

 オレの紹介という体だが、今回の出来事を丸く収めるには丁度良い。


『オレがこのダンジョンマスターだ。今後男たちはレベルの底上げ、戦術理解、偵察能力の向上を目指してもらう。女たちは更なる魅力の向上だ』


 紹介してもらったためせっかくなので発言させてもらう。


『他にも、全員に他種族の言語理解や念話の取得を行ってもらう。お前たちは優秀だ。必ず成功させろ』


 全てのゴブリンに発破をかけるよう告げる。

 オレは話し終えるとゴブリンリーダーに挨拶し、その場を後にする。


『じゃあ、また来るよ』

『ええ、是非おねがいします。ありがとうございました』


 フロアの出入り口に向かう。

 ゴブリンたちは左右に分かれてオレに道を作る。

 そこを歩き、オレはフロアから退場する。


 フロアから出て少し歩いていると、後ろから怒号が聞こえてきた。

 集会が再開したことにホッとする。


 一つの仕事が終わり、オレは気を抜きながら帰路についた。


「しかし凄かったなぁ、リーダーの統率力」


 先の出来事を振り返り、印象に残った部分を口にした。

 オレが持っていない能力であるため鮮明に映る。


 ただ、それを欲しがることはない。

 それぞれに違う能力があり、それを伸ばすことが最善であることを既に知っているからだ。


 オレはオレでやりたいことをやればいいだけだ。

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