第50話 魔術書の魔女の家
俺が時計派の方針として定めたのは、『アルビリア籠絡にかこつけて、ノワール、レイヴで進めている学園街崩壊計画も破綻させてしまおう』ということだった。
恐らくだが、隙を晒して襲撃を誘う流れになれば、アルビリアはすぐに集められる魔女の戦力をすべて集結させてタイムを襲うことだろう。
ノワール曰く、アルビリアにはそういう合理性があるということだった。つまりは、のらりくらりとしていながら、最適手段を間違えない狡猾さが。
だから、そこに合わせてレイヴを殺し、かつ学園街崩壊計画にまつわる諸々にも対策を打っておこう、という話になったのだ。
「……それが何故こうなった……?」
「タイムさん! 次どこ行きますか!? オレ、どこまでもついていきますよ!」
酒場。周囲には、俺に突っかかってきて倒れたアングラな面々。そしてそんな俺をキラキラした目で見上げるイグナ。
俺は帽子を目深に被りなおしてから、はぁ、と深くため息を吐くのだった。
まず、ノワールとレイヴの学園街崩壊計画についてから、整理せねばならないだろう。
魔女の幹部二人が挑む学園街崩壊計画とは、すなわち『反社組織、魔女被れなどの反社会的人物の大量流入による、学園街の麻痺』を狙った作戦だ。
『学園街は、その性質から高い治安で運営されております。でなければ、貴族の子女が無警戒に街中を歩くことなどできませんから』
ノワールの指摘は正しく、この学園街はまさに学園のために整えられた街であると言っていい。
つまりは、貴族に危害を加えるような人間が排除された街である、ということ。
逆に言えば、その前提が覆れば、学園街はその役目を果たせなくなったものと見ていい。
『わたくし共の計画を簡単に言ってしまうなら、反社会的人材を、魔術で学園街の壁の中に招き入れることですわ。一度居ついてしまえば、すべての排除は難しいですから』
幸運なことに、計画はまだ初期段階だ。だから、荒くれ者たちはまだ固まっている状態だという。
反社の荒くれものと言えど、いきなり学園街の中に一人では生活などできたものではない。下手に外を歩くだけで騎士団が駆けつけてくるだろう。
だから、荒くれ者の集まりを複数団体街に招き入れ、しばらくは大人しくさせる。
そして十分量になった段階で、仕上げとしてノワールとレイヴが街に襲撃を仕掛ける。すると既存の善良な街の人々の影響力が小さくなるから、そこを荒くれ者が実効支配する。
そうして、学園街は荒くれ者どもの街に生まれ変わる。治安は悪化し、学園街は貴族の歩ける場所でなくなり、騎士たちは魔女の脅威よりも荒くれ者の対処で手いっぱいになる。
……何ともえげつない作戦だ、と思う。
荒くれ者を表立って率いて攻撃を仕掛けても、騎士団に潰されて終わりだ。早々に皆殺しになる。大した影響にはならないだろう。
しかし隠密に内部に仕掛けて置けば、その荒くれ者は住民になる。少し暴れるのでは死罪にはできない。しかし治安の側面で、学園街は確かに崩壊している。
「だから、すでに仕込みの終わった荒くれ者たちを、タイムが殺して回る必要がある、と」
とはいえ、すぐにそれの『荒くれ掃討』に取り掛かっていいかと言うと、話は別だ。
「魔女間で、アルビリアが情報統制を取ったからなぁ。この計画に関わる魔女が少ない以上、普通に動くとノワールが嫌疑に掛けられる」
ならば、どうするか。
ノワールは言った。
『スケープゴートを狩りましょう。クロック様―――改め、タイム様は、スケープゴートとなる魔女を拷問にかけ、そこから情報を得たことにすればよいのです』
―――だから俺は、今、学園街の端の端、裏路地の奥へと、タイムの姿で足を運んでいた。
この計画に関わる魔女は少なくない。何せ幹部二人が指揮を執る計画だ。末端に五名の熟練の魔女が加わっているという。
その中でも、最も残忍で強力な魔女が、今回のスケープゴートに選ばれた。
「……ここか、魔術書の魔女グリモアの拠点は」
