第34話 病の根源




 念のため一日置いて調査を開始した。

 一日挟んだのは、病み上がりで倒れられても困るから。


 獣人たちもそれは理解しており、慌てて病の根源調査を始めることはなかった。

 オレはその間にカミ子を慰め、二日前に怒鳴られたことを引きずらせないように努めた。


 しかし人の心情を変えることは難しく、カミ子は水晶前のソファから動くことはなかった。

 寝込んでないだけマシとでも思っておこう。


「行ってくるよ」

「……」


 部屋を出る際に出発を告げるが、カミ子の反応はない。

 少し寂しさもあるが、これが新たな日常にならないように気をつけたい。


 部屋を出るとフロアに待機していた獣人たちが近づいてくる。

 オレも足を運び、二メートルほど距離を空けて止まる。


「「「おはようございます!」」」

「ああ、おはよう。今日は、二日前にお前たちを苦しめた病の原因調査を行う」


 揃った挨拶に軽く返し、改めて今回の目的を告げる。


「今動ける人間が少ないため、調査には女児も加え短時間での大規模調査を行う」

「すみません。聞きたいことがあります」

「なんだ?」

「何故短時間での調査なのでしょうか」


 一人の男が挙手して質問の許可を求めた。

 オレはそれを承諾して内容を聞く。

 だが、あまり大したことではなかった。


 短時間での調査はお前たちの体を気遣って、何て言えば変に忠誠心を出して無理する奴も出てくる可能性がある。

 そのため、オレは適当に返答する。


「意図はないぞ。調査することに目的があるからな」

「……わかりました」


 男は納得いってないようだが時間を考えて引き下がった。

 自分で答えを見つけてくれるとありがたいものだが、コイツらにはまだ難しいようだ。


 いつまでもオレがここに居る訳ではないため、災害後の対応は身につけさせておきたい。

 それも言うべきことでもないため言わないが、後々今回の調査が役に立つ時が来る。

 避難訓練と一緒の発想だ。


「それじゃあ、今回の病が放つ魔力を感知してもらう。これを基に異変を調べてくれ」


 オレは自分の魔力を病の魔力に変化させ、誰にでも感知できるレベルまで大きくした。

 病原の小さいままでは今の獣人たちには無理がある。


 それに女児もいるため、わかりやすくするのにはうってつけの方法だった。


 獣人たちは険しい顔をしてその魔力を感知している。

 やはり自分たちを苦しめたものに嫌悪感があるのだろう。


 オレは全員が何となく感じ取ったところで魔力を戻して病原の魔力を消滅させた。


「それじゃあ、早速調査を開始する。いけ!」


 それを合図に獣人たちは階段を登り洞窟を抜ける。

 オレは最後に出発して獣人たちの背中を追っていく。

 地上に出て少し光の差す森を駆けるが、獣人たちは一瞬のうちに背中を小さくした。


 領域は円状になっているため、正面の奥の方に五人の男獣人たちを向かわせる。

 女児たち、と言っても中学生ぐらいの者たちは、洞窟入り口付近の暗い森を調査させる。


 オレの仮説が正しければ、収穫があるのは付近の森。

 洞窟の出入り口近くには、家畜を飼うための土地があり獣人の者たちがそこで世話をする。


 獣人の者たちが病にかかるとするならばそれしか要因がない。

 男たちが帰ってきて病は発症した。

 しかし、その五人は帰還する際に体調を崩していない。


 その時点で五人が持ち帰ったものでないことも推測できる。

 男たちが持ってきたのなら、帰還する間に男たちは症状が出ていないとおかしいからな。


 そんな理由から、生活圏の中に原因があるというわけだ。

 しかし、それがどこから発生しているのか分からない。

 五人の男たちを遠くへ行かせたのにもそんな理由がある。


 以前、領域のマッピングを行っていた。

 ただ陽があまり差さない森の調査は行っていない。

 調査を行った領域はその内側の豊かな環境部分。マサキたちが居た集落までだった。


 男たちにはその奥の深い森まで調査してもらう。

 オレは一人北の方から拠点へと南下していく。


(見つけた!)

(どこだ?)

(拠点近く)

(了解。子どもたちは拠点前集合。他は調査を続けろ)


