第39話 悪役令嬢たるゆえん
ひとまず、エヴィーから声をかけられた以上、無視するわけにはいかないので、俺は挨拶を返すことにした。
「これはこれは、ご機嫌麗しゅうございますエヴィー様。今からご昼食に同席する喜びを噛み締めていたところで」
「知っているかしら、クロック。お前が慇懃に振舞うときは、必ず後ろめたいことがあるのよ」
「ちょっと先行っててエヴィー様」
「だからって礼を失していいわけがないでしょうが、この不忠義者」
ぺシーンと頭を叩かれる。くっ、誤魔化せる気がしない! 後ろめたいことがあると看破されている以上なおさら!
俺が目を回していると、「それで? 誰と話していたの」と俺を押しのけエヴィーはイグナたちを見る。
つまりは―――貴族を敵視するワーキング寮の生徒たちを。
「……」
エヴィーの視線が急激に冷え込んでいくのが、見ていて分かった。それと同時に、イグナたちの目が警戒に染まっていくのも。
「……クロック、以前、お前に言わなかったかしら?」
エヴィーはイグナたちから目を離し、俺を鋭い目で睨みつけてくる。
「自らの命の価値を理解なさい。それを平民なんかのために無駄遣いするな、と。それが何? こんなところまで平民を連れてきて。まさか席に招くつもりだったの?」
「……まぁその、言い訳させてもらうんで、一回場所を移してですね」
俺がどうにかエヴィーの怒りを取りなしにかかろうとすると、イグナが「おう、随分な言い草だな」と突っかかってくる。
「平民なんかのために? 随分とお貴族様は偉いらしいな。クロックはオレの大親友だぜ。何勝手なこと言ってやがる」
俺が目を丸くしてイグナを見ると、イグナは俺に視線をやって、こっそりウィンクをしてきた。どうやら「嫌な奴から解放してやるぜ☆」というモチベらしい。
俺はそれに頭を抱えるしかない。違うんだって……! そういうのじゃないんだって……!
俺はぐぬぬ顔で、エヴィーとイグナの間で視線を行ったり来たりさせる。一方二人はお互いの標的を定めたという顔で睨みあっている。
「お前か。噂には聞いてるぜ。この国の諸悪の根源サバン公爵の長女、エヴィル・ディーモン・サバン。今はクロックにご執心ってか?」
「……無礼ね。どれだけの身分差があると思っているの? お前が話しかけているのは、公爵令嬢。古くは王家に連なる血を受け継ぐ、青き血の血統よ?」
イグナはケンカ腰、エヴィーは会話するのも嫌だという嫌悪感をにじませて、互いにジャブ程度の言葉を交わす。
流石は未来の魔王討伐の勇者と、将来の魔王の器のやり取りである。仲良くなるビジョンが全く見えない。
俺は『時計仕掛け』だけど白蛇の魔女と仲良くしてきたぞ最近。見習え。俺の人当たりの良さを見習え!
そんな祈りも届かず、イグナはしかけた。
「ハッ、国の悪事を牛耳ってる大悪人が、貴い血だなんて笑えるな! お前みたいな性根の腐った奴がクロックに絡んでんじゃねぇよ。こいつめちゃくちゃいい奴なんだぞ」
対するエヴィーも負けてはいない。
「下賤の者がネズミのように鳴いているわね、汚らわしい。クロックはこれでも貴族なのよ? お前のような下民ではなく、アタシのような貴族がふさわしいの」
……何だこいつら。俺のこと大好きか?
「……面倒くさい……」
逃げてもいいかな。ダメかな。ヒートアップして取り返しのつかない状況になりかねないか。くそぅ逃げたい。
俺はくぅうと歯を食いしばりながら、どう割って入るか考える。
しかし、次に仕掛けたエヴィーの言葉に度肝を抜いた。
「それに、性根の腐っただの何だのと、どの口が言えたことなのかしら?」
酷薄な笑みを浮かべてのエヴィーの言葉に、イグナは「……何の話だ」と警戒の色を強める。
エヴィーの、まるで弱みを握ったかのような物言い。イグナはブラフと睨みつつ、警戒を解けない。
一方俺は、エヴィーなら確実にイグナの後ろ暗い過去である『師匠を焼いた』という事情を掴んでるし、場合によってはここで暴露するだろうな、と分かってしまった。
なので慌てた。
そりゃもう慌てた。
「エヴィー様」
俺はエヴィーの肩に触れ、首を横に振る。
エヴィーは俺を見て、「何よ」と、イグナ相手とは違って、僅かに拗ねたような声で言った。
「アタシの前で、平民を庇うの? クロック。お前は、誰の、何なの?」
エヴィーはその問いに、怒り八割、残り二割に縋るような色をにじませる。俺は渋面で、エヴィーこう言うところで不器用だからなぁと思う。
俺の無言に何を思ったか、エヴィーは俺を振り払って「お前だけじゃないわ」とイグナパーティに矛先を向ける。
「イグナ、シセル、レイン、ミンク。アタシのような貴族が、平民の名を覚える意味は分かるわね? 身の程をわきまえないなら―――」
「わきまえないなら、何だよ」
イグナは犬歯をむき出しにして睨みつける。俺でも少し怯むような迫力ある顔だが、流石エヴィーは怯まない。
「……お前のような輩は、自分が攻撃されるよりも、身内が傷つく方が効くのが相場なのよね」
「は?」
「では、お前ではなく……お前。シセルと言ったわね? お前は確か、孤児院の出とされているけれど実際は――――」
「「――――――ッ!」」
その前置きに、俺とシセルの二人が目を剥いて飛び上がった。
マジかよ! エヴィーそこまで掴めるのかよ! どんな情報収集能力してんだよ!
エヴィーの言葉に、シセルは目を剥いて硬直するしかない。イグナも何のことかさっぱりという顔をしている。
つまり、動けるのは俺だけだ。
「わー! わー! わー!」
「!?」
俺は奇声を上げながらエヴィーの前に割り込み、バタバタと手を振る。
「えっ、エヴィー様! こんなところで平民ごときに時間を割くなど、エヴィー様の時間があまりにもったいない!」
「えっ、はっ? クロック、お前」
「さぁ楽しみにしていたランチにいたしましょう! ねっ! ほーらあっち向いて、食堂にレッツゴー!」
俺は腕力でぐるりとエヴィーの方向を変え、肩を押して歩かせ始める。その後ろで俺はイグナたちに手を振り、『逃げろ!』と言外に伝えた。
「ちょっ、クロック! お前淑女の体にこんな易々と触れて……! ゆ、許されると思っているの!?」
「そんな~、エヴィー様と俺の仲じゃないですか! ほら! いいから行きますよ! 進んで進んで!」
「く、クロック! ひゃん! どっ、どどどどど、どこを触っているの! この不忠義者!」
エヴィーは顔を真っ赤にしているが、俺はお構いなしだ。
ちらと背後を確認すれば、苦い顔で「クロック、助かる」とイグナが小さく言って、顔を青くへたりこむシセルを抱え、四人で遠ざかっていくのが見えた。
そうして、俺は主人公パーティと未来のラスボスの邂逅を、どうにかこうにか、無事にいなすことに成功したのだった。
余談だが、昼食中は、顔を赤くしたエヴィーに散々、
「一週間も主を放置した不忠義者」
「淑女に勝手に触れる粗忽者」
「貴族の礼儀を忘れないよう、しばらく共に過ごしなさい」
……と、執拗に叱られる羽目となるのだった。
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