第32話 帰還と報告




 自室を出ると、すぐ近くに獣人たちが待機していた。


「戻りました」

「ああ。お疲れ様。お前たちに聞くことがある」

「はい。理解してます」

「そうか。では話せ」


 一人の男が代表してオレと話す。

 帰ってきたのは五人。

 数十人といて、戻ってきたのがたったの五人。


 この五人は話を知ってるようだが、省かれたのだろうか。それとも、知っていてなお戻ってきたのだろうか。

 そんな疑問が頭の中に浮かぶ。


「僕たちは、族長らの話を念話で聞かされました。ヒロト様にお仕えすることが決まってもなお、大人たちは陰で不満を口にしていました」

「なるほど。良い機会であった、という訳だな」

「はい、恐らく。領域を出る日、ヒロト様が族長らに話をした日には念話で脱出する話もしていました。待機するはずだった女たちもそれに乗じて、という感じです」


 男は淡々と語る。

 しかし男の瞳には光が宿り、その奥には黒い復讐心を感じさせた。


 女にでも裏切られたのだろうか。

 約束を反故にされたといった感じかもしれないな。

 コイツは信用できる。

 オレはそう感じながら男の話の続きを聞く。


「あと一つあったはずだ。ダンジョンを自分たちのものにする。という話だ」

「ええ。おっしゃる通りです。族長らはヒロト様の力を見て日々嫉妬していました。ヒロト様がダンジョンを攻略なさったことも承知していましたし、地位を盤石にするため攻略するのだと思います」

