第34話 イグナパーティは新進気鋭

 ダンジョンは、暗がりが空間を占めている。


 重要になるのは音だ。パーティメンバー以外の音。それが聞こえたら警戒する必要がある。


 俺は殿しんがりを任され、腰にランタンをぶら下げながら後方に意識を向けながら進んでいた。


 先頭は主人公イグナだ。続いて小さな格闘家ミンク、臆病なヒーラーシセル、毒舌魔法使いレインと続く。赤、銀、ピンク、水色頭が前列に並んで揺れている。


 最後に俺。後ろから襲われた場合真っ先に襲われる役目に帯びている。


 と文句を考えつつも、きっちりセオリーに乗っ取った陣形ではあった。前衛二人、回復の中衛、後衛も二人、とバランスは中々いい。


 あとは俺が、時間停止状態でない戦闘でどれだけ戦えるか、というところだろう。何せ俺の弓矢は止まった対象を確実に打ち抜く。


 そう。動いている敵など撃ったこともない。


 だって要らなかったんだもん! 動いている敵なんて、時間停止状態ではいなかったんだもん!


 ……なのでとても心配だ。まったく役に立たなかったらどうしよう。全外ししたら泣くに泣けない。当たらない射手とかカスでしかない。


 魔法もなぁ、攻撃力はさておき、実戦に期待していいレベルじゃないからなぁ。


 そんな風に考えながら歩いていると、俺の耳が異音を捉えた。イグナも同じだったらしく「止まれ」と短く言う。


「敵か」


「ああ。クロック、お前耳良いな。殿でも分かったのか」


 イグナが褒めると、レインが俺を睨む。シセルも微妙な顔をしている。ミンクだけだ、素直にやるじゃんという顔をしてくれるのは。


「多分奥の曲がり角の陰で、待ち伏せしてる奴らがいる」


 イグナの推測に、俺は頷く。俺が聞いたのも呼吸音だ。その可能性は高い。


「レイン、一発デカイのをぶち込んでくれ。それの反応を見て、オレとミンクで突撃する。それからはクロック、シセル、レインの三人で援護を頼む」


「つまり、いつもの、ね」


 レインが嫌味っぽく俺に言う。俺がいなかったらこんな定番の話する必要ない、とでも言いたげだ。俺はレインにあっかんべーとやる。


「っこの……!」


「レイン」


「わ、……分かってる……!」


 イグナに釘を刺され、怒りを抑え込むブチギレレインである。あー楽しい。やり返せるとスカッとするな。


 レインは俺を一睨みしてから、杖を構えた。木製だが、水色に装飾のなされた、こじゃれた杖だ。


「神よ、我が敵を射ちたまえ。込める祈りは水の……」


 ボソボソと詠唱を始めるレイン。角向こうの敵に動きは感じない。


 イグナは剣を抜き、ミンクは拳を構える。シセルは回復薬の入った小瓶を手にとった。俺も弓を構え、矢をつがえる。


 そして、レインは言った。


「撃ち出すは水の砲弾! ウォーターボール!」


 ドンッ、と一抱えもある水の塊が撃ち出され、ちょうど曲がり角の辺りで着弾する。その勢いは一種の爆弾で、飛び散る水に「ギャヒィ!」と魔物らしい悲鳴が上がった。


「行くぞ!」「おうっ!」


 イグナとミンクが飛び出す。曲がり角からよろけるゴブリンが現れる。


 まぁこの感じなら、さして出番もないか、と思いながら見ていると、俺は「ん?」と眉を顰めた。


 ゴブリン、多くね?


 具体的には十匹くらい居ない?


