第42話 エヴィー様のお世話係:談笑の章

 朝食を済ませてしばらくのんびりしていた俺たちは、大体十時過ぎくらいに「そろそろ出ます?」「そうね。準備なさい」と立ち上がった。


 エヴィーは何やら着替えるらしく、「じゃあ待ってますね」とカバンだけ持って待機することとする。


 だが、エヴィーはそれを許さなかった。


「お前も着替えるのよ、クロック。ばぁや、準備を」


「承知いたしました、お嬢様。クロック様、こちらでございますよ」


 老齢のベテランメイドに誘われ、俺は着せ替え人形にされてしまう。


「学生で外着ですから、こんなものでしょう」


 姿見で確認すれば、学生服のマイナーバージョンみたいな服装だった。貴族だけあってほどほどにフォーマルだ。学生服がそもそも格好いいからな、と俺は納得する。


 戻ってくると、いかにもこの時代にあったドレスを身に纏って、粛々と座って待っているエヴィーがいた。


「あら、馬子にも衣裳というところかしら」


 また日本の格言だ……、とティンに続いて思う。


 何だろうな。そう言う風に翻訳されて聞こえているのだろうか。まぁ全部日本語に聞こえるし見えるから、そう言うことなのかもしれない。


 ひとまず褒められたので褒め返しておく。


「エヴィー様もオシャレすると可愛いですね」


「お洒落をすると?」


「いつでも美しゅうございます」


「よろしい」


 俺のお世辞に、わざとらしい笑みを浮かべるエヴィー。


 とはいえ、エヴィーが美少女なのは事実なんだよな、とまじまじ見つめる。いや、改めて顔がいいよなこいつ。


 ツーサイドアップのゆるくウェーブする金髪は、滑らかに揺れていて枝毛の一つもない。肌も白磁を疑うそれ。目鼻立ちもはっきりしている。マジで人形か何かを疑うレベルだ。


 まぁ俺には通じないが。


「な、何よ。何故無言で見つめてくるの」


「いや、実際可愛いよなぁと思って」


「っ……! ふ、ふん! ようやく分かったかしら!」


「まぁ俺にはそういうのは通じないんですけどね」


「本当にこの不忠義者は」


 すぺーん、と叩かれたところでやり取りが一段落し、俺たちは街に繰り出した。






 校門を出て街に繰り出すと、上機嫌でエヴィーは言った。


「さて、じゃあ今日は何処に行こうかしら」


「服屋じゃないんですか?」


「アタシはそれでもいいけど、夕方まで買い物袋を持つのはお前よクロック」


「帰り際まで他のところに行きましょうか」


「ありがとう、エスコートしてくれるのね」


 エヴィーはそう言って、俺に手を差し伸べてくる。俺は「なるほど、これが狙い……」と戦慄する。


「な、何がかしら」


「俺に自発的にお出かけのプランを練らせてやろうって寸法でしょう。考えましたねエヴィー様」


 どこまでも小間使いとして上手く使ってやろうという奴である。抜かりないなエヴィーめ。


「……お前は鋭いのか鈍いのか分からないわね、クロック」


 掴まれ待ちだった手をさらに伸ばして、強引に俺と手をつないで歩き出すエヴィーである。


 ……何だか、アルビリアを思い出すな。お手々つなぎ。微妙にエヴィーの顔が赤い気もする。


 とはいえあのエヴィーである。まさか俺と手をつないで緊張したり照れたり喜んだりしているはずもなかろう。


 俺は気にせず「ふーむ」と唸りながら横を歩く。


「じゃあひとまず喫茶店にでも寄りません? 一応普段から街歩きして、めぼしい場所情報は掴んでるんで。ご機嫌伺いしつつ練る感じで」


「ご機嫌を伺う相手に『ご機嫌伺い』と直接言ってしまうのはどうなのかしら?」


「でもエヴィー様も俺に俺の叱り方聞いてたじゃないですか」


「……反論の言葉がなかったわ」


 小さな勝利にほくそ笑みつつ、俺は「じゃああそこで」と適当な喫茶店に入る。


 席に着いて適当に注文し、俺は街のめぼしい施設を考える。


「ダンジョン……喫茶店……服屋に……ダンジョン……」


「ダンジョンに連れていったら許さないわよ」


「回復の泉に……モンスターハウス……移動商人……」


「詳しくは分からないけど、ダンジョン内の施設でしょうそれ。やめなさい。ダンジョンの方向性で詳細を詰めるのは止めなさい」


