第52話 師弟逆転珍道中

 タイムに扮した俺は、イグナを連れてとある場所まで来ていた。


「……タイムさん、ここ、何ですかね」


「悪党の集まる場所だ」


「……ですよねぇ……こんないかにも怪しそうな場所ならそうでしょうねぇ……!」


 裏路地でも奥まった場所。そこに俺たちは立っていた。


 眼前には、突如として現れる下り階段。まだ昼間なのにもかかわらず、階段の奥には闇が立ち込めている。


 横を見れば、イグナは頭を抱えていた。何だまったく、強くなりたいと言ったのはお前だろうに。


「では行くぞ。皆殺しだ」


「こ、殺すんですか? っていうかあの、何で襲撃をするんですか? 悪党って言ったって、魔女と違って悪事をすでに働いたわけじゃないんでしょ?」


 その問いに、俺はため息を吐く。


「正義と倫理の話か? そんなものは捨ておけ。結果だけ見ろ」


「……結果って何ですか」


「魔女たちの思惑通りに悪党を生かせば、街の治安が悪化する。貴族は学園に引きこもり、街の人々は経営難に苦しみ、悪党どもに蹂躙される。どちらにせよ死人が多く出るだろうな」


「―――……!」


「概念論はすべておためごかしだ。実態を無視した美談は詐欺師の常套句だ。結果的に自分や身内が苦しむなら、手を打つのが我らの仕事だ」


「……だから殺すと」


「殺す以外に同じ結果に至る方法があるなら、そちらでもいいぞ」


 俺がイグナを見ると、イグナは少し考えて言った。


「心を焼く、そう言う魔法があります」


「……心を焼く?」


「悪しき心を焼く魔法です。体は殺さずに、悪しき心を殺す。心を焼かれると別人になります」


 本編では一度も出なかった魔法だ。そんなのがあるのか、と思う。


 俺が知るイグナは、しょぼい敵はほどほどにやっつけ、悪辣な敵は徹底的に殺す。憎しみさえ込めて、見るもの全てを恐れさせるほどに。


 最終的には、そういう奴になる。


 悪しき心を殺す、なんていう魔法は、一度も使わなかった。


「……それは、洗脳ではないのか?」


「かもしれないです。だからオレも、使うのは控えてました。けど、いざ殺す殺さないの判断になるなら、体だけでも生かす方がいいと思いました」


「イグナ」


 俺はニヤリと笑う。


「面白い、それでどうなるか試してみろ」


「うす」


 俺が進むと、もうイグナは躊躇わなかった。


 二人で階段を下りていく。現れる鉄扉は、強固に鍵が掛けられていた。鍵はあるが、鍵束の中からわざわざ合う鍵を探すのも面倒だ。


 俺はイグナに振り返る。


「おい、この扉は開けられるか? 俺がやると、時間がかかるか威力が出過ぎる」


「分かりました。ちょっといいですか」


 俺がどくと、イグナは鉄扉に手を当てた。


「―――オレの前に立ちふさがるクソ扉が。燃えて溶けて吹き飛びやがれ!」


 イグナの手のひらから、強烈な熱が渦巻いた。


 鉄扉が爆風に飛んでいく。部屋の中から「がぁああっ」「何だ! 敵襲か!」「魔女の話じゃ、ここは安全じゃなかったのかよ!」と悲鳴が上がる。


「よし、いいぞイグナ。では始めよう」


「うっす!」


 煙を纏いながら、俺たちは堂々と敵陣に侵入した。


 俺はまず時間を止める。サッと確認した限り、中にいるのは十余名。瞬時に皆殺しにするのは簡単だが、ここはイグナに任せよう。


 時間を動かす。


「イグナ、敵は十人強だ。やれるか?」


「や、やってやりますよ!」


「よし、行け」


 俺が言うと、イグナはすさまじい勢いで敵のど真ん中に飛び込んだ。


「悪党どもに、最後の情けをくれてやる! 俺の怒りは罪への怒り! 体は焼かず、お前らの悪しき心を焼き尽くす!」


 イグナは叫びながら、拳を固めて地面にたたきつけた。炎がイグナを中心に巻き起こり、爆発するようにして周囲全員を吹きとばす。


「ぎゃあああっ!」「あぎっ、がはっ」


 それで大体、半数の悪党どもが吹き飛んだ。綺麗に意識を刈り取られたらしく、白目を剥いて伸びている。