魔術書の魔女、グリモア。強力な魔術の蒐集家で、魔術の威力を高めるために、魔術書の装丁に人の皮を用いる魔女。
そういやそんなの居たなぁ、と原作ゲームを振り返る。脆い固定砲台といった具合の敵で、ボス戦ではうざいので早々に処した敵だ。
確かに実戦で戦うよりも、先に処せた方が楽だよなぁ、と一石二鳥なことを考える。そんなことを思いながら扉に手をかけ―――
「……開いてる?」
おかしいな。グリモアは警戒心の高い魔女で、厳重に鍵をかけているから、とノワールに鍵束まで預かってきたのに。
「何か変だな……」
暴れているような気配はない。そう言う音は聞こえない。だが、信頼できるノワールの前情報と違ってくる、というのは不気味だ。
俺は、扉を押し開く。
中は、不気味な静寂に包まれていた。造りそのものは平民の平凡な家の内装といった雰囲気だが、木窓を閉めているのか昼間なのに暗い。
俺は警戒しながら、奥へと歩き出す。時間を止めて動こうかとも考えたが、瞬間移動能力がバレないよう、使い惜しむ気持ちが僅かに勝った。
足音を極力殺しながら、一歩、また一歩。板張りの地面を進む。音が立たないように気をつけながら扉に触れ、鍵を開け、部屋を一つ一つ確認していく。
魔術書の魔女というだけあって、複数ある部屋のほとんどが書斎のように、みっちりと本棚が並べられ、書籍が詰め込まれている。
気になるのは、書斎らしき部屋のすべてが、扉に鍵がかかっていたこと。玄関は開いていたのに、書斎は開いていなかった。
となると、と予想をしながら、俺はさらに奥へと進む。
最奥の部屋。その扉に触れると、鍵がかかっていないことに気付く。俺は唾を飲み下し、危険レベルが閾値を超えた、と時間を止めた。
「ボン、ここくっさいなぁ。鉄臭いわ。何やここ?」
鉄臭い、と言うティンの渋面に、俺は顔をしかめて言った。
「人の皮で本の装丁作るのが趣味のクソ魔女の住処」
「ファ――――――! キモスギクソワロタ」
「笑えるかバカ野郎」
俺は軽くティンをしばいてから、扉に触れる。(例外処理)と念じて、扉を開く。
その先にあったのは、凄惨な光景だった。
「……人間を解体する部屋、か。本の装丁にする用か? 気持ち悪いな……」
血まみれで無機質な寝台に、吊り下げられた生白い皮。異臭を放つ肉塊が放り込まれた箱。俺は眉を顰めながら、周囲を見回す。
何というか、違和感のある部屋だった。つい先ほどまで人がいたような存在感というか。何なら今も人がいそうな気さえする。
しかし、物音はない。人はいない。
「どう思う、ティン」
「せやなぁ……この本、怪しないか?」
ティンが示したのは、この部屋唯一の本だった。手を伸ばしてみると、装丁がしっとりしている。俺は盛大に顔をしかめた。
「これ、できたばっかりの人間の皮を使った魔術書だ」
「やろなぁ……。ほんで、どうするん? 魔女が帰ってくるまでここで待つか?」
「いいや、何か嫌な予感がする。この本が重要な気がするから、時間止めたまま調べるわ」
(追加処理、魔術書)と念じて本を取ると、本が開けるようになる。
そうして本を開くと、醜い老婆の顔が俺たちを覗き込んだ。
「ぃっ」
「ボン!」
魔術書から飛び出た手が、俺を引きずり込む。俺はそれに逆らえないまま、本の中に取り込まれた。
僅かな意識の暗転の後に、俺は跳び起きた。
周囲には、本、本、本。本棚に収まったもの、収まらずに地面に積まれたもの、乱雑に開かれたままのもの、とにかく本が周囲を覆っていた。
そして、その中心で、俺を驚愕の目で見つめる人物が二人。
「――――タイムさん! またオレのこと助けに来てくれたんですか!?」
「なっなっなっ、タイム!? な、何で! 何で貴様がここにいる!」
そうやってそれぞれ叫んだのは、見た限り敵対し、この場で死闘を繰り広げる二人。
我らが主人公イグナと、この本の主、魔術書の魔女グリモアが、戦闘中に現れた俺に目を丸くしていた。
……何でイグナいんの?
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