第19話 潜入調査決闘前
計画はこうだ。
まず相手貴族の下に赴いて、エヴィーが適当にあいさつとか言って談笑して時間を稼ぐ。その裏で、俺は相手貴族の部屋で色々と探る。
まるでスパイ活動みたいだぁ……と思いながら、俺はエヴィーが相手貴族の寮に入っていくのを見送った。
―――オーレリア魔法学園は、在籍生徒は全員学生寮に入寮することとなる。
基本的には寮は三種類存在している。
上級貴族の子女が住まう豪華な『アッパー寮』、下級貴族の住まうしっかりとした『ミドル寮』、そして平民の住まうボロボロ『ワーキング寮』。ワーキング寮のネーミングひどいな。
基本的にアッパー寮には、王族から公爵、侯爵、辺境伯と続き、人数に対して一番棟の数が多い。十人で一棟占拠してる状況だ。
ミドル寮も悪くなくて、一人でタワーマンションの一室くらいを用意してもらえる。これが伯爵以下、子爵、男爵、城代、騎士という感じだ。俺もここ。
ワーキング寮はそんな配慮など存在せず、一部屋四人ですし詰めと寮らしい生活を送っていると聞く。
とはいえ優秀でないと入学できないので、寮内の生徒同士の治安と仲はよく、まぁまぁ楽しそうな感じ。
で、俺の決闘の相手貴族はというと、アッパー寮住まいだがエヴィーとは違う棟住まいで、今回のようにわざわざ赴く、という形に落ち着いた。
「さて……おーおー、一緒に歩いてる」
窓からエヴィーと相手貴族が並んで歩いている姿を確認して、俺は物陰から出て、侵入作戦を開始する運びとなった。
とりあえず時間を止める。
「気分上がるなぁ! 侵入大作戦や、ボン! パンツたくさん盗もな!」
「侵入する相手は男だぞ」
「ケッ、しけとるわ。解散解散」
「するな」
いつもの通り、時間停止と共にぬへっと現れる時空犬ティンである。俺は「ほら行くぞ」とティンを連れて棟の近くまで寄っていく。
「さて、どこから侵入するかなーっと」
「んんー? 何や、窓開いてへんやんけ! しゃーなし、ボン! ここは鍛え上げられたその投石技術で!」
「窓を割らねーよ。音立てたら速攻でバレんじゃん何言ってんだ」
「何やて……!? ほな、ほなどうするんや! ほな!」
「うるさいな。いいから見てろ」
俺は寮の庭の茂みに隠れて時間を動かす。そこからしばらく待っていると、エヴィーが二階の窓を開けた。
真下で待機している俺を見つけ、エヴィーはニヤリと笑う。それから俺に気付かなかったように振る舞い、部屋へと戻っていく。
時間停止。
「おぉー! なるほどなぁ。おっかない嬢ちゃんが開けてくれる手筈になってたんか!」
「そういうことだ。じゃ、登ろう」
俺は茂みから出て、軽くストレッチ運動する。それから深呼吸と共に、「ほっ!」と跳躍した。
俺には極めたことが三つある。一に弓矢、二に投石、そして三にパルクールだ。
必要性に駆られるとやる気がでるのか何なのか、俺はこの数年でよじ登りがとてつもなく上手くなった。
窓枠に指をかけ、足で体を押し上げ、ひょいひょいと二階までたどり着く。
そうして窓の中に侵入すると、目の前で停止したエヴィーと相手貴族が並んで歩いているところだった。
「対人能力は神がかり的だな、エヴィーは」
「ボン~、実際おっかない嬢ちゃんのこと、憎からず思うとるんやろ~? ワイもボンの恋バナ聞きたいわ~」
「エヴィーに? ないない。俺は一緒にいて安心できるような柔らかーい雰囲気の、ほっとする感じの子が好きなの」
「マジか。ううむ、嬢ちゃん。道は長いで……」
何故か停止したままのエヴィーにエールを送るティンである。俺は首を傾げつつ進む。
ひとまず俺は、階段下に隠れ、時間を動かした。でないと扉が開かないからだ。
