第45話 逃した魚




 ヒロトに優男やさおとこと呼ばれていたネスは、ヒロトの姿が見えなくなるまで頭を下げ続けていた。


 彼の中には、生活を奪ったに等しいことをさせてしまったという思いが渦巻き、頭を下げることしか出来ないと考えての行動だった。


「いつまでそうしてんだい」


 ネスに声を掛けたのは、ヒロトに腕を切られた女冒険者。シャープ。

 彼女は隠れてヒロトとネスのやり取りを見ていた。

 ヒロトが既に切り替えていることに気づいたシャープは、そこまで礼を尽くさなくてもいいと考えていた。

 彼女は腕を切られているため尚更そう思っていた。


「もういなくなったよ」

「ありがとう」

「お互い災難だったな」

「すまない。君の腕……」

「やめな。自分で首突っ込んだんだよ」

「そうか……」


 ネスの謝罪をシャープは受け取らない。

 冒険者は自己責任。

 これが当然のルールであると、シャープはネスに暗に示していた。


「しかし、今日登録してCランクスタートは異次元すぎるよ。まったく」

「噂を耳にしていれば……考えても無駄だね」


 二人は話し合いの場で見たヒロトのギルドカードを思い出す。登録日とランクが大きく書かれた簡素な初心者用カード。一つでも同ランクの依頼をこなせばそれに合わせたギルドカードが再発行される。


 二人はそれを知っているため、尚更ヒロトの異常さに驚いた。自分たちはBランクなのに圧倒された。その事実に慢心していたことに気づかされる。


 二人は何となくだが冒険者ギルドに入り、同じテーブルで話し始めた。


「魔法で腕を作らなくちゃいけなくなったわ」

「僕も鍛え直すことにするよ。ギルドカードのランクはあまり当てにならないみたいだしね」


 飲み物を受け取り、二人は会話を続ける。

 そこに事件を見ていた者たちが話しかけては離れていく。


「災難だったな」

「腕一本で良かったな」

「殺されずに済んで良かったな」


 等々。

 皆、自己責任の考えがあるためそんな声掛けばかり。

 ネスとシャープはそれを軽く受け取り、それぞれ今後どう活動するか考えていた。


 ネスは、初めて見た魔力圧縮から固定概念に囚われない戦闘を試みようと考え、シャープは魔力操作と魔法の見直しを始めようと考えた。


「しかしギルドは、かなり大きな魚を逃したね」

「そうだね。彼は巷で噂の勇者、英雄クラスになっていたかもしれない」

「そこまでいくかね?」

「たぶんだけどね」


 二人はそれから各々の経験や過去の面白かった依頼の話で盛り上がる。


 そんな中、話し合いが行われた一室。

 そこにはギルドマスターと女職員が、事の経緯を紙に書きまとめていた。


「しかし大変だったようだね」

「驚きの連続です」

「登録して測定に入れば全記録更新。職員たちがそれに驚き、声のボリュームを上げてしまい情報が漏れる。で、バカがちょっかいかけてここまでか……」


 ギルドマスターは聞かされた話を書きまとめながら言葉にする。女職員はそれに後ろめたさを感じつつ、書類の完成を待つ。


「彼のカード。処分しといて」

「はい」


 バリッ――――。

 カードにヒビが入り、手渡される瞬間。それは粉々に切り刻まれ、砂のように床に落ちた。


「信用が微塵も無いか……」

「掃除しますね」


 ヒロトがギルドカードの処分に先手を打っていた事に信用の無さを痛感し、ギルドマスターは組織の改革を行うことを決めた。


 ギルドマスターは勿論、掃除をする女職員は驚異的な冒険者、ヒロトにまた会えることを願い日常に戻っていく。

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