第47話 脱出茶番劇

 時間を動かした直後、ノワールは腕を振るった。


 パンッ、と乾いた音が響く。それは、ノワールのビンタの音だ。エヴィーは頬を張られて、僅かに目を細める。


 ノワールは、冷酷に振舞いながら言った。


「何を分かったようなことを。不快ですわ。もう二度と喋らないでくださいまし」


「……」


「ああ、腹立たしい。もういいですわ。面倒です。あなたたちの処分は、他の魔女にさせましょう」


 ノワールは吐き捨てるように言って、立ち上がった。そうして奥の部屋へと引っ込んでいく。


 それを見送って、エヴィーは小さく呟く。


「読み違えたわ。思ったより心が硬直化してる。でも、一瞬とはいえ間違いなく揺らいでた。問題は、喋るなと言われたことね……」


「……エヴィー様、何を企んでるんですか?」


「上手く罪悪感を突いて、自殺させようと思って。ほら、魔女の癖にあいつ、結構心がゆるゆるじゃない」


 こっっっっっっわ! エヴィー、こっっっっっっわ! 目がマジだよ。マジでやれる確信があるよこの目! マジで怖いこいつ。


「ま、流石にそれは冗談だけれどね。うまく突けば全部嫌になって、アタシたちのことも好きにさせてくれそうな隙はありそうだったから」


 そう言ってから、エヴィーはボソリと「狙えそうではあったけれど、自殺」と付け足す。マジで怖いこいつ。


「でも、ダメだわ。言葉を封じられた。あの魔女、多分次にアタシがあいつに何か言えば、その場で殺してくるわ。そう言う声色だった」


「何ですかその確信……」


「経験があるのよ、誘拐。生まれが生まれだから、五、六回ね。最初の時と同じ失敗をしたわ。想像より心の隙が小さかった」


 俺はそれを聞いて、ただ黙り込んだ。え、じゃあ何? 毎回このくらいの感じで、言葉で誘拐犯の心を突き崩して、生還し続けてきたってこと?


 ……何だかエヴィーが、魔女以上の化け物に見えてきた俺である。


 しかもアレだからな。ノワールの動き、俺が指示したからああなっただけで、多分時間停止中の会議がなかったら、本当に突き崩されていたはずだ。


 流石に自殺させられる発言は、エヴィーの言う通り冗談だと思いたいが……。


「じゃあ、どうします」


「そうね。今考えてるけれど、ひとまず分かったことをいくつか」


「はい」


 俺はエヴィーの認識を確認するために、その言葉に聞き入る。


「まず他の魔女にアタシたちを殺させる、と言いながら奥に向かったわ。奥に仲間がいるのかと思ったけれど、それにしては音がしない。多分転移魔法陣があるわ」


「マジですか」


 よし、掴んでくれた。やはりいい勘をしている。


「転移魔法陣は軽く触ったことがあるけれど、繋がっている魔法陣同士じゃないと転移は出来ない。そして複数同士でつながりあう陣には、キーとなる魔法文字があるの」


「へぇ、そうなんですね」


 すでに知識として持っていたか。なら俺から情報を渡す必要はなさそうだ。


「あとクロック、お前が真面目な顔をしているのが気に食わないわ」


「いきなり何?」


 唐突なディスにびっくりして敬語取れちゃったじゃん。


「ふふっ、冗談よ。お前はいつもふざけているくらいでいいのよ。その方がアタシの気も紛れるわ」


 言いながら、エヴィーは俺の肩に頭を預けてくる。


「……大丈夫、安心して。アタシが絶対に、お前を生還させてみせる」


 俺は思った。え? 何だこのイケメン、と。


 こいつ俺のことこれだけ困らせておきながら、好感度上げてくるのズルいだろ。お前の有能さに、こっちは時間止めて数時間うんうん唸ってんだぞ。


 なので俺は言った。


「エヴィー様、性別間違えてますよ」


「アタシに生まれ直せと?」


 ものすごい目で見られる。ヤベ、ライン越え発言かこれ。


 と思ったら、エヴィーは物憂げに遠くを見ながら、嘆息した。


「……でも、そうね。アタシとお前の性別が逆だったなら、こんなに苦しむことはなかったかもしれないわね」


「はい? どういう意味ですか?」


「何でもないわ。本題に戻るわよ」


 エヴィーは表情を引き締め、俺に語り掛けてくる。


「目下のところ、アタシ達がそろって脱出するために必要なのは情報よ。つまり『学園街に近い拠点への起動キーになる魔法文字』」


 エヴィーが、俺たちの用意した答えに辿り着いてくれて、ヨシとほくそ笑む。


 ここまでの流れはかなり良い。エヴィーは想定通りの優秀さで、こちらが仕込んだ情報すべてを掴んでくれている。


 後は、肝心の『起動キー魔法文字』を掴ませて、二人で無事に脱出、と行けば完璧だが―――


「ただ、不可解ね。あの魔女、長年生きてる黒猫の魔女でしょう? 長年生きていてその用心のなさはおかしいわ。少しの推理で多くの情報が掴めすぎてる」


「……油断してたんじゃ?」


「魔女で長生きしてる輩が、油断をするわけがないでしょう。油断というより……この情報、掴ませに来た?」


 俺は思った。こいつマジで何者なの? と。


 甘かった。想定よりもエヴィーは賢いらしい。俺は心中で唸るしかない。本当にこれだから! これだからエヴィーは!