時間魔法はいまだにまだまだ謎が多い魔法で、時間停止前に俺と接触しているもの以外は、自由に動かせない。
俺は音を聞いて、二人がどこぞの部屋に入ったのを感知する。それから廊下に上がって、適当な部屋に忍び込んだ。
時間停止。
「よし、家探しだ」
「ヒャッホーウ! 金目のモンから探そうや!」
「ティン目的分かってないな?」
ティンって外見はバカっぽそうだけど、話してみると本当にバカだから困るんだよな。
とはいえティンも、停止した時間の中で好き勝手出来るわけではない。好きにさせておこう、と俺は部屋を眺める。
部屋は重厚な絨毯に整った印象の壁紙と、いかにも貴族と言った雰囲気の部屋だった。
飾られているものを観察するに……書斎か? 図書館ほどではないが、本棚をびっしりと埋め尽くす蔵書に気圧される。
「中々の読書家だな。これは、魔法の本か」
適当に手に取る。時間を動かして開く。二人は隣の部屋で談笑をしているらしい。
パラパラとめくる。かなり読み込んでいるらしく、ページの端々に折り目がついているほどだ。試しに他の本を取ってみても同じ具合。
評価を改めよう。中々の、ではきかないな。相当の読書家だ。
これは魔法も強そうだなぁ、と俺は渋い顔になる。イグナ流口喧嘩詠唱魔法で勝てるだろうか。まぁ別に負けてもいいけど。痛い思いをしたくない。
俺は探りながら、原作ゲームでの相手貴族のことを思い出す。
学園入学後の最初の雑魚戦という感じで、イグナの圧勝だったから情報が少ないのだ。その後も登場はなかった……と思う。分からない。うろ覚えだ。
そんな風に思っていると、妙に毒々しい色をした本に気付く。
「……何だこれ」
俺は手に取り、開く。魔法の本ではない。だが、そういう系統の本だ。
魔法ではないのに、魔法のようなことが書かれている。俺は眉根を寄せながら読み込む。
そうして、ついに理解した。
「これ、魔術書だ」
魔術。すなわち、魔女や魔人、悪魔、果ては魔王に連なる技術。
何でこんなものが、と思う。その時、俺の肩にするりと何かが乗り上げた。
それは、しなやかな黒猫だった。
「御機嫌よう、クロック様♡ まさかこんなところでお会いするだなんて」
「っ!? ノワールッ?」
「はい♡ あなたさまの忠実なるシモベ、ノワールにございます」
宙返りしながら黒猫は俺の肩から飛び降りる。と同時に、見慣れた黒髪の少女の姿となって、音もなく着地して俺に抱き着いてくる。
「クロック様がご入学されると聞いて忍び込んでみましたが、うふふふふふふっ。この学園は実に呪わしいですわね。様々なところに、魔術の痕跡があります」
ノワールはくすくすと笑って、俺の胸元に頬ずりしてくる。
「硬直化した貴族同士の関係性に倦んだから? それとも命脅かされぬ環境にスリルを求めたのでしょうか? どちらにせよ、オーレリア貴族子女は悪魔に興味津々♡」
ノワールは胸元の辺りから俺を見上げた。
「この生徒も、その一人でございますわ。とはいえ『サバトの魔女』に繋がるほど深みに至る者は少ないですけれど……時間の問題でもあります」
「……助かる。そうか、こいつアイツか」
俺はじわじわ原作知識と現実が繋がってくる。となるとこれ、決闘を軽く流すだけじゃ済まないな。
俺は思案する。しかし時間的に猶予はそう無いらしく、隣の部屋で会話が終わった雰囲気を感じた。
「ここで考えるのも良くないな。ノワール、時間を止めるから、魔術の証拠になるものを選んでくれ。それを持ち帰る」
「はい♡ すべてはクロック様の意のままに」
ノワールが俺の手の中で黒猫と化す。俺は黒猫状態のノワールを抱きかかえたまま、時間を停止させる。
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