「これで悪しき心が焼かれたと?」


「そ、そうらしい、です。師匠の話では」


「全滅させた後で、確認せねばならんな」


「なぁにもう勝った気でいやがるクソ野郎どもがぁぁあああ!」


 俺たちの会話に、悪党が割り込んでくる。巨漢だ。筋肉も脂肪も纏った、相撲取りのような巨漢である。


「イグナ、親玉みたいだぞ」


「うっす! 勝ってみせます、タイムさん!」


 イグナの言葉に、悪党どもが竦みあがる。


「あ、あのガキ、何て言った?」


「タイム? ま、まさか、タイムじゃないだろうな!?」


「いや待て! それだったらいまだに俺たちが立っていられる理由が分からねぇ! どうせ奴がタイムなら、どうしようもねぇんだ! あのガキを殺すために動け!」


 残る半数の悪党たちが、俺たちを、主にイグナを囲った。イグナは、奇襲ならまだしも、臨戦態勢に入った悪党たちに囲まれ苦しそうな顔をする。


「た、タイムさん! この数はオレには、荷が重いです。助けてくれませんか?」


「いいが、俺が手出しした相手は死ぬぞ」


「うぐっ」


「それでもいいなら、助けてやるが、どうだ」


 俺が笑うと、イグナは剣を抜き放ち、叫ぶ。


「じょっ、上等ですよ! オレ一人で、全員倒してやりますよ!」


「ハハハッ! いいぞ、やれるところまでやってみろ」


「はいっ!」


 イグナが言う。悪党が吠える。


「舐めてんじゃねぇぞクソガキがぁぁああああ!」


 悪党どもは、その言葉を掛け声にして、同時に襲い掛かってきた。イグナは剣を構えて、詠唱に舌を走らせる。


「罪を焼く火で、お前の性根を叩きなおしてやる! そこに直りやがれ、悪党どもが!」


 イグナは叫びながら、一歩前に踏み込んだ。剣が炎を纏う。鋭い一閃が、悪党たちを薙ぎ払う。


「がっ」「ぎゃっ」「かはっ」


 剣、以上にイグナの炎に巻かれて、悪党たちが吹き飛んだ。防御できたのはたった一人、巨漢の悪党だけ。


 他の悪党たちは、不思議なくらい『罪を焼く火』とやらに苦しみ、悶え、そして白目を剥いて気絶する。俺はそれに、通常の魔法とは確かに違いそうだと気づく。


 ただ一人、巨漢は、太い両腕を交差してイグナの火を防いでいた。


 俺はそれに眉根を寄せる。


「お前、奇妙だな。他の悪党どもが簡単に倒れた火を、生身で防ぐとは。何を仕込んでいる」


「は、は、は。……まさかあの大魔法使い、タイム殿にお褒めの言葉を預かるときが来るとはな」


 腕の奥から、油断ならない眼で、巨漢は俺たちを睨みつけてくる。


「教えてやる。俺の腕は特別製なんだよシャバ僧どもが。貴族の兵隊と戦争したときに両腕を落とされ、そして俺はこの腕を得た!」


 巨漢は、服を破り捨てる。すると両腕が鉄の義手となった姿が現れる。


「俺の腕は鉄で出来ている! 故に鉄腕! 鉄腕のチャビーとは俺のことだァ!」


 威勢よく叫んで、巨漢改め鉄腕のチャビーが構えた。イグナは半笑いで剣を構える。


「た、タイムさん、何ですかこのノリ。毎回こんな感じなんですか?」


「いや、初めて見た。俺の場合は名乗らせる前に殺すからな」


「ああ、なるほど。じゃあ、まぁ、そうですね」


 イグナは苦笑気味に、表情を引き締める。


「オレも、相手に名乗らせるより先に全員ぶっ倒せるくらい、強くなってやりますよ」


「その意気だ」


 イグナの大口に、俺は微笑む。イグナ、お前はマジでそのくらいは出来るようになるからな。その勢いで強くなれ。俺を楽させてくれ。


「できもしねぇこと吹いてんじゃねぇぞシャバ僧ぉぉおおおおお!」


 鉄腕を振り回し、チャビーが襲い掛かってくる。イグナは息を吐き、姿勢を低くし、呟いた。


「タイムさん、オレ、今のやり取りで一つ分かったんです」


 チャビーは駆け寄ってきている。俺と雑談など話す暇は、イグナの魔法的にはないはずだ。


 だが、イグナは俺にこう続ける。


「詠唱魔法だからって、言葉を重ねりゃ良いってもんじゃない。要は、どれだけ気持ちが伝わるかだと思うんです。短い言葉でも、心が伝われば威力が出る」


