第26話 中間区




 落ちていた意識が再び覚醒し、瞼を持ち上げる。

 するとそこには、視界を保護する薄暗い色の液晶フィルターがあった。


 そこでオレは現実へ戻って来たことを認識した。

 三ヶ月の仮想世界の記憶と、時間で言えば三日前の昨日までの記憶が同時に存在して一瞬の混乱をもたらす。


 しかし、そこはもう既に慣れているため、時系列順に記憶の整理をできるだけ行なっていく。


 高校へ進学する前の春休み中盤。

 オープンワールドへダイブしてマサキと会う。

 その日から三日間仮想世界へとダイブする。

 三日間は仮想世界では三ヶ月という時間設定。

 時間が来て、仮想世界へのダイブを終了した。

 それが今、ということ。


 まあ、こんなものか。

 ざっくりとではあるが整理して、混乱を鎮めていく。


 ヘッドギアを外し、ベッドから降りようとしたところで端末へメッセージが届く。

 マサキからだ。


 どうやらマサキも今戻って来たらしい。

 律儀にも安否確認のようなことをして来たというわけだ。


 オレはそれに返信し、家族からのメッセージにも目を通した。

 相変わらずというか、元気な人たちだという感想を抱く。


 サッと返信を済ませ、ベッドから立ち上がり体操を始める。

 いきなり日常活動に戻ると、体に何か問題が起こるのではないか。そう考えての措置。


 このおかげかこれまで問題が起きたことはない。

 ほぼ習慣になっているため、そこまでストレスもなく、逆に清々しい気持ちで日常に戻っている。


「明日は無しだったな」


 カレンダーを眺め貢献制度がないことを再確認する。

 仮想世界へのダイブは、体のことも考えてイベントの前々日には戻るようにしている。


 休みを一日挟み、体の回復や機能の再起動に時間をかけるためだ。

 すぐに日常活動をする人間もいるようだが、もしもの時を考えてオレは控えている。


 まだ十五歳で考えすぎかもしれないが、病気もしなくなった時代で身体を壊すのはバカとしか言いようがない。


 寿命も伸びてやることが仮想世界へのダイブしかないとは言え、現実世界で身動き取れなくなれば苦しいはずだ。


 そうなれば最後の手段。

 仮想世界ダイブ前の待機空間に意識を閉じ込め、現実世界の肉体を捨てることになる。


 それで生きている人間も居るにはいる。

 しかし、現実世界があっての仮想世界。

 寿命でもないのにその手段に出るのはオレにはできない。


 若い世代なら尚更だ。


「と、社会問題に意見を述べてみる」


 誰もいない空間に言葉が響いていく。

 現実世界に戻っても、やることはそういった社会問題について考えること。


 興味がある分まだマシではあるだろうな。一昔前は政府任せ、人任せで思考停止状態が続いていたみたいだし。


 逆に今はそれらを考えないことが悪とすらなっている。

 ブゥウウウ―――。


「ん? マサキか」


 顔を洗い部屋に戻ってくると通知音が鳴っており、その相手を見た。

 どうやらマサキも同じことを考えていたようだ。


二十一時くらいでいいか」


 マサキからは直接会って仮想世界について話したいというものだった。

 オレは中間区で落ち合うよう約束した。


 マサキの進捗を知りたかったし、今後どんなことをするのかも知りたい。

 冒険者をやるよう誘ってもみよう。


 今さっき起きて目も冴えているため、今から寝ようとしても無理だろう。

 明日は何も無いし、遅くまで活動していても何も問題あるまい。


 学区外に出るのは初めてで少しばかり緊張する。

 誕生都市と学区でしか生きていないため、何か特殊なものがないか調べる。


「何もないか……」


 ブレスレット型デバイスの検索機能を用いて調べる。

 ただ、出てくる項目はどれも的外れのものばかり。

 それは違いがないということを意味し、それを見てため息をついた。


 時刻はもう迫っている。

 起きてすぐ、といってもマサキから連絡があって一時間後の約束だ。


 もうそろそろ家を出ないと約束に遅れてしまう。

 オレはサッとシャワーを浴びると、上下長袖のスウェットを着て玄関を出た。


 春といっても夜は冷える。

 流石に半袖では夜道を歩くことはできない。


 エレベーターで下に降り、マンションの前に自動運転の車を呼ぶ。

 近くに停まっていたのか数秒で目の前に車が停まる。


 勝手にドアが開き、乗り込むことを促してくる。

 それにすぐに乗り込むと、液晶の音声入力をタップした。


「学区と管理地Aの中間区。0-1に頼む」

『かしこまりました。シートベルトをつけてお寛ぎ下さい』


 オレは目的地の住所を告げ、案内に言われるままシートベルトをつけて力を抜いた。


 到着予定時刻は約束時間より前と表示される。

 それを見てホッとし、更に緊張が解れる。

 最初の待ち合わせで遅れるのは印象が悪い。


 人間は第一印象で大体その人間に対しての印象を決めると分かっている。