 エヴィーの眉根がどんどん寄って行くのが見ていて楽しい。


 とはいえ、一応主ということになっているし、キレさせる前にいくらか希望は聞いておくか。


「ある程度歩いても大丈夫ですか?」


「そうね。ダンジョンは絶対に拒否するけれど、少しなら問題ない服装よ」


「じゃああの辺りでゆっくりって感じにしますか」


「何よあの辺りって」


「それで話は変わるんですけど」


「何よあの辺りって!」


 俺は強引に話を変える。ちょうどお茶菓子が用意されたので、一口飲んでから続けた。


「そういえばちょっと相談があるんですよ」


「……何」


「いえ、おふざけでからかおうってんじゃなく、ちゃんと悩みと言いますか」


「お前にも悩むこととかってあるのね」


「失敬な」


 真顔で言われたのでちょっとショックな俺だ。


「いいわ、言ってみなさい。内容によっては助言してあげる」


 あくまでも上から目線で、エヴィーは俺にそう言った。俺は「ありがたき幸せー」と平伏してから話し出す。


 相談に乗ってもらいたい悩み事、というと色々ある。イグナのパーティ亀裂問題。メディの狂化剤を何に打つか。


 だが、急務で対策を考えたい事柄と言えば、これだろう。


「これはボードゲームの話なんですけど」


 俺は、アルビリアに吹っ掛けられたそれこれについてを話し出す。


「情報を探り合うゲームで、負けてしまった場面があって、どうすればよかったのかなってずっと考えてるんですよ」


「情報を探り合うゲーム、ね。アタシの得意分野じゃない」


 本当にそう、と俺は思う。


「いいわよ、相談に乗ってあげる。詳しく話しなさい」


「あざっち。いてっ。で、どんなゲームかって話なんですけど」


 俺は自分の置かれた状況を、上手くゲームに落とし込んで説明した。


「表の顔と裏の顔があるゲームなんですよ。で、他プレイヤーが俺と交渉して『倒すために欲しい』って言ってきた情報が、俺のキャラの裏の顔についての情報であったと」


「ふぅん? それで、どうなったの?」


「渡した情報が下手だったもんで、表の顔と裏の顔を把握されて負けました」


 俺は想定される負け方をエヴィーに伝える。


「なるほど、なるほど……。大体わかったわ。中々面白い相談じゃない。考え甲斐があるわね」


 エヴィーはふむふむと唸りながら、菓子を一口、紅茶を一啜り。


 それから片目をつむり、得意げにこう言った。


「アタシならそこに、罠を張るわ」


「罠」


「ええ、罠よ。せっかく自由に情報を与えて踊らせられる状況なのだから、思うがままに踊ってもらうのが一番」


 俺はそれを聞いて、流石だな、と口端を持ち上げる。


 こういう悪事とか企み事は、やはりエヴィーが誰よりも長けている。


「そうね。具体的には……、相手は敵なのでしょう? であれば、『その日その時その場所に、その人物は現れる』とでもうそぶいて、襲撃を計画させるのがいいわね」


「というと」


「自分から綿密に計画を練って襲いかかる、というシチュエーションで警戒できる人間は少ないわ。つまり、油断した狩人は狩りやすい獲物って話」


「うぉおお……。それは、確かに」


「これでいい?」


 俺は少し考えて、さらに条件を付けくわえる。


「なら、罠を張っておびき寄せて~ってやった後に、あえて仕留めずに表の顔と敵の関係をうまく続けたい場合は、どうすればいいですかね」


「ああ、泳がせたいのね? それなら――――」


 エヴィーは楽しげに、その場合の策についてもスラスラと説明する。俺はその計画に、ただ頷くばかりだ。


「どう? これでいいかしら」


「いやぁ助かりました。流石エヴィー様、悪だくみに掛けては右に出るものなし」


「やかましいわね。でも刺激的な質問だったわ。また何かあれば質問なさい」


 エヴィーは得意げなまま、上機嫌に菓子を口に放り込んでいる。


 そんなことを話していたら、もう昼時だ。俺はエヴィーに問いかける。


「ここで昼食をとって、食休みしたら移動って感じでどうですか」


「そうね。そうしましょうか」


 エヴィーの賛成を得て、俺は店員に呼びかける。







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