第三章

第19話 洞窟




 集落からかなり離れた場所まで走った。

 カミ子の目覚めを促すために、川の近くで休憩を取る。


「ほら、顔を洗いな」

「……うん」


 いつの間にかオレの背中で熟睡していたカミ子は、目を擦りながらトボトボと川辺へと近づく。


 オレも清潔の魔法はかけていたが、それだけでは不快感が拭えない。

 そのため川辺へと近づき、水を掬って顔に浸した。


「ふぅぅ……やはりこっちの方が実感が湧くな」


 魔法の時より気持ち良さを感じ比較する。

 清潔の魔法で体は綺麗だ。だが、気持ち良さは無い。


 感覚的な体験が必要なのか、これまでの慣習のせいなのか、どちらにせよ魔法では得られない快感があるのを理解する。


「カミ子も早く魔法を使えるようにしないとな」

「魔法か。魔力とやらは何となくだが分かるぞ?」

「じゃあ、魔力操作と想像力を鍛えないとな」

「ふ〜ん」

「分かってないな。ほら」


 オレは興味なさげなカミ子に氷魔法を発動し、服と背中の間に小さな氷を落とす。


「ひゃっ……‼︎」


 カミ子は驚き、甲高い声を上げた。

 その際の、目を閉じ全身の力をギュッと込める姿はとても可愛らしかった。


「どうだ? 面白いだろ」

「面白くないっ……‼︎」

「そんな怒らなくてもいいだろう」


 オレは機嫌の悪くなったカミ子に一言告げ、準備が整うのを待った。


「終わったか?」

「…………うん」

「よし。じゃあそうだな……まずはこの近くに何があるのか探索だ」


 不機嫌なカミ子を無視してやるべきことを告げる。

 集落から離れて近くに何があるのかも分からない。

 そんな状況を早めに脱したいという気持ちと好奇心に従い、オレは次の言葉を告げる。


「感覚でいいから、ある程度探索したらここに戻ってきてくれ」

「一人か?」

「そうだ。二人別々でやった方が効率がいいし、情報の量が変わってくる」

「しかしなぁ……」

「不安だろうが、今後のことも考えての行動だ。今回は戦闘を避け、情報収集に徹してくれ」

「しょうがない」


 気持ちの切り替えが早く、カミ子はすぐに意見を変えて従う意思を示した。

 カミ子のそんな言動や表情を見ていると、半分以上オレであるにも関わらず、全く別物みたいに感じる。


 獣人化の特徴かもしれないため、一応心に留めておく。

 だが、獣人化する者たちは出来れば自分で考え動き、心配されないほど強くあってほしい。


 一人目のカミ子は例外でも構わないが、後々立場が危うくなる恐れもある。

 鍛えておいて損はないはずだ。


「それじゃあ出発だ。些細なことでも報告頼むぞ」

「分かった」


 カミ子の返事を合図に別々の方向へと動き出す。

 後ろを見ると、もう既にカミ子は姿を消しており、身体能力の高さを遺憾なく発揮していた。


「流石だな」


 オレは一言呟くと、視線を正面に戻し周囲を観察していった。


 集落から離れているが植生は変わらない。

 かなり広い範囲で同じような環境が存在しているようだ。

 すれ違う獣たちも変わらず、食事には困らなさそうだ。


「もっと奥に行くか」


 オレは近場では何も得ることができないと考え、少し遠出することを決める。


 魔力を使えば身体能力も向上させることが可能であり、移動速度も高めることができる。

 カミ子が早く終わっていても謝れば問題ないはずだ。


「お、変わったな」


 移動しながら景色が変わったことを確認し、未知の領域であることを理解する。

 植物の種類がガラッと変わり、木々の間から注ぐ陽の光も無くなった。

 魔力や魔法に疎い者たちならば迷いそうな森だ。


 もしかしたらオレたちがダイブした初期位置は、この森に囲まれた辺境であったのかもしれない。

 この森を進めば街に繋がる可能性が出てきてオレは少しばかり高揚する。

 だが、それと同時に不思議なモノを視界に捉える。


「これは……人工物のような、でもそんなに手が入ってない感じだ。不思議だな」


 入り口を紋様の入った石で囲み、その先は土が盛り上がった下に続くような洞窟を発見した。

 昔存在した文明の遺跡なのか、偶々できたモノなのか、知識が無いため判断がつかない。


「文明の遺跡だったとして、中はどうだろうか」


 何か手掛かりが掴めるか呟き整理する。

 遺跡だったとしても風化しておりあまり情報は期待できそうにない。

 それに、獣が棲家にしている場合もある。


 カミ子に言った手前踏み込むことは避けるべき。

 拠点を変えてここら辺で探索を続けるのが賢明か。


「今は……戻るか」


 ある程度と言ったが結構時間が経過しているため、情報を得て戻ることを選択した。

 来た道を戻るように走り、暗い森を抜け出す。


 すると、カミ子が向かいから走って来ていた。

 それに気づきオレは足を止める。


「ヒロトっ……‼︎ 遅いぞ」


 駆けつけながら怒鳴るカミ子は、何処か心配した雰囲気を纏っていた。


 かなり早く戻っていたのかもしれない。

 そう思うと、オレの遠出は心配をかけたことになる。

 そのため、オレは素直に謝ることにした。


「すまない。近くでは変わったことがなかったから、少し遠出していた」

「我が匂いを追えて良かったな」

「ああ、ありがとう」

「ふん……」


 謝罪の後に感謝も伝える。

 それから、そっぽむくカミ子の頭を撫でながら、オレは確認する。


「向こうには何も置いてないか?」

「さっきの場所か?」

「そうだ」

「何もないぞ。情報だけと言っただろうに」

「ああ、それで問題ない」


 カミ子はオレの言葉を使い自分に非がないことを主張した。

 そのため、それで問題ないことを告げ、続けて提案を口にした。


「この先に面白そうなモノを見つけたからな。ここら辺で一旦拠点を築こうと思う。どうだ?」

「水は少し歩けば見つかる」

「そうか。なら、問題ないな」


 オレはそこで腰を下ろし脱力する。

 カミ子は川の位置を覚えているのか迷いなく判断した。

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