 念話が入りそれに応える。

 早くも何かを見つけたらしく、女児の声には喜びを含んでいた。見つけて嬉しかったのだろう。


 オレは女児たちの帰還を命じ、他五人には調査を続行させた。

 その後、オレは走る速度を上げ、魔力感知ができる最大スピードで森を駆け抜ける。


 東方面へと寄りながら進み探知を使用する。

 しかし、何も引っ掛かることはなく拠点へと帰還した。


「よくやってくれたな、お前たち。清潔」


 拠点前に集合する女児たちに声をかけ、念のため清潔の魔法をそこに居る者全員に使用した。


「お前たちの役目はここまでだ。地下に戻り好きなように過ごすといい」


 女児たちはその言葉に従うように洞窟へと進入していく。

 オレは最後の一人が中へ入るのを見届け、残りの五人が帰ってくるのを待った。


 報告が他になければ仮説通り生活圏に原因があったことになる。

 それに気づけなかったのは反省する点だが、何が待っているのか少し楽しみだ。


「戻りました」


 獣人の青年五人のリーダーを筆頭に他四人も拠点に帰還した。


「念話でも聞いていたと思うが、やはり生活圏に今回の病の原因があるようだ」

「はい。奥から見てきましたが、我々の調査した場所には何もありませんでした」

「原因の元にはオレとお前たち、計六人で向かう」

「「「了解」」」


 良い返事を聞いてオレは次の行動に移る。

 子どもたちに教えてもらった場所を、共有されるマップに記し足を踏み出す。


 後ろには五人の獣人たちがついてくる。

 目的地はハッキリしているため、病原の魔力が濃い場所があってもそこは無視して進む。


 根源を断てば、それらは自然と消滅する。

 何となくだがそれがわかった。

 オレたちは足を止めることなく目的地へ到着する。


「これは……少々厄介ですね」

「ああ」

「どうしたっ……!?」


 リーダーの男と言葉を交わすと後ろで大声が上がる。

 振り返れば四人中三人が意識を失い倒れていた。


「……魔力か?」

「恐らく」


 原因が何か、駆け寄った一人の獣人に尋ねる。

 すると、その男は仲間の体を少し触るとオレの言葉を肯定した。


 いきなり面倒な状況に陥った。

 一人は倒れた三人の面倒を見させる必要があるとして、先へ行けるのはオレとリーダーの男。


「これくらいなら二人いれば十分か」

「僕が先陣を」

「いや、オレが行く」


 先へ行こうとするリーダーを抑え前に出る。

 目の前には大昔に誰かが住んでいたであろう小さな家が一つと、その近くに溜池があった。


 どちらも黒く変色しており、池の水は明らかに飲むことはできないだろう。

 家に関しても何が住んでいるか想像がつかない。

 オレは結界を体の周りに展開して歩みを進める。


「いくぞ」

「……はい」


 斜め後ろに控える男に告げ、返事を聞くとともにドアを蹴破る。

 バキッ――――という音が鳴ると共に煙が舞い視界を塞ぐ。


 ただ魔力で情報は得ることができるため、オレは魔力を伸ばして屋内の状況を探知する。

 すると、奥には無数の魔力反応があり、今回の病の原因が何か理解した。


「ネズミか……」

「ネズミ……ですか?」

「来るぞ。下がれ」


 男の問いを無視して予想される状況へ対処を行う。

 距離の近かった男を後ろに引かせ、結界の魔力を高めて強固にする。


 それはギリギリのところで間に合い、ほぼ同時に中に居た奴らが飛び出して来る。

 ネズミの大群。

 それが扉に居るオレに向かって押し寄せて来た。


「うわっ……!?」


 近くにいたリーダーの男はその多さと気持ち悪さに驚きの声を上げる。

 ネズミの色は灰色が元の色だろうか。

 頭部の灰色から下半身に向かって黄色や緑、紫の色が点在する模様になっていた。


 冷静に観察し、結界にブチブチと当たって頭を潰す音を目の前で聞きながら次の手を考える。


 炎で焼き尽くすのが最も簡単だが、中の状況を調べたい。

 対象だけ焼き尽くすものを開発するしかないか。

 他には……何もないか。


 オレは対象のみを攻撃する火魔法の開発に取り掛かる。

 単純に肉体を燃やし尽くす温度と、対象外に被害が出ない構造。


 後者が圧倒的に難しいが、出来ないことはない。

 魔力自体に効力を乗せれば済む話だ。

 地面に落ちて死んでいる一匹のネズミを魔力で包み情報を解析する。


 ネズミの生体、魔力情報を抜き取り、それを魔力を通して体に覚えさせていく。

 他にも方法があったかもしれないが、他に影響のない魔力を練るための方法はこれしか思いつかなかった。


「ん?」

「ネズミが向かってこなくなりましたね」


 考えてる間も鳴り続けていたビチビチという衝突音が消え、その変化に気づくと同時に後ろから声がする。

 ネズミに目をやると、その声の通り屋内に潜むネズミたちは向かってくることをやめていた。


「好都合だな」


 オレは開発を終わらせた新魔法を放つ準備を始める。

 普段とは違う異質な魔力を練り上げ、その中に赤い火種を発現させる。


 一瞬結界を解き、軽くそれを屋内に投げ込み再び閉じる。

 結界を解いたことに気づいたネズミたちが向かって来るが、結界を閉じるスピードに追いつけず、頭をぶつけて死んでいく。


 宙に舞う新魔法は、一匹のネズミに命中すると一瞬にして周りへと広がり、屋内中のネズミを燃やし始める。


「……すごい」


 後ろから称賛する声が聞こえ、気分が上がる。

 ただそれを表には出さない。

 それから火が無くなるのを待ち、ネズミの活動がなくなったところで屋内へと進入した。


「とりあえず持っていくか」

「わかりました」


 オレの言葉に男が反応し、支給していた魔法の鞄に次々と物を入れ始める。

 その間に外に出て、オレは周りの魔力の気配を探る。


「まだ足りないか」


 あまり変わらない気配に言葉を溢し、下に転がるネズミの死体の情報を「開示」で抜き取り精査する。

 注目するのは魔力について。


 変異した異質な魔力が招いた病の感染と環境変化。

 その二つはどちらも強力で厄介であったため、それらを分析して新たな力に変える必要がある。


 勿論、一帯を浄化することも忘れない。


「……これでよし」


 清潔魔法の要領で、範囲と効能を変えて浄化魔法を発動した。

 それはすぐに効き始め、歪に伸びていた異質な蔦や草木が元に戻り始め、塞がれていた陽の光も注ぎ始めた。

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