第49話 時計派会議、第二章

 夜。エヴィーと解散してから俺が自室に戻ると、土下座をした魔女二人がそこにいた。


「この度は、この度は大変ご迷惑をおかけしました……ッ! そして、ご協力のほど、本当にありがとうございましたわ……ッ!」


「ノワールも大げさだな。……ちなみに何でメディも土下座してんの?」


「一緒にしたらノワール様が薬の原材料集め付き合ってくれるって言うんで! へぶっ」


「大変! 大変ご迷惑をおかけいたしましたわ……!」


「もごごご」


 メディがノワールに頭を押さえつけられ、物理的に喋れなくさせられている。


 ということで、時計派の魔女、ノワールとメディである。俺は苦笑しつつ椅子に座り「とりあえず顔上げてくれ」と言葉を返す。


「ひとまず、無事に誤魔化せたみたいで良かった。二人とも突き飛ばして悪かったな」


 俺が言うと、ノワール、メディはそれぞれこう返す。


「いいえ、あの程度。魔女の体は見た目や筋力こそ少女のものに固定されますが、かなり頑丈にできていますので」


「そうですよ~! それで言ったら、別に私、人間捕まえて試薬実験とかしませんし! 自分の体で試せばいいだけですからね!」


「メディってそうなんだ……」


「……あ、アレ? 引かれてる? 何で?」


 いや、被害者がいるよりは良いんだけど、朗らかに話されると流石に引く。


「……ちなみになんだけど、自分で試してるなら前受け取ったあの狂化薬は」


「え゛。いやだってあのその、私だって死にたくないと言いますか」


 死ぬんだアレ……。いや、まぁそんなところだろうとは思ったが。


「分かった。じゃあ引き続き、こっちで何とか打ち込む相手探しておく」


「ありがとうございますぅ~!」


 ぺこー、と頭を下げるメディに、俺は苦笑する。


「それに、ああ」


 ノワールは俺のメディの軽いやり取りの中でも気がまぎれないらしく、俺の首筋にそっと触れる。


 そこには、包帯がまかれていた。普通にメイドさんにやらせればいいものを、エヴィーがわざわざ手ずから巻いてくれたものだ。


「申し訳ございません、クロック様……。わたくしが、ふがいないばかりに……」


「そう泣きそうな顔をするなって。手加減は完璧だった。多分明日にでも治ってるんじゃないか?」


 それでなくとも俺の場合、時間を巻き戻すなり進めるなりでかすり傷程度治せてしまう。包帯は関係者に対する人間アピールのようなものだ。


「はい……。—――このノワール、クロック様にさらなる忠誠を捧げることでもって、この失態をそそがせていただきますわ」


 キリ、と涙目で表情を引き締めるノワールだ。やる気になっているのは良いことなので、俺は「ああ、頑張ってくれ」とだけ励ました。


 ということで、魔女二人を呼んで、今後の相談である。ノワールにはあらかじめ伝えていたのだ。すべて終わったら俺の部屋に来るように、と。


「じゃあ、早速聞かせてもらおうか。ノワール、何でお前、ランスに追われてたんだ?」


「はい、お話させていただきます」


 ノワールは姿勢を正し、語り始める。


「わたくしが騎士団の切り込み隊長ランス様に追われていたのは、サバトより下った命令を遂行していたところを見つかったためです」


「……サバトの命令か」


「はい。この数日間お会いできなかったのは、それが原因です。本当ならいつものようにしとねを共にさせていただきたかったのですが……」


「ああ、あの湯たんぽ代わりの奴な」


 黒猫状態のノワールは温かいので、肌寒い朝に懐にいてくれると目覚めがいいのだ。


 だが事情を知らないメディは目を丸くする。


「し、褥って、ベッドのことですよね? お、お二人の関係性って、その……!」


「メディ、話はよく聞け。俺とノワールの関係性は健全だ」


「はい。クロック様とわたくしの関係性は、まさに主人とペットでございますから」


「やっぱり!」


 やっぱり、じゃない。俺は頬杖をついて、ジト目でノワールを睨む。


「……ノワール、話を戻してくれ」


「うふふふふっ、お可愛らしいクロック様♡」


 一呼吸。ノワールも少し気持ちを切り替えられたらしい。目尻に残った涙をそっと拭って、こう言った。


「では話を戻しますが、わたくしに下った命令は、オーレリア魔法学園を含む、この学園街の壊滅です。向こう数年は人の住めない状態にしてしまえ、との命でした」


「……」


 原作通りの命令だ。俺はアゴで続きを促す。