 チャキ、とイグナは剣を握る手を引き絞る。剣にはまだ魔法の火が燃え残っている。


 その眼前にチャビーの拳が迫りきた。


「一撃で終わりだ、ガキィィイイイイイ!」


「チャビー、それに悪党ども、学ばせてもらったぜ」


 イグナは、動く。


「オレは、お前らを殺したくない」


 一閃。目にも止まらない剣と炎の一閃が、チャビーの胴体を両断するように走った。


「がはぁっ」


 チャビーは倒れ込む。悶え苦しみ、白目を剥く。


 だが火が消えた時、その胴体は両断されてはいなかった。むしろ、傷一つない。他の悪党どもと同様に。


「ふぅ」


 イグナは剣を収めながら、息を吐いた。完全に勝負あったと言わんばかりの態度だ。


 俺はしかし、確認を怠らない。イグナを信じ切って、こいつらを痛めつけただけで終わり、という結末を恐れているからだ。


 チャビーの胴体に一発に蹴りを入れる。チャビーは「ガハッ」と咳き込みながら、すぐに覚醒した。


「気分はどうだ」


「ゲホゲホゲホッ! な、何だ……? 一体何が、いや……」


 チャビーはカッと目を見開く。


「なんて……なんて清々しい気分だ……! ああ、この気持ちをみんなに分け与えたい! 誰かのためになりたい! 何だ! 何だこの気持ちは!」


 チャビーは輝く瞳でそんなことを叫ぶ。それから俺たちに気付き、ハッとして立ち上がり、姿勢を改めた。


「ありがとうございます! あんな悪党だった私に情けを掛けてくれて、そして生まれ変わらせてくれて!」


 その、絵にかいたような改心ぶりに、俺はドン引きである。


「……ああ」


「おう!」


 イグナ、この姿見てお前そんな元気のいい返事できんの?


 チャビーは続ける。


「私はひとまず、不法に街に入り込んでしまったので、みんなと共にこの街から出て行きたいと思います。次お会いする時は、公的に認められたときに!」


「ああ、待ってるぜ!」


「……」


「では!」


 チャビーはそう言って、他の悪党たちを起こし始めた。連中は目覚めるとチャビーよろしく輝く瞳で善行を叫び出し、最終的には揃って街の外へ向かって行った。


 俺の肩に黒猫が乗る。


「追跡いたしますわ。ちゃんと街から出て行くのか確認いたします」


「頼む」


 黒猫の姿のノワールが、連中を物陰から追って行く。それに気づかないまま、イグナは俺に目を輝かせて言った。


「タイムさん! これでいいですよね! 悪党を殺さず、その悪しき心だけを焼く! この方法なら、人を殺す必要なんてありません!」


「……そうだな」


 俺は頷くしかない。違和感と言うか、今までの経験則と言うか、そういう俺の殺伐とした心が現状を否定したがっているが、それでもこれが現実だ。


 イグナはひとまず、相手を一旦善人に変える魔法を使うことができるらしい。


 恐ろしい魔法である。心を操る魔法。殺すのよりもずっと低コスト低リスクで、敵というマイナスを消すのではなく、そのままプラスに変えてしまう。


 これは一体どうなるんだ、という気持ちもあったが、直近の結果は出たのだ。となれば、サンプル数を増やしてより魔法の真相に近づくのがいい。


 この魔法が本当にイグナの言う通りの魔法なら、多くの問題が解決する。


「ふぅ、いやーでも、中々ハードな戦いでしたよタイムさん。何か鍛えられた気がします。少なくとも、詠唱は上手くなった!」


「ああ、そうだな。ではもっとうまくなるために、まだまだ行くぞ」


「……あの、タイムさん? 結構あの、ハードだったんですけど。連戦はちょっと、あの」


「次はさらに奥まった場所だ。今日中に半分の拠点は潰すとしよう」


「タイムさん? タイムさん!?」


 俺はイグナの腕を掴み、歩きだす。イグナが戦ってくれる分、そして悪党どもが自発的に街から出て行ってくれる分、楽ができると思いながら。







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