「うぉぉおおおお撤退ぃぃいいい!」


 イグナとミンクが瞬時に反転して戻ってくる。


「この数は危険だ! いくらか走れば敵もばらける! そこを各個撃破していくぞ!」


『了解!』


 イグナの号令に従って、俺たちは道を戻って走り出す。途端に先頭に早変わりする俺だ。全力ダッシュで進む。


「えっ、うぉっ、クロックはっや!」「逃げ足だけは一人前みたいねフォロワーズ!」


 イグナの驚きの声に続いて、俺から少し離れてレインの罵倒が飛んでくる。


 俺はパルクールで鍛えていただけあって足が他よりも早いようで、逃げる距離的に余裕がある。


 だから振り返って矢を放ってみるも、悲しいかな一発も当たらなかった。


「へたくそ! 全然ゴブリンたちに当たってないわよフォロワーズ!」


「やっぱり動く的に当たんねぇえええ!」


 予想的中! なんてむごい現実だ。動く的ってどうやったら当たるのか全く分からない。悲しみの戦力外通告である。


 そうやってしばらく走っては後ろを確認する。十匹居たゴブリンは七匹、五匹と減っていき、暗がりの中で見えるのが三匹になる。


 そこで、イグナは言った。


「反転! まずこの三匹を仕留める!」


『了解!』


 イグナとミンクがゴブリンに襲い掛かる。追いかけるので疲弊していたゴブリンは、一匹あえなくイグナの一閃で命を落とす。


「おらぁっ!」


 続いてミンクが殴りかかり、瞬時に五、六発の鉄のガントレットをつけた拳を叩き込んだ。ゴブリンはその場に崩れ落ちる。


 死んでるかは置いておき、立ち上がれないだろう。


 ……止まってるな。止まってる的なら撃てるぞ俺。


「ま、後顧の憂いは断っておくか」


 俺は倒れたゴブリン目がけて、矢を一発。綺麗に頭蓋を貫いて、ゴブリンは絶命する。


「おっ!? 助かるよクロック!」


「援護は俺の仕事だろ、ミンク」


 ミンクの礼に俺は肩を竦めて返す。ミンクとのやり取り気持ちいいわ。ちゃんと仲間をやれている気持ちになる。


 だが、イグナの状況は少し悪いようで、一体を素早く倒した直後にゴブリンに切りかかられ、不安定な体勢でつばぜり合いになっていた。


 俺はそれを見て思う。


「止まってるな」


 素早く次の矢をつがえて撃つ。矢はゴブリンの頸動脈を両断する。ゴブリンは首から血を吹き、瞬時に息絶えた。


「おぉ……っ。クロック、サンキュ!」


「ああ。止まってる的なら撃てるからな」


 俺がレインの方を見ながら言うと、レインは俺を物凄い目で見返してくる。


 しかし状況はまだ油断ならない。イグナが言う。


「油断するな! 後続が来るぞ! 同じく三匹!」


「フォロワーズ! ワタシは最後の四匹に備えて詠唱する! あの三匹の援護をして!」


「分かった」


 俺は後方を警戒しつつも、レインの指示を受けてさらに来たゴブリン三匹に気を払う。シセルがイグナに回復薬かけて、軽い傷を治している。


 イグナは準備を整え、突撃の体勢に入った。


「よし! ミンク、行くぞ!」


「おうっ!」


 再び前衛二人が飛び込み、ゴブリン三匹を止める。止まったら俺の獲物だ。俺は「うん」と頷いて、呟いた。


「止まったら敵じゃないな」


 的だ。そう思いながら、イグナに弾かれ怯んだ一匹、ミンクにダウンされられた一匹に淡々と矢を撃ちこむ。


 目、喉。的確に矢を撃ちこまれ、ゴブリンたちは息絶えた。最後の一匹も、ミンクの拳と地面に頭をサンドイッチにされ、絶命する。


「最後四匹! レイン! 頼むぞ!」


「―――撃ち出すは水の砲弾! ウォーターボール!」


 最後に駆け寄ってきた四匹に向かって、レインが水の塊を撃ち出した。


 曲がり角でも攻撃威力を有していた、レインの水塊。それはゴブリン四匹を余すところなく直撃し、爆ぜる。


 結果は、一目瞭然だ。


 弾ける水の粒は銃弾めいた速度で四散し、ゴブリンたちの肉体を粉々に打ち砕く。長々と詠唱していただけあって、すさまじい威力に俺は唾を呑んだ。


 それから、沈黙が広がる。俺は後方に気を払うが、気配はない。騒ぎを聞きつけて別の魔物が、ということもなさそうだ。


「勝った、か?」


 イグナがぽつりと言って、それから「っしゃぁ! 大勝利!」と勝鬨を上げる。それを皮切りに、パーティ全体にホッとした雰囲気が広がった。


「ふぅー、勝てた勝てた」


 俺も多少なりとも活躍できたようで、ほっと胸を撫でおろす。とか思ってたら、ミンクが俺に駆け寄ってきて、「クロック!」と目をキラキラさせた。


「アンタ、ものすごい弓の使い手なんだな! 一発撃ったら絶対一匹倒してたぞ!」


「それだよおい! クロック! お前、前々からタダモノじゃないと思ってたけど、ここまで腕があったのかよ!」


 ミンクに遅れて、イグナが俺に駆け寄ってくる。俺はキョトンとして「え?」とまばたきをする。


 嬉しそうにイグナは、俺と肩を組んできた。


「え? じゃねーっておいこの野郎! お前の矢、全部急所に当たってんじゃねーか! 目、喉、頸動脈! 一発頭撃ちぬいてるのもあったぞ! 思ったより力あるな!」


「ああ、上手く当たったけど、それはほら、前衛二人が上手く足止めしてくれたからで」


 俺が言うと、ミンクが「いやいや」と俺を制してくる。


「止まった的だからって、狙った場所に当たられるなら苦労しないさ。いつもならあんな大勢、かなり粘って戦って、イグナとレインの魔法で一掃するしかなかった」


「そうだぞクロック。それが、お前のお蔭で、詠唱する手間が省けたんだ。助かったぜ」


 前衛二人に褒められて、俺はだんだん嬉しくなってくる。


「我ながら、足手まといにならなくて一安心だな」


「いやぁやっぱクロックをパーティに入れて正解だったろ!? な!?」


「いやマジで今回楽だったー。トドメ勝手に刺してくれんだもん。イグナ、ナイス勧誘」


 イグナとミンクは完全に俺を歓迎ムードだ。俺は達成感に息を吐く。


 だが、光あれば闇もあるもの。


「……ワタシだって、最後のゴブリン四匹倒したし」


「わたし、ほとんど役に立ってない……」


 俺たちの後ろで、レインが歯ぎしりをし、シセルが落ち込んだ声を落とす。


 え、いや、そういう感じなの? 新メンバーだからチヤホヤされてる奴だろこれ。嫉妬対象じゃないだろおい。


 俺は二人のフォローを入れようとしたが、前衛二人が盛り上がってしまってうまくいかない。


 それからしばらくして、結局他の魔物と遭遇もせず帰還した。


 イグナとミンクは終始楽しそうな一方で、レインは俺に一層冷たい目を向け、シセルはずっと地面を見つめている。


 ……これ、まずいな。俺が受け入れられたのはいいけど、イグナパーティに崩壊が兆している。


 そうじゃないんだ……! と俺は難しい顔になる。


 俺はイグナパーティに受け入れられたいのであって、俺が入ったせいで抜ける人間が居ては、それはイグナパーティではない。


 この、あっちを立てればこっちが立たないもどかしさ。


 うまくいかねぇぇぇええ、と俺は人知れず、顔をくしゃくしゃに唸るのだった。









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