「……警戒が必要ね。嫌な感じ。何というか、アタシの知性こみで、手のひらで踊らせているような……」


 エヴィーは頭も良ければ勘もいいので、騙そうとしても中々騙されてくれない。ボドゲでもそうだった。


 俺がある程度相手取れるのは、対エヴィーの経験値があるからだ。でなければ、とっくに看破されていたことだろう。


 だが、俺は一つエヴィーの弱点を知っている。


 それすなわち――――エヴィーは、俺の突飛な行動に分かりやすく慌てるのだ。


「っていうかアレですね。何か奥に魔女の気配なくないですか? ちょっと見てきます」


「嘘でしょ?」


 目を剥いて茫然と俺を見つめるエヴィーである。


 俺はすっくと立ちあがり、「どーんなもーんじゃーい」と適当なことを呟きながら奥へと進む。


 アジトの奥は暗がりが広がっており、目を凝らさないと何も見えないほどだ。


 しかし中にいると、段々目が慣れてくる。俺は奥に進み、あらかじめ決めていた魔法文字のプレートを大量に確保して、エヴィーの元に戻った。


「何か見つけました」


「クロック、お前たまに意味の分からない度胸を発揮するわよね……。基本的には臆病な癖に」


 以前の魔女騒動とか、とエヴィーは言う。うん。俺はまぁまぁ危険なことをするからな、それでエヴィーの動揺を誘えると思ったのだ。


 俺が机の上に、魔法文字のプレートをばらまく。数十枚あるプレートを睨んで、エヴィーは口を曲げた。


「……でかしたわ、クロック。これ、目当ての転移魔法陣用の魔法文字だわ」


「良かったです。……何か現実感失って突拍子もないことした気がするんですけど、今俺下手したら死んでましたかね」


「今? 今怖くなるの?」


 俺は、今の状況がもし裏の仕込みとか特になかったら、と想像して、可能な限りリアルな恐怖を呼び起こす。


 今の俺、蛮勇とかそういうレベルじゃなくない? うぉおこわ……。


 背筋が冷え、少し手足が震える。エヴィーは嘆息してから、縛られた手で俺の頭を撫でた。


「バカなことをしたわね。でも、お手柄よ。さぁ、さっさとすることをして、この場から脱出しましょう」


 エヴィーは強い瞳で言う。俺は深呼吸をして頷いた。よし、上手くができたな。


 ……いやいや待て待て、油断するな。これでエヴィーに見抜かれたらコトだぞ。うわこわ。もう少し恐怖が長引きそうだ。


 エヴィーはプレートを眺め始める。


「……これ読めるんですか?」


「一応ね。魔法使いとして大成する気はさらさらないけれど、統治者たるもの様々な分野の基礎は出来ている必要があるから」


 エヴィーはブツブツ呟きながら、プレートを一つ一つ並べ始める。俺も授業を受けているから最低限は分かるが、ものによっては魔法文字が珍しすぎて上下すら分からないものも。


 これで基礎かぁ、と地力の違いを思い知る。流石は英才教育を受けた人間は違いますわ。カーッペ!


「……多分、これ」


 エヴィーは、一つのプレートを選び出す。俺はノワールに見せてもらった正解の起動キーと一致していると認識する。


「見つけましたか」


「ええ。かなりダミーが多かったわ。ちゃんと転移魔法陣として機能するものは半分以下よ。しかも記述を似せてきてる。ずいぶんな警戒っぷりね」


 見なさい、とエヴィーはプレートの一つを渡してくる。


「これ、正解のものと記述が似てるでしょ?」


「そうですね。でも使えないんですか?」


「いいえ、使えるわ。ただし地中に埋まって出られないけど」


「あ、ダミーってそういう……」


 ノワールが「この正解のものをよく覚えてくださいね。ちゃんと覚えたかのテストもいたしますので」と言っていたのは、こういう理由か。


 そりゃあちゃんと覚えさせるわけだ。間違えて覚えてたら死ぬじゃんこれ。


「さて、あとは脱出するだけだけど……クロック、奥に転移魔法陣はあった?」


 エヴィーの質問に、俺は頷いて見せる。


「ありました。魔女の気配もないので、今なら行けますよ」


「そうね。待っていても帰ってくる可能性が高くなるだけだし、行きましょう」


 思い切りの良さも重要だ、ということで、俺たちは立ち上がる。


 そのタイミングで、声が聞こえた。


「では、メディ。お願いしますわね」


「はいはーい! ノワール様、お任せください!」


 エヴィーの表情が強張る。それを見て俺は思った。


 さ、ここからだ。エヴィーには気持ちよく、決死の大脱出を味わってもらうとしよう。


 俺は密かに、ほくそ笑む。




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