「そうか」


 男は予測であったが考えられることを述べた。

 オレはそれを聞いて不思議に思うことはなく、そんなもんだろうと思った。


 オレの部屋を出て行く時や、会話した際の態度からしてそんな奴らだと思っていたため、特別驚くこともない。


 ただ帰還した獣人には一つ改善しなければならない点がある。


「話はわかった。お前たちもよく戻ってきた。しかし、今回獣人はオレを裏切った。お前たちが裏切り者でない可能性は高いが、念の為の措置を施したい」

「それは、どういう……?」


 男は不安げな表情を見せ、オレの次の言葉を待った。


「お前たちとは契約しているが、それでは裏切ることができるらしい。だから、より強いもの、オレに反抗できない契約を結ぼうと思う」

「……なるほど」

「ただ強制はしない。嫌なら今すぐこの地を去れ」


 あえて選択権を与え、信頼できる者を選別する。

 ここでその契約に異論がある場合、そいつは一旦逃がすことになるが結局は死ぬことになる。


 そこまで想像させて選ばせる。

 今後は一部の隙も与えてはならない。そう考え、オレはこの方法に至った。


 獣人たちはすぐに答えることはなく、その場には静寂が訪れる。

 目の前の五人は、オレの思惑通り考えているのだろう。


 契約を断ればどうなるのか。

 隣の奴はどうするのか。

 自分はどうしたいのか。

 そんな風に考えているに違いない。


 オレは一人で獣人を全て殺害することができる。

 それは以前に証明済み。

 獣人たちはそれも知っていて判断を下す。


 帰って来たというのが一つの答えでもある。

 だがそれだけでは確実な証明にはならないため、獣人たちの答えを待つ。


「僕は、それでいいです」

「一応理由を聞こうか」


 目の前の男が承諾した。代表して話していた男だ。

 やはりというべきか、瞳に宿ったものは嘘ではなかったようだ。


「正直、あのリーダーたちでは集団を維持、発展できないと思ってます」

「それだけか?」

「……いえ」

「言いたくないか」


 無理に聞き出すことでもない――――本来ならば。

 人に話したくないことは誰しも抱えているもので、そう気軽に聞けるものでもない。

 しかしここで引くことで、引っ掛かりを作り男が話す流れにする。


「番になる……そう約束した女が裏切り者たちの集落に行きました。僕ではない、他の男を想って……」

「そうか……よくぞ言ってくれたな」


 男はやはり女関係だった。

 男ならそれぐらい許せ。

 そんな声も上がるかもしれない。


 しかしそれを許せない人間も居るのだ。

 オレだってそんな風に思う一人。

 ただ他の男を選んだというところが引っ掛かる。


 もしかしたら脅されてる可能性すらあるが、目の前の男はそんなことも考えられないぐらいに視野が狭くなっている。


 当事者ならそうなっても仕方ないが、そんな希望に縋ってもいいんじゃないだろうか。

 まあ、オレだったら問答無用だ。

 脅された上で自分を選ばず、お互いの為とほざくなら腹が立つまである。


 命欲しさにそう決断したとしか思えないからだ。

 好きなら、一緒に居たいなら、嘘をつかずに選択して死ね。

 そう思う。


「他の者たちも理由を聞こうか」


 そこからオレは次々に了承した他四人の理由も聞いていった。

 一人は集団が苦手。一人は思考レベルのズレ。一人は家族からの逃避。一人は将来性。


 様々な理由ではあったが、どれもかなりのストレスを抱えている感じだ。


「わかった。お前たちの望みが叶う環境を作っていく。そのためにまず、裏切った奴らを討伐するために力をつける」


 その一言に五人は頷き、その日から力をつけるための訓練を始めた。


 丁度よくダンジョンには領域外ではレベルを上げることのできないゴブリンたちがいる。

 獣人たちにはそのゴブリンたちを相手にしてもらおう。


『――――というわけで、お前たちには殺さない程度でこの五人と訓練してもらう』

『了解しました』


 ゴブリンたちに説明をしていよいよ訓練が始まる。

 ゴブリンたちを目の前にした獣人たちは、いつもより動きが固く緊張している。


 普通のゴブリンでないためそれは仕方ないが、このままではうっかり死んでしまうかもしれない。

 オレはそこで五人に一言告げる。


「殺す気でやらないと死ぬぞ。お前ら」

「……しかし、これは無理が――――」

「目的を見失うなよ」

「っ……!!」


 五人に響いたらしく、目つきは鋭くなりゴブリンを獲物として見据える。

 これで多少は良くなった。

 オレはそう思って邪魔にならない場所で観戦を始める。


『オラッ!! いくぞぉおおおおおお!!』

「来いや、ゴラァアアアアアア!!」


 何故かわからないが噛み合う言葉を聞きながら腰を下ろす。

 ゴブリンリーダーが居る一つ上の階層で戦闘は始まった。


 オレは以前ボスフロアで行ったように、天井付近に座れる台座を魔法で出現させて見下す形で戦闘を見守る。


『どうしたどうしたっ!』

「くっ、強い……」


 オレと会話した男の獣人を見てみると、早くも苦戦していた。

 豪快に振り回される大剣を何とかいなして直撃を防いでいる。


「ま、こんなもんだな。初日は」


 オレは他四人の戦闘も流すように見て大体のレベルを把握する。

 最初からゴブリンたちを倒すことは期待していないため、台座から降りて戦闘を終わらせる。


『そこまで!』

「今日の訓練は終わりだ」


 ゴブリンを制止し、獣人たちに終わりを告げる。

 獣人の顔の前にゴブリンの拳が止まり、気絶一歩手前で一人の男を救う。


 獣人は脱力して地面に寝そべり、それとは対照的にゴブリンたちは威勢よく足で立っている。

 流石にレベルの差があり過ぎたようだ。


 オレはそう反省し、次回からの訓練メニューを変更することを決めた。


『また呼んだ時に相手してくれ。解散!』

「これから徹底的に追い込んでいく。覚悟しろ」


 オレは両者に一言ずつ告げてその場を後にする。

 自分自身の強化もする必要があるため、獣人たちの今日の訓練は終わりだ。


 階層を転移して自室に戻り、椅子に座って魔力操作を始める。

 その後、最小の魔力で最大の威力を出せるように見極める訓練を行う。


 これにはカミ子が手伝ってくれて、魔力同士を撃ちつける形で行った。

 カミ子が宙に浮かせる魔力球へ、瞬時に反応して同じ魔力量の魔力球を放つ。


 そんな風にして訓練を行い、残りの時間は転移陣の構築に使った。

 ダンジョン、結界外、集落と三つを経由できるものにするため少しばかり時間がかかった。


 翌日、目を覚ますとダンジョン内は獣人の者たちの声で騒がしく、オレは自室を出て様子を確認する。


「どうしたんだ?」


 そんな寝ぼけた問いに、焦りながらも真剣に、ここに残った獣人の女が告げる。


「大体の奴らが病にかかったんだよ」

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