「サバトの現魔女長、白蛇の魔女アルビリアより、直接の命でした。カラスの魔女レイヴという、わたくし同様幹部の魔女と共同で計画を進めよ、と」


 これも原作通りだ。ノワールとレイヴの二人の魔女が、街を襲撃する。結局原作通りに落ち着いたのか、と思わなくもないが。


「それで、ひとまずレイヴに疑われないように、街破壊の仕込み……のフリをしていたところ、不運にもランス様に見つかってしまい、あの始末、ということですわ」


「……分かった。概ね想定内だ」


 というよりは、想定外に想定内だった、という印象だが。もっと事態は複雑化していると見ていたが、ノワール側は原作に近い動きをしている。


 次は、俺の番だろう。


「こちらからも共有事項があるんだが、そのアルビリアと接触した」


「……、……えっ? えぇっ!? せっ、せせせせ、接触って、クロック様とアルビリアが、でございますか!?」


「ああ。タイムに扮している時、とかじゃなく、俺が直にアルビリアと接触した」


「……な、なんてこと」


「しかも妙に気に入られてサバトに勧誘までされた」


「……」


 ノワールは完全に言葉を失っている。メディもかなり驚きのようで、パチクリとまばたきを繰り返している。


「クロック様って、何かこう……魔女というか悪い女というか、そういうのを引きつける体質なんですか?」


「メディ、やめてくれ。俺も疑ったよそれ」


 本当だとしたら真剣に嫌な体質である。女難どころではない。


「でだ。アルビリアは勧誘の際に、俺に条件を付けてきた。最低限信用できることだけ分かっておきたいから、タイムの情報が欲しいってな」


「タイムの、ですか」


「ああ、ノワール。俺がアルビリアの正体にノーヒントで気付いたから、情報通だと当たりをつけられての提案だ」


「つまりそれは、クロック様の契約にはアルビリアが心臓を差し出す、ということですわね」


「そうなるな」


「承知いたしました。ではわたくしから、最初に聞かせていただきますわ」


 ノワールは姿勢を正して、俺に問うた。


「現在の状況は、アルビリアに対して極めて優位と存じますわ。好きに情報を与えて、その上でどうとでも転ばせられる。そんな状況で、クロック様は――――」


 一拍。


「――――アルビリアを、殺しますか? それとも、生かしますか?」


 俺は答える。


「生かす。末端の魔女ならともかく、トップなら恩を売って抱え込んだ方が後々に良い」


 それに、下手に殺すとサバトの動きが読めなくなって困りそうだ。予想に反して想定内に動くのなら、アルビリアはなおさら生かしておいた方が手を打ちやすい。


 俺がそう答えると、ノワールは深く頷いた。


「クロック様のご意向、承りましたわ。では、わたくしからいくつか」


 ノワールは一度咳払いをして、説明しだす。


「アルビリアがサバトの魔女長に選ばれたのは、つい数十年前のことです」


 俺がまだ生まれてない時のことを、つい最近みたいなノリで言ってる。


「当時の魔女長候補として、わたくしとレイヴ、他数名の現サバト幹部の魔女がいました。みな強さはほとんど同じ。その中でアルビリアが魔女長に推されたのには、理由があります」


「……心臓、か?」


「クロック様、お察しの通りです。アルビリアには、不死の魔術があった。自らの心臓を量産できた。それを利用して、素質があっても動機がない人物を、サバトに勧誘できたのです」


 まさに俺のことだ。サバトに興味はなくても、リターンの大きさと代償の少なさで、ひとまず頷かされた人物。アルビリアは、そういう緩い魔女を作ることができる。


「アルビリアによって選定された魔女は、通称『心臓派』と呼ばれています。サバトへの忠誠心は低いですが、代わりに才能だけは飛びぬけている傾向にあります」


 俺は頷く。原作にも、シナリオ後半で出てきた魔女たちだ。幹部より強いのに違和感があったが、そうか。忠誠心が低かったのかあいつら。


「分かった。頭の片隅にとどめておく」


「ありがとうございます」


「じゃあ、ここから本題だ。この状況をどう利用して、アルビリアに取り入るかについてだが――――」


 俺は、ニヤリと笑う。


「どうせだ。ノワールが抱えてる計画も、他の色んな問題も、まとめて片付けちゃおうぜ」


 俺の呼びかけに、時計派の魔女たちは「かしこまりましたわ、クロック様」「了解です! クロック様!」と快諾する。






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