第48話 逃亡茶番劇

 さて状況はこうだ。


 俺とエヴィーは脱出の糸口をつかみ、転移魔法陣にさえ辿り着けば脱出可能な状態だ。


 しかし一方で、敵役に当たるノワールとメディが、転移魔法陣から現れこちらに向かっている。


 つまり、リスクとリターンが差し迫った状況にあるということ。この茶番劇のゴールは間近だが、同時にゲームオーバーの瀬戸際でもある。


 俺は、とっさに動いた。


「プレートを隠しましょう。地面に落とします」


「分かったわ。やって」


 俺は手を広げて、一気に魔法文字の入ったプレートを地面に落とした。それをエヴィーが足でまとめ、椅子の下にしまい込む。


 同時、魔女二人が俺たちのいる場所に現れた。ギリギリのタイミングだ。ノワールには、俺たちの動きがずさんなら、気づいたものとして動けと伝えてあるが――――


「あら、いい子で待っていましたのね。それとも、暴れても無意味だと分かったのでしょうか?」


 ノワールは気づいた様子を見せない。エヴィーを横目に見ると、僅かにほっと息を吐いていた。お前の安堵に俺たちが安堵だよまったく。


「ノワール様! この二人ですね?」


 無邪気な様子で、メディは言う。エヴィーは警戒の目で見ている。ノワールは有名だから知っていたが、メディは流石に知らないらしい。


「ええ、そうですわ。ああ、サバン様―――淑女の方は魔王の器として印を刻む処理にしますので、あまり手荒にはしないように」


「男の人の方はどうすればいいですか?」


「好きにしてもらって構いませんわ。煮るなり焼くなり」


「じゃあ新しい薬の試しにさせてもらいますぅ~!」


 演技だからって随分な扱いである。いいぞ。演技力みんな高いな。メディもやはり魔女か、という気分になる。


「……魔女ども」


 そしてエヴィーが、静かに気炎を上げている。どこにあったんだよお前のやる気スイッチ。


「じゃあ、先に男の人の方貰っていきますね~!」


 メディが注射器を取り出して、俺に突き付けてくる。それは、裏で決めた合図。


 俺は素早く立ち上がり、メディを体当たりで突き飛ばす。


「ひゃんっ!」


「クロック!?」


 俺とメディは、二人で地面に倒れ込んだ。目配せで謝意を伝えると、ニヤと笑みが返ってくる。これまた何か頼まれるな。まぁいい。


 俺は立ち上がりながら叫ぶ。


「エヴィー様! 今です! そっちの魔女のデカ猫はこの小さな空間では出せません! 突破しましょう!」


「――――分かったわ!」


 エヴィーは頷いて立ち上がる。ノワールは魔術でミャウを呼び出そうとする所作をしてから、俺たちの言葉にハッとした。


 俺は立ち上がりざまに、「これでも食らえっ!」と受け取ったマタタビを、ノワールに投げつける。


「うにゃん♡」


 マタタビにやられたノワールは、演技とか以上に素でぶっ倒れ、にゃんにゃんとマタタビと戯れ始めた。その姿を見て、メディが「ノワール様!?」と固まる。


 その隙をついて、俺の横をエヴィーが駆け抜けていく。その表情には必死さがにじんでいる。俺はほくそ笑みながら、その後ろについていく。


「転移魔法陣は―――あれね! プレートはここ! 来なさいクロック!」


 エヴィーは一発で魔法陣の仕組みを理解し、素早くプレートをはめ込んで陣を手で撫で始めた。その上に俺が入ると同時に、エヴィーは陣をなぞり終わる。


 途端、魔法陣はまばゆく輝き始めた。魔女二人が追いすがってくるが、遅い。


「なッ! お待ちなさい!」


「残念でした。アタシの体もクロックも、お前らになんてあげないわ」


 光が限界まで輝く。同時に妙な音が聞こえたと思ったら、光が失せ、俺たちは知らない空間に移動していた。


「……これが、転移魔法陣」


「クロック! 呆けている時間はないわよ! アタシたち同様、すぐにあいつらは転移してくる! すぐにここから街に出るの! そうすれば魔女でも暴れられないはず!」


「ッ、はい!」


 俺たちは駆け出し、薄暗い部屋の中を抜けて扉を破った。


 すると、そこは学園街の裏路地に位置していた。見慣れた家々の造りだ。


「こっちです、エヴィー様」


「きゃっ」


 俺はエヴィーの手を取って、駆け足で表通りを目指す。少し歩くと、すぐに俺たちは人通りの多い場所に出た。


 時間はすっかり夕暮れ時で、活気ある道を人々が行き交っている。俺たちは茫然と呼吸を繰り返し、それから視線を交わし合った。


「……逃げられましたね」


「……そうね。はぁ……生きた心地がしなかったわ」


 俺たちは揃ってその場にへたり込む。あー終わったー! 良かったー! エヴィー怪しんでなーい! ギリギリ感ちゃんと出てたー!


 俺はエヴィーとは別の達成感に脱力してしまう。何だこの茶番。エヴィーが優秀過ぎてずっとハラハラしてたんだけど。


「……そういえば、この後服屋行くんでしたっけ?」


「冗談でしょ。このまま帰るわよ。今はゆっくり休みたいわ」


「ははは、まったくだ」


 俺たちはボロボロのまま軽口を交わす。そこで異変を察した近くの人が、怪訝な顔で近づいてきた。


「あ、あの、大丈夫ですか? それに、その手に巻き付いているのは……」


「ああ、少しトラブルにあってね。特に問題ないわ」


 通行人の心配の言葉を切って捨てつつ、エヴィーは立ち上がった。それから俺の首に触れ、「血は止まってるわね。とはいえ包帯くらいは必要でしょう」と言う。


「え、あの、本当に大丈夫ですか……?」


「ええ。ああ、ついでに頼まれごとをしてくれる? オーレリア騎士団第一中隊隊長、ランス隊長に『エヴィル・ディーモン・サバンは問題なく生還した』と伝えて欲しいの」


「は、はぁ……」


 通行人を使用人扱いできるんだから、エヴィーって生粋の貴族だよな、と思う。悪い意味で。


「じゃあ、帰りましょうか、クロック。ふふっ、とんだ初デートになったわね」


 エヴィーから差し伸べられた手を取って、俺は立ち上がった。それから、問いかける。


「機嫌良さそうですね」


「そうね、悪くない気分だわ。クロック、お前意外に度胸あるのね」


「はい?」


「何でもないわ。お前、正面から褒めたら調子乗りそうだもの」


 クスクスと俺をからかうように笑って、「ひとまずこの拘束を取りましょうか。それから身だしなみを軽く整えて帰りましょう」とエヴィーは言う。






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