 そのため、そこを悪くするのはナンセンス。


 まあ、仮想世界で会っているためそこまで張り詰めなくても問題ないだろうが。


『到着しました。決済をお願いします』

「はいはい」


 ピッ―――。

 ブレスレット型デバイスをかざして決済を済ませる。


『ありがとうございました。またのご利用お待ちしております』


 そこでドアが開き、自動運転の車はオレが降りるのを待つ。

 オレはそれに従い車から降りる。

 ドアは自動で閉まり、一分と経たずに車は発進した。


「あんまり変わらないな」


 初めての中間区の景色を見て感想を呟く。

 そこまで離れた区画でないからか、建築物や通りの景色は今住んでる場所とあまり変わらない。


 少し期待し過ぎたのかもしれない。

 オレはそう結論づけ目的地のカフェへと向かった。


「いらっしゃいませー」


 目的のカフェに到着し、周りを見渡しマサキを探す。

 しかし、そこに姿はなかったため、適当な席に移動して先に注文を済ませる。


「ご注文のコーヒーです」

「ありがとう」


 店員からコーヒーを受け取り礼を伝える。

 貢献制度で最低限で良くなった接客は敷居がかなり低く、誰でも簡単に行える職の一つ。


 この中間区でも、学区と同じような働き口が貢献制度になっているようだ。

 中学卒業後に住むにしても楽に暮らせるようになっているのかもしれない。


 中学時代にもある程度の義務は発生していた。

 道端のゴミ拾いや落ち葉掃き、施設清掃やコンビニの品出しなんかもあった。


 高校卒業後は、この中間区や管理地Aで生活していくつもりだ。

 今見ていても案外楽そうで心配する必要はなさそうだ。


「おう! ヒロトか?」


 コーヒーを口にしながら観察していると、入り口からこちらに歩き近寄ってくる男が現れた。

 その男は、勿論待ち合わせしていたマサキだ。


 少し声が大きいことが周りに迷惑だが、長い時間うろちょろされるよりはマシだ。

 オレはそんなマサキに手を挙げ居場所を伝える。


「早かったな。ここから近いのか?」

「まあ、そんなにかからなかったな」

「……そのまんまなんだな、お前」

「何が?」


 マサキの言葉が理解できずそのまま聞き返す。


「いや、その落ち着きぶりがだよ。向こうでは猫被ってる可能性もあったからな」

「そんなことしても意味ないだろ」

「いやー、たまに居るだろ? 現実とは違ってキャラを演じてる奴とかさ」

「まあ、それはその人間の趣味みたいなもんだろ。オレにそんな趣味はない」


 オレは軽く返答し、マサキは話しながら注文を済ませる。

 さっきの店員がやってきてコーヒーとケーキをテーブルに置いた。


 マサキはすぐにケーキに手をつけ口に運んだ。

 このまま待つのもどうかと思い、オレは仮想世界の話を振った。


「それで、どうなったんだ? お前の組織は」

「そうだな。お前たちが出て行ってからすぐにあの土地を出たな」

「何故だ?」

「んー、まあ、お前たちと別行動になったのもあるけど、目的を再設定した感じだな」

「なるほどね」


 マサキの言葉に納得して相槌を打つ。

 薄々感じていたが、裏の支配者というのはオレの要素が大き過ぎる。

 マサキは別行動を機にそれを見つめ直したという訳だ。


「まあ、でも良かっただろ? お前も好き勝手やってんだろ」

「そうだな。連絡手段は次のダイブの時に開発すると決めて没頭していたな」

「はっはっはっ、そうだと思ったぜ。で? 今は何してるんだ?」

「今は組織の拡大だな」


 全てを明かすことなく事実を伝える。

 全部教えても面白くないからな。


「お前は商人にでもなったか?」

「すげぇな……当たりだ。傭兵業とかやりながら世界を回ろうと思ってな」

「そうか。次は一日一年でいいのか?」

「ああ、問題ない。明日から三日は貢献制度で無理だから、その次からなら行けるぞ」

「わかった。時間はまた話し合おう」

「おお、そうだな」


 そこで仮想世界の話は終わり、貢献制度がある日をどう過ごしているかの話に変わった。


 だが、どちらも溜まったコンテンツの消費や仮想世界以外の趣味をしておりそこまで変わりはなかった。

 恐らく殆どの人間がそうだとも話した。


「それじゃあ、また来週だな」

「ああ、またな」


 カフェを出て別々の方向へと歩いて行く。

 マサキは管理地Aへ。

 オレは学区へ。


 車を降りた所に着くと、行きと同じように車を呼び自宅へと帰った。

 マンションの前で車から降り、エレベーターに乗って上の階へ昇る。

 それから玄関へ着き―――鍵が開いていることに気づいた。


「いやな予感だ……」


 ガチャ―――と、ドアを開き中へ入る。

 すると、奥の部屋から一人の人間が向かってくる。


「おかえり。お兄ちゃん」

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